その⑥ 特別

 わたしの中で普通の友人と、自分に友情以外の感情を持っている友人の区別がしっかりとはついていない。

 だからわたしも適切な振る舞いができてはいなかったんだとは思う。

 これからも、どう扱っていいのかはわかっていない。でも白戸さんは普通の友達のようには思っていないし、多分彼女もそれを望んでいる……というのはわかる。


「私と葉寺はでらさん……どちらか上かだけはっきりしてください。千冬ちふゆさん、お願いします。これだけ聞ければ……その、胸のことはしばらく我慢できます。私は千冬さんに取って特別な友人ですから」


 白戸しらとさんは葉寺さんと小学校の頃からただならぬ因縁があって、彼女がこだわるのもわかる。


 わかるけど、どっちが上ってそんな。

 だいたいこれ、白戸さんのストーカー騒動とその後で勉強教わることになったからうやむやになっていたけど、「友達のことで口だししないで」って前にも言い争ってたよね。

 これがもし恋人同士ならドラマであるみたいに、「あの人と私のこと、どっちが大事なのかはっきり言ってよ。あなたの気持ち、もう信じられない」なんてヒロインが涙ぐむものなんだろうか。そういうときは大抵、煮え切らない態度で二人の女性に良い顔する男が悪いんだけど。

 わたしの場合、違うじゃん。

 浮気とかでもないし、そもそも葉寺さんとだってただの友達で。


(ただの友達だからって言うと、なんかすごく浮気の言い訳っぽいのはなんだろう……違うのに)


 ここで白戸さんの方が上だとか、白戸さんは特別だってもう一回強調するのは簡単だ。

 喜ばれると思う。わたしの中に、白戸さんを喜ばせたいという気持ちも多分少なからずある。ただそれはまあ、未美みみや他の友達――葉寺さんであっても同じだと思う。


 ようするに、わたしの気持ちがはっきりしていないのだ。だからはっきりしてくださいなんて言われても。


「ごめん、やっぱり全員友達」

「千冬さん? ま、待ってください。でも私のことはさっき、未美さんたちと違うと……! それはっ」

「悪い意味で違う。でも基本は同じ、フラット。上下とかない」

「千冬さんっ!?」


 ひどいことを言っていると思う。気を持たせるようなこともしてしまったし、勉強の世話にまでなっている。それでも現状の気持ちを正直に伝えるなら、そうなってしまった。


(こういうのは、気を遣って……優しさみたいなのが返って傷つけることになるんだよ……。わたしは数々の恋愛ドラマで学んでいるんだ)


 結局場当たり的な優しさは、口にした本人を守るだけのものでしかない。あのパン屋も散々適当に思わせぶりなことを言って女子高生のヒロインを思い悩ませていたからね。と、これは最近はまっているドラマの話だけど。


「先のことはわかんないけど、今そんなせっつかれても困るし」

「……すみません」

「白戸さん、せっかちだよね」


 しまった、これはただひどいことを言っているだけだった。わたしの追い打ちに白戸さんの表情が固まる。


 でもさ、ほとんど初対面の人に土下座して胸もませてもらおうとしたり、今日だって友達の上下とか聞こうとしたり、ちょっと急すぎることばかりだ。


「……千冬さん」

「あ、ごめんね。せっかちは言い過ぎたかも……」

「いえ、千冬さんのことになると、理性的に動けていないことは自覚しています。すみません、そのことで千冬さんにはご迷惑を……」

「ま、まあ、うん」


 気まずさを感じて、耳の裏あたりをすこしかいた。

 白戸さんは勝手が過ぎるけれど、それに流されてばかりのわたしがなにを言うんだとも思う。


 白戸さんに振り回されて、わたしは流されたり拒絶したり。


 どうしてこんなに振り回されるのか。考えると、自然に指が唇を振れた。……キス、したせいか。これに関しては、わたしからした。一回目は。


 だからこそ、わたしは「まずお友達」と言いながらも白戸さんとのことをちゃんと考えようと思ったのだ。それなのに、彼女は――。


「わたし、まだ白戸さんに特別な気持ちがあるかはわからないから。他の友達とは……白戸さんは違うけど、でもそれが白戸さんが望んだような違いかはわからないし、そんなに今すぐ答えてって言われたら、拒絶的なことしかできない」

「すみません、もうしません。我慢しますっ」

「……ありがとう。まあ、我慢じゃなくて白戸さんの方も嫌になったら、わたしに無理して勉強教えたり、友達でいたりってしなくていいからね」

「無理なんてそんなっ!! 全然っ、全然ですよっ」


 ぶんぶんと首を振る彼女は、とりあえずわたしの気持ちをわかってくれたと思う。


「千冬さんを急かしてしまって、本当に申し訳ないです。ただ、葉寺さんのことは……私も、どうしても気になってしまって……」

「ええぇ……まあ、うーん」

「あの人は、本当にっ!!」


 

 なにがあったのか、白戸さんからも聞くべきなんだろうか。

 でも間に入って、変にこじらせるようなこともしたくない。


「あっ、そうだ。それなら――」

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