その⑥ 廊下の攻防

 あれから、葉寺はでらさんと一緒にいることが多くなった。

 昼休みこそ別々で、以前と同じようにそれぞれの友人とお昼ご飯を食べているけれど、それ以外ではことあるごとに声をかけられて、なにかに誘われる。わたしに用事があればついてくる。


「千冬、予定なかったら途中まで一緒に帰るかー?」

「え、うん。帰ろっか。……葉寺さん、今日はバイト?」

「いつもはだいたい土日なんだけどな」

「あ、お泊まり会でずらしてもらっちゃったのか。ごめん、ありがとう。……そういえば、なんのバイトしているの?」


 放課後、いの一番に声をかけられる。

 グータッチで挨拶もあって、そういえば前もそんな感じだったと思い出す。なにかが大きく変わったのかと言うと、そうではない。だけど、根底に眠っているものが違う。


 以前の葉寺さんは純粋にわたしを新しい友人として、交友を深めようとしてくれていたはずだ。

 今はどうかと言うと――。


「コーヒーいれてる」

「えっ!? すごい、なにそのオシャレなの。バリスタじゃん!?」

「カッコイイでしょ。っても、イメージしているやつと違うよ」

「え、喫茶店でコーヒーいれてくれる人じゃなくて? バリスタって言わないかもだけど……」


 どうも詳しく聞くと、家電量販店でエスプレッソマシーンの試飲コーナーを任されているらしい。

 文字通りのバリスタ係だった。バイトもまたギャルっぽくないな。スタバ店員ならすごく似合うのに。


「飲みに来るか? あたしがいれると倍は美味しいぞ」

「えー、ああいうのって誰がやっても美味しくなるのが売りなんじゃ……ま、でもせっかくだし――」


 このまま家に帰るより、すこし葉寺さんのバイト先にお邪魔してもいいだろうか。

 そんなことを呑気に考えながら、葉寺さんと教室を出ようとしたとき、


「待ってください千冬さんっ!!」


 ちょうど廊下の向こう側から小走りと早歩きの中間くらいで、白戸しらとさんが現れた。


「お帰りですか? もしかして、夜澄よすみとどこへ行くつもりで?」

「え、あー……うん。とりあえず途中まで一緒に帰ろうかなーって話してたとこだけど」

「……そうですか」


 白戸さんは歯ぎしりししそうな勢いで、わたしと葉寺さんを見る。

 怖いからやめてほしい。でも前までだったら怒りだして「なんで夜澄と!!」って暴れていた気がする。白戸さんも成長したのかもしれない。というか、以前よりは葉寺さんのことを恨んでいないからなのかな。とにかく心の中で褒めておこう。


「じゃ、夕里ゆうり。そういうことだから」

「……私も千冬さんを誘おうと思っていました」

「そうか。でもあたしが先に誘ったから」

「ズルいじゃないですか! 同じくクラスだから、先に夜澄が声かけられただけで……っ」


 それはそうだ。急いで来てくれた白戸さんに悪いなという気持ちもあるけど。


「じゃあ、予約します。千冬さん空いている日は全部わたしが予定入れさせてください」

「待って待って、そういう制度ないから……一日二日約束するのはともかく、そんな空いている日全部って」

「では、とりあえず明日と明後日を」

「……い、いいけど」


 思うところはあったけれど、廊下でこれ以上騒ぎになりたくない。また変な噂が広まったら困る。

 渋々うなずきかけて、横にいた葉寺さんが割って入った。


「おい、夕里やめろって。グイグイ行き過ぎだろ」

「夜澄には関係ありません」

「まあまあ」


 下校する生徒たちなんか目に入っていないように、二人がにらみ合う。わたしはこの場から逃げ出したい気持ちと、二人と止めなきゃという気持ちで、なんとか絞り出した小さい声でなだめようとした。

 耳に入らなかったのだろうか。よく考えてみれば今までだって二人を止められたことはない。


 いや、でも今回は今まで以上にわたしが原因っぽいし。

 しかしどうするべきだろう。気持ちはありがたいけれどと、葉寺さんを止めるべきなのか。葉寺さんが言うとおりでちょっとグイグイ来て怖いですって白戸さんにはっきり言うべきなのか。


(うーん、そもそも二人のどっちに味方するかみたいな話なのかな?)


 正直、二人に対してどちらにも「やめて!!」という強い気持ちはない。落ち着いてほしいとか、控えめにしてほしいとか、それくらいだ。

 葉寺さんも、ちょっと状況を悪い方に捉えすぎていている気がする。だからなんていうか、白戸さんからわたしを遠ざけようとしてくれているんだろう。

 白戸さんは、まあうん、いろいろ暴走しすぎなだけだ。これに関してはずっとそう。なのでもう少しだけ抑えてくれればいい。

 よし、大丈夫だ。ちゃんと説明して二人には落ち着いてもらおう。まさかそれこそドラマみたいに「私を取り合って争わないで!」ではないんだから。少なくとも葉寺さんは話せばちゃんと聞いてくれる人だし、白戸さんも話は聞いてくれないけどわたしが本気で嫌がることはしないだろう。


「こほん」


 と咳払いして、がんばって大きな声を出す。

 他の生徒たちがなるべく気にしないで素通りしてくれることを願おう。


「えっとね、二人とも一回深呼吸して聞いてほしいんだけど――」

「夜澄は邪魔しないでください。もっと空気読んでくださいよ」

「はぁっ!? 夕里には言われたくない。そもそも邪魔してきたのはあんたの方だ。あたしと千冬が先に約束してたのに」

「私と千冬さんの仲に入ってこないでほしいと言っています」


 どうしよう、決心するまでに時間がかかりすぎた。二人が先にヒートアップしてしまった。


「ああ……二人とも?」

「夕里と千冬の仲って? 友達だろ? あたしと夕里もそうだ。邪魔もなにもないだろ」

「夜澄とは違います」

「えっとね、えっとね。それはまあ、違うところもあるけれど、わたしには二人とも大事な友達でね?」


 二人とも、わたしのことも友人だと思っているならちょっとでいいから話を聞いて欲しい。もう一周回って二人の方が仲いいんじゃないの? そういうのあるよね、ケンカするほどって。


「違わない」

「違います。夜澄は知らないだけで、私と千冬さんはもっと深い関係ですからね」

「あのー白戸さんー?」

「言っとくけど、知ってるから」

「えっ、葉寺さん!?」


 そうだよね。葉寺さんも話が通じる方ではあるけど、白戸さんがあんまりに話通じないとそこまで我慢する方じゃないもんね。でもお願い、ここ廊下だから、やめて。白戸さんがあれこれした話は一応内密で。


 ――わたしの願いがこれだけは通じたのか、葉寺さんの口から白戸さんの乱痴気ぶりがつまびらかに暴露されることはなかった。けれども。


「あたしも、千冬が好きだ。だら夕里と同じだろ」

「えええぇ!? ちょっ、えっ!?」


 わたしが驚きすぎて奇声をあげてしまったから、余計に注目をあびてしまった。

 いやでも、本当に驚いてしまったので許して欲しい。だからみんなこっち見ないで。


 それで、公開で告白されて、わたしはどうしたらいいんですか!?

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