その⑦ 逃避行
だいたいのドラマには、恋愛模様がかかれている。
物によっては主題ではないし、綺麗な人間関係ではないこともあるけれど……だからこそ、わたしだって変にドラマみたいな恋愛を夢見ることもなかった。
なかったはずだけれど――。
人生で初めての告白が同性からで、しかもほぼ初対面で土下座しながら胸をもみたいと懇願された直後だった。
二回目も同性で、下校最中の教室前で言い合いが発展して突然のことだった。
「いくぞ、
「えっ、えっ、それは……砂糖もいれてほしいんだけど」
「なんだ、ブラックは飲めないのか? 千冬は甘えん坊だからな」
「甘えん坊は関係ないよ!?」
よく見れば、顔が赤らんでいた。そうか、こんなところで「好きだ」って言い切ったわけだし、やっぱり彼女も恥じらっていたのか。できれば行動する前にこの衆人環視をもう一度意識してほしかったけど。
「今の、告白だよね?」
「誰あの子? 知ってる?」
「二組の葉寺じゃん」
「そっちじゃなくて告白されてた方」
「白戸さん? 今の
「違うっしょ、もう一人のなんかふわっとした感じの子が好きって言われてて」
案の定、通りすがりの生徒たちがさっきの光景に驚いて騒いでいる。
ちなみにクラスメイトや、特にわたしの友人たちは「千冬、巻き込まないでくれ……」と言わんばかりに目をそらしてそそくさと離れていった。ひどくない?
ただ幸い、あまりに突然のことで、その前から揉めている白戸さん
大事になる前に、逃げよう。
「わっ、私の前でイチャイチャしないでくださいっ!!」
そうはさせてくれなかった。
白戸さんは廊下にいる全員が固まるくらい大きな声で叫んだのだ。
「し、白戸さん? イチャイチャって」
「千冬さんは私にだけ甘えん坊さんなんです。
「あった!? わたしが白戸さんに甘えたことあった!?」
「夢の中の千冬さんはすごく甘えん坊さんなんですよ。起きているときもあれくらい甘々でいいですからね! はい、むしろ私は大歓迎ですからっ」
夢の中のわたし、解釈違わない?
もうちょっと公式準拠にしてほしい。いや、白戸さんが変なこと言うのはいつものことなんだけれど、でも今は時と場所が――。
「どういうこと、白戸さんもあのふわっとした子が好きなの?」
「千冬って誰? 聞いたことある?」
「なにそれ、つまり二股してるってこと?」
「よく見ると二股する胸じゃん」
「なんで白戸さんがあんなパッとしない子と」
「そういえば最近白戸さんとあの子一緒にいるの見たかも」
一層周囲が盛り上がってしまう。違うよ、二股じゃないよ。あと胸で判断するものじゃないよ。
「
「えっと、うん? ありがとう? で、でもその、白戸さんもそんな……」
「夜澄はなにもわかってませんっ! 千冬さんは困り顔が一番可愛いんですよっ!? 見ていると、うずくんですよっ」
「葉寺さん、困ってます。助けて。逃げよう」
白戸さんも、多少普通じゃないだけでわたしに好意を持ってくれているわけで――と彼女を庇う気持ちがあったけれど、やっぱり違うかもしれない。そう思ったわたしは、この場を葉寺さんと逃げ出すことにした。
文武両道な白戸さんだけれど、運動神経は葉寺さんの方がいい。それに、白戸さんは人気者だから戸惑いから圧倒的な野次馬心に変わった生徒たちから囲まれだしていた。
結果的に、わたしと葉寺さんは二人で学校から抜け出すことに成功する。白戸さん、元気でね。――というと、駆け落ちかなにかしたみたいだけど、あとでメッセージかなにか送っておこう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
校門を出て、少しだけ息を整える。
「……千冬、悪いな」
昨日から、葉寺さんにたくさん謝られている気がする。
なんだろう、白戸さんにちゃんと謝って欲しいってわたしが言ったせいじゃないといいけど。
「えっと」
人だかりを抜けて、わたしの腕を引きながら強引に走ったせいもあるのだろう。葉寺さんの顔は赤いままだ。
さっきの告白のこと――あれは、本気ではないと思う。
「葉寺さんは、その……わたしを守るために言ったんだよね?」
売り言葉に買い言葉じゃないけれど、白戸さんとの話の流れで咄嗟に言い返してしまっただけだ。
だって、そうでもなければ突然好きなんて。
「守るためか。そういう気持ちもあるけど、でもそれだったらもっとやりようはあったって思う。だって夕里、ムキになって前より暴れてたろ」
「……それはまあ」
「だから、謝った。あの場であたしが……千冬を好きだって言ったのは、あたしのエゴだよ」
エゴってなんだっけ。とちょっと余計なことを考えてしまう。
――そうじゃなくて、え、じゃあ、本当に?
「う、嘘。だってそんな、なんで……だってほら、わたし別に……ふわっとした印象の薄い子だし……えっ、もしかして――」
胸か? と思ったけれど、葉寺さんがわたしの胸に興味を示していたことはなかったはずだ。もしかしたら、ずっと隠していて可能性もあるけど。いやいや、葉寺さんはそういう人じゃないんだって。
「なんでって、そりゃ……あたしもハッキリなんでかってのはわかんないけどさ」
葉寺さんは視線を逸らして、頬を指でかいた。わかりやすく照れている。
「カラオケでさ、千冬はあたしのこと叱ったろ」
「え、叱った……つもりじゃなかったけど、まあ、そうなのかな」
「ほら、あたしって自分で言っても恥ずかしくないくらいだいたいなんでもそつなくこなすだろ?」
「はい、自画自賛が許されるくらいハイスペックです」
わたしが真面目に褒めると、ははっと葉寺さんが笑う。冗談だったのかもしれないけれど、本当にそうだ。白戸さんとの小学生時代の話を聞く限り、多分子供の頃から優秀な子だったのだろう。
性格だって、物怖じしないし、空気も読めるし、友達思いだ。
あれ、すごく非の打ち所のない完璧なギャルなのでは!?
「だからまあ、あんまり怒られたことなくて……自分の考え方とか生き方とかこのまま適当にやってても上手くいくだろうなーって。でも、そうじゃないなって思ったんだよ。あたしが気づいてないだけで、失敗はしている。ただあたしが、ほとんどのこと上手くやるヤツだから、誰かが一々注意することなんてなかっただけなんだなって」
――これは、あれか?
一昔前のドラマであった、不良少女を注意してしっかり怒ることで、逆に惚れられるやつ!?
でも客観的にもう一回話を聞くと、なんでこんな完璧なギャルをわたしみたいなのが怒ったのか。おこがましいよ、わたしのがよっぽど怒られるような悪いことしているはずなのに。
それでも、
「千冬に感謝してる。……それで、まあ、なんだ。……あとは、千冬が夕里とキスとかエロいことしているって話でなんかこう、別の意味でも意識し始めて……」
「えええぇ……」
葉寺さんはわたしに恩を感じてくれて、幼馴染みの怪しげな性体験を聞いたこともあって、わたしにそういう感情を持ってしまったらしい。
えっと、つまり。
「本当に……わたしのこと……」
好きらしい。
無言で、葉寺さんがうなずく。顔が真っ赤で、可愛いな。困り顔どうの言っていた白戸さんに言いたい。こういう恥じらい顔の方が可愛いじゃないかと。
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