その⑨ ラテと言い争い

 白戸しらとさんもまだ帰るには早いと思ったのだろう。

 わたしも特に予定はないから、ラウワンを出て近くのスタバに入った。

 駅近くの方はいつ行っても混んでいるけれど、こっちのスタバは時間によってはすぐ空き席を見つけられる。


「席、ここでいいですか?」

「うん」


 ちょうどよさげな隅の席が空いていて、そこに鞄を置いて二人でレジに並んだ。白戸さんみたいなタイプは目立つカウンター席とか、なんだったら外のテラス席なんかが好きかもしれない。でもわたしはあんまり人目につかない場所が落ち着く。


 気のせいかもしれないけれど、レジに並んでいるだけで、いつもなら全くないはずの目線を感じた。「あの子すげえ可愛くね?」「モデルとか芸能人?」「アイドルだろ」みたいな。


「……白戸さんは良く来るの?」

「そうですね。……そこそこお財布に響くので、月に一回くらいです」

「わたしもそれくらいかなぁ」


 それなのに、明日も来る予定がある。

 そうでなくても、最近お小遣いだけだといろいろ厳しくなってきている。そろそろ本格的にバイトを考えた方がいいんだろうか。


 レジの並びはゆっくりで、ショーケースに飾られたケーキやドーナツが気になったけれど、いやいやさっきちょっと運動したからってそんなに甘いもの食べるとまずいし、何より明日の分のお金も考えないと。と我慢する。


 ――どうだろう、白戸さんと半分こ……シェアという形なら……カロリーもお財布事情的にも許されるのではないか。


「千冬さんはもうなにを頼むか決めましたか?」


 今、白戸さんとシェア予定のデザートを考えていたところだった。


「え、あっと、ドリンクは……どうしよっかな。白戸さんは?」

「桃のが美味しそうだなと」

「あー、いいよね。美味しそう。……わたしは明日頼む予定だから」

「明日?」

「え、うん。明日もちょっとスタバる予定あって」


 今日の放課後、教室を出るときに葉寺はでらさんから誘われて、行けない代わりに「明日のお茶、新作の桃」という約束のグータッチを交わしていた。まあわたしの注文が桃じゃなくなっても、葉寺さんから怒られることもないだろうけれど。


「……えっと、私とじゃないですよね? 明日も一緒にと遠回しなお誘いでは」

「ごめん、違うけど」

「お友達ですか?」

「う、うん?」


 なんだ、わたしはなにを聞かれているんだ。

 じっとりとした白戸さんの目に、わたしはデザートの話が切り出せなくなった。全然、白戸さんがすきなケーキ選んでくれてもいいんだけど。


未美みみさんですか?」

「え、あ未美のこと知ってるんだ……」

「お風呂場で、千冬さんの胸を揉んでいましたよね」

「そうだね?」


 そういう認識として見られるとどうなろうと思うけれど、私の友達筆頭である。

 高校に入って最初にできた友達であり、なんだかんだ話もノリも合う。趣味は、まあまあ。未美が好きな人を撃ち殺すタイプのゲーム、わたしはあんまりやらない。ゲームはやってもリセマラまでだ。

 もっぱらドラマか、あとは漫画をちょこちょこ読むくらいというのもある。


「……明日は未美さんとお二人で?」

「え、いや違うけど」

「そうですか! では、三人以上ですか」

「…………」


 なぜそこまで細かなことを確認されているんだろうか。

 別に、言わなくてもいい気がする。だいたい、そもそも明日の予定を白戸さんに教える必要だってなかった。


「えっと、別の子とだけど、二人で行く約束だよ」


 変に隠したり、誤魔化したりもおかしいと思った。やましいことはしていない。だって友達とお茶するだけだ。それに、白戸さんだって「まずお友達から」をさっき始めたところで、なにか言われる所以はないはず。


「……誰、ですか?」

「クラスの……えっと、わかるかな」

「わかります」


 断言された。白戸さんくらいになると同級生の名前は、クラスが違っても全員覚えているんだろうか。まあ、葉寺さんもけっこう目立つ子だから、白戸さんが知っている可能性は十分あるのか。


「葉寺さんとだけど」

「葉寺……葉寺夜澄 よすみ……さんですか!?」

「う、うん。なに、その反応」

「……仲、いいんですか?」


 白戸さんは、わたしの修学旅行前までの印象だといつも微笑んでいる可愛い子だった。すごく優しそうって感じ。で最近いろいろあって、だいぶいろんな表情をするのは知っていたけれど。


 今の彼女は、また初めてみる顔だった。

 なんか、嫌そうに唇を尖らせている。


「最近、友達になったところだけど」

「……考え直しましょう」

「なんで?」

「あの人は……ほら、派手な子ですよね。葉寺さん。私のクラスでもよく噂聞きますよ、遊んでいる子だって」


 意外だった。白戸さんは、そういう噂とか真に受けて、人を悪く言うようなタイプに見えなかった。

 もっとも、女子の胸をもむのにあんな全力になるタイプにも見えていなかったけれども。


「噂は……まあ、わたしも聞いたことあったけど、話したら良い子だよ。遊んでる感じでもないし」

「……千冬さん、騙されていませんか? ほ、ほら、千冬さん人が良いからその……人の話を信じやすいですし」

「え、なにその印象。だいたい……なんでそんな葉寺さんのこと疑うの」

「千冬さんにはあの人は合わないと思います」


 なんでまた断言。タイミング良く、もしくはタイミング悪く、「お次でお待ちのお客様ー」とレジが空いて、わたし達が呼ばれた。

 いつもなら友達と並んでいて別々で会計しないのに、


「……わたし、先注文するね」


 って言って、白戸さんと置き去りにした。

 デザートのことも結局相談できなかったし、ドリンクなに頼むかも決められてなかったし、それで焦ってソイラテ頼んで、受け取ってさっさと席に戻った。


 冷静になったら、白戸さんが多分、葉寺さんとなにかあるってわかったと思う。だけどこの時のわたしは、もう白戸さんの態度にイラって来ていて、そのあとはずっと最悪の空気だった。

 悪いのは、わたしもだった。


「……あの、千冬さん、その……さっきのことですけど」


 白戸さんがなにか美味しそうなクリームが載ったやつを片手に持っていたのにまでイラッとした。わたしがソイラテなのに、なんで一人で美味しそうなの頼んで。

 もちろん、ソイラテだって美味しい。カロリーだって控えめだし。


「あのさ、言って置くけど」


 それでわたしは、白戸さんがなにか言う前に、また余計なことを言われると思って釘を刺した。


「白戸さんに、わたしの友達のこと口出しされるの違うから。やめてね」

「それはっ……すみません。ただそのっ、葉寺さんは……最近友達になったばかりと……」

「白戸さんなんて、さっきじゃん」


 さっき友達になった。

 友達になるまでの関係性もなにかしらあったはずだし、もっとだって。


「わ、私は千冬さんの胸をもみました!」

「は、はぁ!?」

「……友達になったのはさっきですけど、葉寺さんよりは……千冬さんに近しい友達であると言えます」

「それは……」


 わたしも少しだけ思い出していたことだ。もっとも胸方じゃなくて、キスの方だったけれど。ただの友達ではない。そんなこと、わたしは百も承知だ。

 だけど白戸さんに思っていたのと同じ事を言われたのがなぜか癇にさわって、「そんなことを大きい声で言うな」、と周囲が気になって言い返してしまう。


「そんなの勘定に入れないでよ。だってあれは、白戸さんが頼み込んで……それでなし崩しってだけで……友達とか、そういう親しさみたいのと関係ないから。だいたい、胸なら未美とか、他にももんでるし」

「千冬さんはそうやって誰にでも胸を……まさか、葉寺さんにももませるつもりなんですか!?」

「も、もませないよっ!!」


 反射的に否定した。

 もちろん、時間を置いてもその答えは変わらないけど。


「……それは、これからは私以外にはもませないという意味ですか?」

「違う」


 これも即答した。

 もちろん、会議を開いて検討しても答えは変わらないけど。


「……あのさ、葉寺さんは、わたしと話している時、胸の話とかしてこな……くもないけど、ばっかりではないから。少なくとも白戸さんよりは、わたしの胸じゃなくて、ちゃんとわたしと話してくれるし」

「待ってください! 葉寺さんとも胸の話をするって今言いませんでしたか? そ、それはどういう話です、私にも聞かせてください」

「え、その、売れそうとか……じゃなくて、白戸さんには関係ないから!」


 さっきからオシャレな喫茶店で到底するべきではない会話が、どんどん大きな声でなされていた。これだと、相手が美少女の白戸さんでなくても注目されて当然だったろう。


「もういいでしょ。とにかく放って置いてよ。わたしとわたしの友達のことは。あとわたしの胸のことも! 白戸さんには関係ないから」

「関係あります! 千冬さんのことも、千冬さんの友達のことも、千冬さんの胸のことも! わ、私もだって、千冬さんの友達なんですよね? さっき……お友達だって!!」

「……だとしても友達は普通胸と関係ないけど」


 そんなこんなで、最後まで言い合いは続いた。

 白戸さんがわたしに怒っているわけではなく、あくまで葉寺さんをわたしから遠ざけようとしているだけだったから、怒鳴り合いというかケンカみたいにはならなかった。それでも、ずっと最悪だった。

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