その⑩ 職員室

 翌日も、わたしの気は晴れていなくてぶっすとした顔をしていると、未美に心配された。


「千冬どうした? なんか今日は一段と不機嫌そうだけど、反抗期かー?」

「なんでもないけど」

「あっそ。まあいいけど、最近なんか忙しそうだし、ほら、葉寺はでらとも」

「葉寺さんのこと、なにか言いたいの?」


 ついまた口出しされるのかと、身構えてしまった。


「いや、なんか知らんけど、仲良く成ったみたいで良かったじゃん」

「ん、うん。けっこう話しやすくて」

「へぇ。見た目に寄らないな、や、見た目通りなのかな? ギャルってフレンドリーだし、コミュ力ないとギャルってやれないよな」


 教室の隅っこで適当に仲のいい友達とひそひそやっているわたしたちと違って、目立つギャルというのはただ格好だけでなれるものでもない――というのはなんとなくわかる。

 姿形から入るタイプもいるんだろうけれど。


 だいたい、わたしだったら校則とか教師からの注意とか怖くて、あんな髪色できないし。


「ま、葉寺のことも白戸のことも、二人自体はそんな興味ないけど」


 未美はそう前置きしつつ、わたしの顔を見る。


「千冬、お前はどうしたんだ? 今まで全然絡んでこなかったような、有名人二人と急に仲良くなって……なんかあったんだろ?」

「なんかって……まあ、きっかけはあったけど」

「特に困り事とか厄介事ってわけじゃなく?」

「……んー、とりあえずは」


 そういう答えると、「ならいいか」と納得してくれたらしい。

 ようするに、良くも悪くも未美は、というか他の友人達もわたしから泣きつきもしなければ余計なことまでは口出ししてこない。

 もっと彼女たちの興味を引くようなことでもあれば、根掘り葉掘り聞かれたんだろうけど――多分、相手が同性ってのもあるな。

 これがまあ、男子とかだったら「なんだ、彼氏か? 付き合ってんのか?」って質問攻めになっていたと思う。


 そう思うと、白戸さんはやっぱり変だし、だけどわたしのことをそれだけ好き――なんだとも思った。もう一度話そう。葉寺さんのことも、ちゃんと説明しよう。見た目と違って、普通の良い子なんだ。


 だけど、お昼休みが終わるころ、状況が変わった。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 お昼ご飯は、昨日のことがなくても基本的には未美たち、クラスの友人達と食べるつもりだった。

 それでいつも通りお弁当を食べながら、いつ白戸さんと話そうか、今日も彼女はあのササミとブロッコリーとゆで卵を食べているんだろうか……そんなことを考えていた。


「ちょっといいかな? さっき廊下で先生とすれ違ったときに、職員室呼び出してくれって頼まれたんだけど」

「え、わたし? ……職員室ってなんで?」

「それは聞いてないけど、とりあえず呼んでくれって」


 クラスメイトの伝言で、職員室に呼び出されてしまった。幸いお昼ご飯も食べ終わっていたので、「じゃあ行ってくる」と未美たちに涙の別れを告げて「千冬のことは忘れないよっ」とこれまた涙ながらに見送られた。

 別に退学とかそういう話でもないだろうに――と、思ったのだけれど、ふと葉寺さんとの屋上での話を思い出す。


 あの噂――つまりわたしがいかがわしいバイトをしようとしているという話――あれがもし広まっていて、先生の耳に入っていたら?

 いやいや、事実無根なのだから、否定して終わりだ。さすがに先生も、わたしの胸が大きいからと言ってそれだけを根拠に疑ってこないだろう。


「先生ー、わたしのこと呼びましたー?」


 そんな感じで、呑気に職員室へ顔を出すと。


「……お前、これわかるか?」


 先生の机はプリントとか本とかなにかごちゃごちゃしていたかれど、その中で目立つところに三枚の紙が並んでいた。

 見覚えがある、テストの答案だ。


「……わたしのテスト結果ですか?」


 先生はうなずいた。

 険しい顔を浮かべている。つまり、それぞれの紙の右上に並んだ点数が――。


「う、嘘っ!? なんでそんな低いのっ!?」

「こっちが聞きたい」

「だ、だってそんな……ちゃんと勉強もして……って、あれ、解答欄がズレてる……? え、しかも三教科も!? わたし、どうしちゃったの!?」

「こっちが聞きたい」


 先生は悲しい顔をした。しかし、うっかりのせいで三教科も赤点を取ってしまった。どうしたものか。


「え、あの……ほら、見てくださいよ。ちゃんと書いてたら、平均は採れてましたよね?」

「そういうの認めてたら、大変だから」

「え、じゃあ……わたし、これこのまま赤点……三教科赤点って」

「追試だ。うちのクラスだとお前だけなんだぞ、まったく頭が痛い。こんなうっかりな生徒の担任してたなんて」


 先生が頭を抱えて、わたしも一緒に頭を抱えた。だって、


「う、うちの追試って鬼難しいって評判じゃないですか! それでしかも、追試も合格点採れないと……最悪留年って……」

「先生は、お前がダブっても今まで通り接してくれていいからな」

「それ同級生が言うやつですよね!? 先生はずっと先生じゃないですかっ」

「留年したお前の担任はできないけどな」


 あはははっ、と今度は豪快に笑われた。なるほど、真剣に悩んでいるのはわたしだけだったらしい。


「え、あの……ほら、どうにか温情とか……だって、本当に解答欄ズレてただけで留年とかそんな……」

「まー私の担当教科だったらともかくなー。数学も日本史も物理も全部私よりベテランの大先生だから、そんな泣き脅しで同情も無理だろうなー」

「お、終わった……留年……」

「そうならないように、追試、頑張ってくれ。そういうためにわざわざ呼び出したんだ。今日からみっちり勉強して……えっと追試は二週間後だから、ま、せいぜいクラスメイトに別れの言葉でも伝えておけ」

「なーっ!! 別れたくないですーっ!! 友達とも先生とも、来年も一緒がいいですーっ」


 泣きついてもどうにもならなかった。


 わたしの学力は平均を前後する程度。鬼畜と名高い追試試験をこのまま乗り切れるわけもない。

 本当にお別れとならないよう、もっと勉強するしかないだろう。


 ……二週間でどうにかなるかな。

 誰か勉強が得意な人に助けてもらえると助かるけど。


「千冬、敬語ね。ちゃんと先輩って呼んで」


 教室に帰って、事情を説明すると友人達は笑顔で口を揃えた。


「先輩方……お願いします……助けてください」

「助けたい気持ちは山々だけど……科目が悪すぎる」


 数学も日本史も物理も、誰も得意な科目ではなかった。わたしだってどちらかと言えば苦手な部類で、これでも試験前にけっこう勉強してなんとか平均点なのだ。解答欄がズレて、その平均点すら夢と消えたけど。


「あー、白戸は? あの人、勉強も鬼できるでしょ。学年一位」

「えっ、そうだっけ……そういえば」


 未美の言葉に、白戸さんは顔だけじゃなく文武両道で知られていることを思い出す。といっても運動の方は抜群というほどではなくて、そこそこどれも器用にこなすくらい……だったはずだけど。卓球も左右に打ち分けるくらいだったし。

 それでもわたしよりは上手いから、なんか口惜しい。一つくらい勝てる要素ないのかな。胸以外で。


「あとほら、葉寺も。数学とかクラスで一番だったよな。学年でもだっけ?」

「えっ、葉寺さんも?」


 そういえば、と思い返す。

 葉寺さんはあんな派手な見た目で、実は勉強ができるのだ。というか多分成績優秀だから、ギャルっぽい髪や格好が黙認されているのだろう。


「せっかくだし、教えてもらえば?」

「う、ううーん……さすがに最近仲良くなったばっかだし……勉強教えてって言うのは」

「千冬、敬語ね。ちゃんと先輩って呼んで」

「ひ、ひぇーんっ!! わかったよ、もうみんなが頼りにならないから二人に泣きついて来ますっ先輩方っ!!」


 しかし、どうしよう。二人のどちらに教えてもらうべきだろうか。


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