その⑪ なかよし
放課後、約束通り
そしてこちらも約束――というか、宣言通りかな、桃の新作メニューを注文する。昨日も「これ明日来て売り切れだったらどうしよ……」と少し心配していたので、ちゃんと頼めて良かった。
「葉寺さんも桃?」
「桃、自己ベスト更新したからリピ」
「え、もう飲んでたんだ?」
聞けばもう五回目らしい。
そうか、よく考えたら別に昨日飲んで今日もまた飲めば良かったのか。
「どしたの、
何口か桃を堪能して、美味しい美味しいと言いあっていたけれど、追試のことがふと頭をよぎってしまった。
「あのぉ……こんなこと頼むのは大変心苦しいんですが」
せっかくだし、このままお願いしてみよう。
勝手なイメージだけど、葉寺さんなら迷惑だったら「パス」ってちゃんと断ってくれそうな気がするし。
「なになに?」
「あの……実はこの前のテスト……」
仲良くなったばかりの彼女に、うっかりとは言え三教科も赤点と言うのは恥ずかしい。ぎこちなく笑いながら、言おうとしたときだ。
「えっ」
「ん? どうした千冬」
「……な、なんで」
何席か向こうに、知っている顔がいた。
さっと顔を逸らされたけれど、たしかに彼女だった。
――
「ごめん、ちょっといいかな。……えっと、知り合いがいて」
「知り合い?」
「う、うん! 本当ごめんね、待ってて」
見なかったフリもできた。できたけれど、だってこれはさすがに一線を越えて――。
「白戸さん?」
どこから持ってきたのか、英字新聞に顔を隠す彼女に、わたしは声をかけた。
「…………」
「隠れても無駄だって。さっき目、合ったじゃん」
「……そ、その」
「え、なに。昨日に続いてこれは……さすがに……」
わたしも自分のものとは思えない低い声が出た。けっこう怒っていたと思う。
「ご、ごめんなさいっ! 本当にその……すみませんっ、そんなつもりじゃなかったんですけど……」
観念したように、下ろされた新聞の向こうから白戸さんの顔が出てきた。
「……でも千冬さんのことがどうしても気になって。それで、気づいたら……今日もここにいるのかなって……千冬さんが葉寺さんと二人でいるのかなって思ったら、もう自然とここにいて……」
「……ストーカーじゃん」
「ううぅ……ごめんなさい……」
「はぁ」
全力で謝られて、涙まで浮かべられると、これ以上怒りにくい。もう友達じゃない、関わるな。くらい言ってやろうかってこっちに来たのに。
それでもまあ、わたしが他の友達となにかしているときに後を付けられて、また口出しとかされるのはさすがに無理だ。はっきり注意しておこう。
「えっとね、泣かないで聞いて欲しいんだけど――」
「え、夕里だ。なにしてんの、こんなとこで。あれ、千冬と友達なの?」
席に置いてきたはずの葉寺さんが、わたしのすぐ後ろにいた。
「なんか楽しそうだったから、なにしてんのかなって」
と彼女は笑う。
「えっと、一応友達だけど……葉寺さんも白戸さんと友達だったの?」
「友達っていうか、まあ、あれだな、幼馴染み?」
「幼馴染み!」
その言葉で、なんとなくだけれどわたしの中でいくつかのつじつまが合った。
だから白戸さんも、葉寺さんのことであれだけ向きになっていたのだろう。わたしの知らない彼女のことをいろいろ知って――知った上で、遊び人呼ばわりしていたのかな? だとしたら……いや、白戸さんと葉寺さんだったら、わたしは葉寺さんの方が信用できるんだけど。
「白戸さん?」
気づいたら、白戸さんが荷物をまとめて席から離れようとしていた。
「……あっ、その……私のことは気にせず……」
「なんだ、夕里。まだあたしのこと嫌いなんだ?」
「……嫌いじゃないですけど」
それから、まあ昨日のことでもなんとなくわかっていたけれど、どうやら仲は悪いらしい。
というより、白戸さんが一方的に嫌っているんだろうか。
「……えっと、とりあえず三人で座る?」
このまま白戸さんを逃がすのもどうかと思って、わたしは提案した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
白戸さんはまだ帰りたそうにしていたし、仲の悪い二人を同席させるのもどうなのかとは思う。でもそもそもストーカー紛いのことをした白戸さんが悪い。
「二人って幼馴染みなんだ。わたし幼馴染みいないからなんか憧れあるかも」
「幼馴染みにいないとかってあるんだ? 全員いるのかと思ってた」
「え、そんなことないと思うけど。けっこう珍しいものじゃないの」
「んーっても、小学校の頃からの友達ってだけだよ。あたしと夕里は」
ぶすっと膨らんだままの白戸さんを余所に、わたしは葉寺さんと話していた。これだと二人の時とあんまり変わらないままだ。
いつもの可愛い顔を歪めた白戸さんが変な感じ彫像みたいに置かれている。
「千冬も小学校の頃友達いただろ? ほら、そいつらみんな幼馴染みだって」
「え、そうなのかな……なんか、違うと思うけど」
「じゃあ幼稚園か? あれ、夕里って幼稚園もあたしと一緒だったけ?」
「…………」
むすっとしたまま、返事をする気はないようだった。
「……白戸さん? ごめん、そんなに嫌なら……えっと」
「嫌じゃないですけど」
「ほ、本当? あんまり無理しないでね」
「……幼稚園のときもいましたよ。葉寺さん」
わたしが聞いたからなのか、いる以上最低限のコミュニケーションなのか、白戸さんが答えた。
「へ、へぇ! それならなんか幼馴染みって感じするね。……わたしも居たはずだけど、幼稚園のときから小学校も同じで友達って……うーん、でも今も交流がある子はいない……」
「私も交流はないはずなんですけどね」
「夕里ほら、あんまりむくれんなって。千冬も困ってるだろ」
「え、あ、うん。わたしはそんな……返ってごめんって感じだけど」
今までの白戸さんからは、また想像できない一面でなんとなくわたしはちょっと楽しい気持ちなっていた。それのせいもあって、二人が幼馴染みだったとわかって、昨日白戸さんと言い争いしたことへのイラっとした気持ちも消えていた。
むしろ、
「白戸さん、昨日のことも……ごめんね。その、全然二人の事知らなくて」
「……千冬さんはいいんです。悪いのは葉寺さんですから」
「お、なんだなんだ夕里。またあたしに文句あるのか?」
「あっ、えっと」
二人の仲がまだよくわかっていないので、昨日白戸さんが葉寺さんを悪く言っていたというのは黙っておいた方がいいだろう。
「……まあ、ちょっとね」
「私が葉寺さんは人間終わっているから関わらない方がいいって、千冬さんに教えてあげただけですよ」
「ちょっと白戸さんっ!?」
「あはははっ、夕里も変わらないなーっ。高校だとずーっと澄ましで優等生面してるくせに。こうやって話すと、あの頃のままだ」
葉寺さんは白戸さんの発言を全く気にしないどころか、とても楽しそうに笑った。
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