その⑧ お友達と将来

「あっ、もちろんその……白戸しらとさんが別にその……友達とかそういうんでもなくて……えっと、ただその修学旅行の間だけって感じだったら全然……それはそれで。ほら、白戸さん友達多いし、わたしそういう感じの子でもないから。無理に友達になろうってこともなくて」


 取り繕うように、わたしはつい早口で言い加えた。

 学校で一番可愛い、人気者の彼女に、「胸揉まれたし、わたし達もう友達だよね?」と強要するつもりもない。


 もまれただけで、ようが済んだら「勘違いするなよ、別に一晩だけの関係だろ」って捨てられるのも業腹だけど、それでもそれが白戸さんの本心だというなら、納得するつもりだ。

 今更先生に報告したり、弁護団を結成したりなんてつもりはない。

 ちょっとくらい、恨むかもしれないけど。


「……えっとさ、覚悟して胸をもませてくれって白戸さんが言ったのはわかったし、それでまあ……その覚悟としては、その後のことなんて考えないくらいのものだったんだろうけど」


 白戸さんの顔を、どうにも見づらかった。どんな表情なんだろう。


「わたしはとりあえず、拒絶はしてないし……胸も揉まれて、他のこともあって……それでえっと……昨日はお昼ご飯も一緒に食べて、今はこうやって放課後二人で遊んでて……」


 なんだろう、思っていた流れと違う。

 まるでわたしの方が、白戸さんに告白しているみたいだ。


「……まず友達、なれたらなって。思っているんだけど……白戸さんは、わたしのこと……わたしとこれからどうしたいのかなって……知りたくて」


 多分、言いたいことはすべて言えた。

 ぎゅっと目をつぶって、しばらく白戸さんの返事を待つ。

 だけど、言葉が返ってこない。


「……白戸さん? ――ふわっ!?」


 様子をうかがように目を開けると、白戸さんの顔が真ん前にあった。

 ほんの数センチ先の距離。


「ち、千冬さんっ!?」

「え、え、え。……なに、なにしようとしていたの?」

「そ、それはだって……流れで……いいのかなと思いまして……」

「なにが!? なにがっ!?」


 目の前にあった白戸さんの顔は、女子のわたしから見ても、相変わらずびっくりするくらい可愛い。

 いや、今のびっくりはそれ以外の要素が大きいけど。


「……返事、待ってたつもりだったんだけど」

「そっ! そうですよね、すみません」

「謝ることないし……今じゃなくてもいいんだけど……」


 まだ少し、心臓がバクバク脈打っている。


「……ただ本当に、そんな重く考えないでほしくて。ちょっとわたしが白戸さんにこれからどう接していいのかわかんなかっただけだから。答えとかなかったら、わたしも白戸さんのことそんな考えないようにするし」

「ま、待ってください! 考えて欲しいですっ!」

「……はぁ」

「あ、あの……答え、出ます。すぐ出ますから」


 気を遣わせないつもりが、むしろ急かしてしまっただろうか。


「千冬さんへの好きは……大好きは……愛しているは……その」

「愛……」

「恋愛的な感情ももちろんありますし」

「恋愛……」


 そうか。やっぱりそうなのか。とわたしはペットボトルを握ったまま、指の先をもじもじとからめた。


「そ、そうなんだ。えっと……ただわたしはその……まずは友達から――」

「その……情欲的な感情も……ありますし……」

「ん?」


 白戸さんの気持ちを確かめられたから、あとは申し訳ないけれど「まずはお友達」でお願いしようと思っていたのだが、


「私、初めてなのでどう言葉にしていいのか難しいのですが」

「えっと、無理に全部言葉にする必要もないけど……」

「千冬さんへの劣情と恋愛感情は混ざり合って、私の中で確実に共存しています。ですが、他の友人に向ける思いとは全く別であること、私が千冬さんと可能であればお付き合いしたいという気持ちには一切のためらいなく断言できます!」

「断言……劣情……」


 そこまではっきり言わなくてもよかった。

 言わないでほしかった。


 ――いや、劣情の方は、断言したわけじゃないか。


「えと、ありがとう?」

「は、はい。……あの、私も嬉しいです。千冬さんが私のことそんなに考えてくれていて……こうやって、修学旅行以降も、私と話して、一緒にいろいろできて、本当に幸せです。私の気持ちを聞いてくださって、これからのことも……将来のことも考えてくれているなんて」

「いや、将来は別に……そこまでは……」


 本当に申し訳ないのだけれど、言葉通り「まずはお友達」としか考えていない。


 ただストレートで、なんにも隠さない白戸さんの気持ちは、わたしに届いていたと思う。


 それからもう少しだけ卓球をして「左右に散らすのやめて」とお願いして、普通にラリーを楽しんだ。ちょっと疲れてきたので、まだ時間は早かったけれどお店を出る。


 まだ帰るのには早い時間だけれど。


「あの、千冬さん……よかった、そのもう少し……」

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