その⑨ 独り相撲
スマホ画面に並ぶ文字列は、正直見るのもためらう。
『
『ふふふ、いっぱいいろんな場所に行きたいですよね。私もそうです』
『そうしましょう。無人島に二人で行きましょう』
『帰れなくなっちゃう? 大丈夫です、私、お料理得意ですから。なんでもできます。スーパーがなくても千冬さんを幸せにできますからね』
『ベッドもつくります。少しだけ寝心地は悪いかもしれませんが、でも千冬さんと一緒なら』
『どちらにしても寝かしませんからね』
内容も怖いけど、これわたし、一切返事してないからね!?
廊下でのことをわたしからもなにか言うべきか。悩んで返事をこまねいていると、どんどん
まるで見えないわたしと会話しているみたいだ。
どうしたものか。明らかなのは、このまま放置してお泊まり会などというわけにはいかないことだ。
わたしと葉寺さんがいる横で、白戸さんが気にせず見えないわたしとしゃべっている状況などに平気でいられるはずもない。そもそもこんな中で、白戸さんの家に行っていいの?
学校にいる間、白戸さんは話しかけてこなかった。
それ以外の――昨日の騒動を見ていた生徒たちかは遠巻きになにか言われたけれど、聞こえないふりで押し通した。
「…………最近、面白いドラマとかあった?」
気を遣われたのか、直接触れられなかった。
友達相手にまでずっと黙っているつもりもないけれど、もう少し状況が落ち着いてから説明したい。厄介事に関わりたくないだけかもしれないが、遠慮はしてくれているのだろうし今は黙って感謝しておこう。
ただ状況が落ち着くって、いつなんですか。
家に帰って一人で思い悩んでみるけれど、ずっとなにか面倒なことが起きてばかりだ。白戸さんだけのせいではないと思う。
あんまり関わりたくないと思っていたのに、結局しっかり二人の間に入ってしまって――今はまた別の意味でも挟まれている。
まさか本当に恋愛ドラマみたいなことに。
(そういえば……ドラマ……)
ずっと観ていた今季のドラマも佳境にさしかかっていた。
主人公の女の子は、初恋相手のパン屋と一夜の過ごした保険営業男どちらに自分の気持ちが向いているのか決断することになる。
なんとなく、わたしはやっぱり初恋相手が大事なんじゃないかと思ってしまうけれど、どうやら主人公が選ぶのは保険営業男になりそうだ。
わたしの場合――あれ、待って、白戸さんはどっちなの? 葉寺さんは? 白戸さんが一夜の過ちなのかな……過ち?
葉寺さんも初恋ではないし。
でもわたしの人生を思い返してみて、白戸さんを例外とするなら、初めてわたしを好きだと言ってくれた相手だ。意識しているとは思う。葉寺さん、一緒にいて楽しいし、気が利くけど気を遣われている感じがないのも心地良い。
じゃあ白戸さんのことを意識していないのかというと、そんなことはない。そりゃいろいろあったわけだからね。白戸さんだって、わたしに好意を向けてくれているのはわかる。わかるけど。
「はぁ……」
やっぱり、わたしは一人で悩んで解決できるようなタイプじゃない。
それに、白戸さんの気持ちは白戸さんに聞かなきゃわからないだろう。でもなにをどう聞けばいいのか。一応、これでも何度も白戸さんと対話してきたつもりである。わたしだって、つたないなりにいろいろな言葉を投げかけてきたつもりだ。
でもいまいち白戸さんの気持ちがわかっていないのはなぜか。
葉寺さんはなんとなく信じられるのに。
やっぱり白戸さんが胸のことしか考えていないから……。
――あれ、でも最初は、葉寺さんのことも疑ってたっけ。
好意を疑うというのとは少し違って、別の意味だって思っていたわけだけど。
でもそのあと。
(そっか、そうだよね……うん、ずっとよくわからなかったのに、聞いてなかったことがあった……)
わたしは意を決して、白戸さんに連絡した。
『そろそろ、千冬さんに名前で呼んでほしいです』
『ダメです。呼び捨てがいいです』
『ふふふっ、照れる千冬さん、可愛いです。もっと呼んでください』
『だ、ダメですよ! 私が千冬さんを呼び捨てにするのは……』
『千冬さんに、そんなに可愛くお願いされたら』
「……白戸さん」
本当に、大丈夫だろうか。
不安でいっぱいだったけれど、わたしは白戸さんを呼び出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二人きりになれる場所であればどこでも良かったけれど、二人で話したいと言ったら「生徒指導室なら、まだ使えると思います」と白戸さんが提案してくれた。
今の状態の彼女と密室で二人きり。
いや、信じよう。今更また胸をもまれても――減るものではないと言わないけれど、うん、それくらいは受け入れよう。わたしも女だ。あと白戸さんも女だ。
「白戸さん、ごめんね。急に」
「…………千冬さん、どうして私のことを名前で呼んでくれないんですか? 昨日はちゃんと
「ごめん。あの……正気に戻ってもらえませんか?」
「ふふふっ、正気に戻るのは千冬さんの方ですよ。私たちの仲なんですから、そんな他人行儀はやめてください」
彼女を置いて葉寺さんと逃げてしまったことが、想像以上に精神的ダメージとなっているようだ。これ、わたしのせいなのかな?
でも白戸さんは、小学校時代に周囲からの信頼も評価も全部葉寺さんに持って行かれて、孤独と敗北感にさいなまれていたって話で……それを考えると昨日のことは、トラウマを刺激していてもおかしくない。
仕方ない。わたしはもう一度、いや今度こそ、白戸さんと向き合うって決めて今日来たのだ。
白戸夕里。学校一の美少女と名高い彼女の名前を呼んでやろうじゃないか。
「ゆ、夕里さん」
「……」
「夕里さん、お願いがあって呼んだの。一つだけ、わたしの質問に答えてくれないかな」
名前を呼ぶと、彼女の体が固まる。
もう一押しだと思って、わたしは言葉を口にしながら、彼女の体を抱きしめた。
「夕里さん?」
「――この柔らかさはっ、千冬さん?」
「…………白戸さん、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
ふざけているのか、真面目にわたしの胸が当たったことで正気を取り戻したのか。
どっちにしても、白戸さんと向き合うことができるのかのっけから心配になってきた。
いや、白戸さんは前からこんな感じか。一々気にしていたらしょうがない。
体を離して、もう一度聞く。
「白戸さん、質問させて」
「は、はい! 千冬さんになら、どんなことを聞かれても答えますっ。ただその、気のせいか千冬さんが先ほど私のことを名前で――」
「……白戸さんはわたしのこと、どうして好きになったの?」
――好きだ、胸をもみたい。
それがあまりのことで呆気に取られて、わたしは根本的なことを聞いていなかった。
葉寺さんは、教えてくれた。正直そんなことで? と思わなくもないけれど、彼女の気持ちをすんなり信じられたのは、そこが大きかった。
白戸さんは、わたしをどうして好きになったのか。
胸、なんだろうか。
胸、なんだろうな。
それでも、わたしは彼女に聞くことにした。
胸だったなら、それはそれで、わたしの考えもまとまる気がした。
でも、もしそれ以外なら今度こそ彼女と向き合える。
「私が千冬さんを好きになったきっかけ……理由ですか?」
「うん。……よかったら、教えてほしいな」
白戸さんは少しだけ目を丸くして、それから小さくうなずいた。
―――――――――――――――
次回、白戸夕里視点です。
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