学校生活
その① 関係
修学旅行から帰ってきてサブスクで見逃した恋愛ドラマを観ていると、女子高生が一回りも年上のパン屋のおじさんに好意をもって迫る展開になっていた。
パン屋のおじさんはバツイチで、女子高生に対して薄ら恋愛感情を持っていたが、歳の差やお互いの立場を鑑みて彼女を止める。
『どうして、わたしのこと……好きじゃないの?』
『好きだから止めるんだ。好きだから、体からの関係で始めたくない』
『それって』
『パンだってちゃんと発酵させてから焼かないと、美味しく膨らまない。……お互いの気持ちをもう少し大事にして、しっかり向き合える時まで待とう。それでもまだ君の気持ちが変わらなかったら。……今はまだ、二次発酵前だ。焼くのは早い』
良いことを言うパン屋さんだった。
いや、こんなタイミングでパンのたとえを出すのはどうかと思うけども。
プラトニックな恋愛感情、いいな。
つい最近押し倒された身として、切に思う。
――でもでも、大事な一線は多分守ったんですよ!?
それでも、守れなかったことの方が多いのは間違いなかった。
胸の間に、顔を埋められた。頬ずりされた。舐められた。胸をもまれる以上の羞恥を感じた。なんなのかあれは。なにが楽しいのか。
わたしは連休明けにまた学校へ行き、
どんな顔をすればいいのか。白戸さんが、どんな顔をしてくるのか。
◆◇◆◇◆◇
「
朝の教室で頬杖をついていると、クラスメイトの
修学旅行は確かに楽しかったけれど、わたしがロスしたのはファーストキスだった。胸は前にも、友達からじゃれてもまれたことあったからね。
「……あのさ、体の関係から恋愛って発展すると思う?」
「本当にどうした千冬!? 変なアルバイト初めて、体だけのつもりがつい心まで許しそうになっているのか!?」
「ごめん、そんなディープな事情じゃない」
「はははっ、そうだよな。悪い悪い、千冬のことおじさん受けよさそうな顔と胸だと思って」
なんて失礼な友人だろうか。
しかし、ディープな事情というのは変わりないのかもしれない。
わたしは修学旅行で、学校で一番可愛い子と名高い白戸さんに胸を揉まれて、キスまでしてしまったのだ。他にもいろいろあったが、まあ要点はそこだろう。
違うか、本当に大事なことは。
「えっと、未美ってその…………」
「ん?」
「…………ごめん、やっぱなんでもないや」
わたしは、なにを聞こうとしたんだろうか。
二度目のリネン室で、白戸さんに言われたのだ。
『私、千冬さんが好きです。他の誰にも渡したくありません。この胸も口も、全部。……だから、私だけの千冬さんに――』
さっきまで散々人の胸を好きかってしておいて、急に神妙な顔持ちになった白戸さんは、わたしの目を真っ直ぐ見ていた。
手が少しだけ震えていた。
この後続く言葉に、想像がついた。
だけど、だからこそ――、わたしは逃げだした。
いや、ずっと前から逃げるチャンスはうかがっていたのだ。でも白戸さんはわたしより少し背が高くて、力もあるみたいで、全然逃げられなくて、それでそのまま胸を揉まれていたのだ。
やっと彼女の手が止まって、わたしは、彼女の言葉を最後まで聞くよりも逃げることを選んでしまった。
白戸さんは、クラスも違う。
修学旅行前までは顔と名前を知っているくらいで、話したこともなかったはず。友達では、なかったと思う。顔見知り、なのかな。有名人の白戸さんと違って、向こうが前からわたしの顔を知っていたというのも信じがたい。本当に、ただ修学旅行のお風呂場でわたしの胸を見ただけという可能性もある。
もし、それだけであの好意だとしたら――恐ろしい。
彼女の胸への執着もそうなのだが、それは信じるに値する好意なのか?
白戸さんは、わたしの胸をもめるなら財布まるごと渡すと言っていた。受け取らなかったからどれくらいのお金が入っていたのかはわからない。未美の話じゃないけれど、この世の中にはお金のやり取りでそういった行為が発生することもある。
単なる、そういう類いの延長ではないのか。
でも財布まるごと。……まずもって、わたしの胸の価値はどれくらいなんだろう。好意を抜きにして、行為だけで。
「……うーん、未美ってわたしの胸をもむのにいくらまでだったら払える?」
「おい、おじさん相手に商売始める前の価格調査始めてないか? 考え直せ千冬」
「ち、違うって!」
白戸さんとの関係も悩ましいが、クラスの間でのわたしの評判も心配になってきた。
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