第31話 アイスパレスの洗礼

「う~ん。なんか見た目はオーガ窟とそんなに変わんないね」


 アイスパレスダンジョンに入ってすぐ、周囲の様子を見て未来は言った。


 実際、アイスパレスの入口は洞窟になっていて、周囲が凍っていたり天井に氷柱が生えている事を除けばオーガ窟と大差はない。


「一層はただの凍った洞窟だからな。本命の氷の宮殿はもっと奥だ。それに、腐っても中級ダンジョンだ。見た目は似てても難易度は段違いだぞ」

「さっきの白い竜巻モンスターみたいに強い奴がいっぱいいるって事だよね! 気を付けます!」

「それだけじゃないよ愛敬さん。オーガ窟と違ってアイスパレスは罠とか環境ペナルティがあるから。敵の攻撃にも属性がつくし。今の装備とキャラスキルじゃかなり無謀だと思うんだけど……」


 言ってから、宗谷がハッとする。


「ご、ごめんね時継君! 勝手にベラベラ喋っちゃって!」

「別にいい。どうせ話すつもりだった。てか一々謝んなよ」

「ごめん――じゃなくて、あはは……」


 慌てて口を押さえて誤魔化すように笑う。


 全く、教室で偉そうに踏ん反り返っていたジャイアンはどこに行ったのやら。


「ねぇトッキー? 罠はなんとなくわかるけど、環境ペナルティってなに~?」


 慣れない呼び方に時継の心臓が身震いをした。


「……その辺についてもこれから説明する。まずは環境ペナルティだが、一部のダンジョンやフィールドにはそこにいるだけで不利な状態、つまりペナルティが発生する場合がある。委員長、ちょっとそこまで走ってみろ」

「は~い」


 言われた通りラマに乗ったカコが少し先まで走る。


「あれ? なんか動き遅くない?」

「それがレベル1の寒冷のペナルティだ。移動や攻撃、呪文の詠唱速度なんかが15%遅くなって、スタミナの回復力にもマイナス補正がかかる」

「本当だ!? ちょっと走っただけなのにすっごいスタミナ減ってる!? っていうかこれ、何もしなくてもジワジワ減ってない!?」

「キャラのスタミナ回復を寒冷ペナルティが上回ってるんじゃないかな」

「そういう事だ」

「そういう事だ(キリッ)、じゃなくてぇ! ど~するのこれ!? これじゃ私、ろくに動けないよ!?」

「慌てんな。今回の配信は上位ダンジョン体験ついでのチュートリアルみたいなもんだ。環境ペナルティについては色々対策する方法がある。装備に【防寒】がついてりゃそのレベルか数に応じて対応するペナルティを相殺できる」

「そんなの持ってないよぉ!?」

「だから慌てんなって。他にも魔法スキルの【保護シールディング】をかける事で一部の環境ペナルティは無効化できる」


『北風は諦め太陽は涙する。バカには見えぬ魔法の衣がここに在り【保護】』


「おぉ! 治ったぁ!」


 嬉しそうにカコが反復移動する。


「っていうか、前から思ってたんだけど魔法スキルって便利過ぎない? なんでも出来てちょっとズルいと思うんだけど」

「まぁ、それは前から言われてるよね」


 宗谷が苦笑いを浮かべる。


「実際、他のスキルに比べて出来る事がかなり多いからな。ただし、その分のデメリットもある。魔法を使う度に対応する秘薬を消費するからこいつの管理がめんどくせぇ。この手のバフを剥がディスペルしてくるモンスターは少なくないし、高レベルの環境ペナルティには対応出来ない。器用貧乏って感じか」

詩人調教師バードティマーのカコちゃん的には、十分凄いと思うんですけどぉー」


 僻みっぽく未来が言う。


「それはスキルが育ってないからだろ。てか、音楽スキルだって結構凄いんだぜ? 【大自然の助奏オブリガード】なら範囲で環境ペナルティを打ち消せるし」

「え! 本当! カコちゃんの熟練度でも使えるかな!」


【楽譜】を開いているのだろう。


 程なくしてカコがハープを弾きだした。


 連日のスキル上げの成果か、まともに聞ける程度には上達している。


「どうどう? 寒いの治った?」


 嬉しそうに未来は聞くが。


「俺は装備に防寒つけてる」

「僕も耐寒ポーション飲んだから……」

「意味ないじゃん!?」


〈不憫ワロタwww〉

〈ドンマイ未来ちゃん……〉

〈てか卍槍矢卍配信内容知らないのになんで耐寒ポーションなんか持ってんだよ〉


 確かにそれは時継も気になった。


 デバフを打ち消すのにポーションは有効だが、その分種類も膨大だ。


 そんな物を一々持っているはずはないのだが。


「えっと、二人に迷惑かけちゃ悪いと思ってどんな状況にも対応出来るように色々準備して来たんだ……」


 恥ずかしそうに宗谷がはにかむ。


〈可愛い〉

〈良い子じゃん〉

〈¥3000〉


「無言スパチャはやめてください!? いやでも、二人の為になるんならいいのかな……」


 悩まし気に頭を抱える。


「ふん。まぁ、舎弟にしては良い心がけなんじゃねぇの?」

「沢山迷惑かけちゃったからその分頑張らないとね!」

「……ったく。調子狂うぜ」


 無垢な笑顔に一人ごちる。


「ともかく、こんな感じでダンジョンにはいろんなペナルティがあるってこった。ちなみに、寒冷デバフは環境ペナルティ以外でも罠や敵の攻撃でもなる事がある。その場合、既に寒冷デバフがかかってるとレベルが上書きされて効果が増す。最大まで累積すると凍結状態になって動けなくなるから注意しろよ」

「え、ぁ、うん!」


〈うん! ←なにもわかってない〉

〈凍結は怖いぞ。物理抵抗30も減るし〉

〈属性攻撃がクリティカルすると属性デバフつくから注意な〉


「まぁ、その辺はやってりゃ分かるだろ。で、次にトラップだが」


『集すれば散する。これ世界の理なり。気づいた時には既に遅く。我が魔力は貴様の内に在り。【爆発イクスプロ―ジョン】』


 †unknown†がその辺を這っていた氷蛇アイススネークを指さす。


 一秒ちょっとの時差の後、氷蛇が内側から吹き飛んで死亡する。


「足元に注目」

「へ? え? なにこれ!?」


 地面にぽつぽつと半透明の赤い円が表示される。


「愛敬さん! 避けて!」


 宗谷の注意も虚しく、天井から降ってきた特大の氷柱がカコの脳天を直撃した。


「ぎゃあああああ!? 死んだぁあああああ!?」


〈即死www〉

〈クソワロwww〉

〈カコちゃん物理しか積んでないから仕方ないね……〉


「っとまぁ、こんな感じでダンジョンには色々と危険なギミックがある。今のは派手な魔法や必殺技なんかに反応して氷柱が降って来る罠だ。基本的にはランダムだが、その内の一つは確実にプレイヤーの頭上を狙ってくるから注意な」


 まさか時継もここまで上手く刺さるとは思っていなかったが。


 ある意味これも配信力か。


 ともあれカコを蘇生するが。


「酷いよトッキー!? めっちゃビックリしたんだからね!?」

「お陰で覚えただろ? 赤いエフェクトが見えたらとにかく避けろって事だ。特にカコは氷抵抗積んでないからな。こんな一層の罠でも当たったら即死級のダメージだ」

「うぅ~! 言ってくれたらちゃんと装備変えて来たのに!」

「持ってんのか?」


 口を尖らせて未来が目を逸らす。


「……持ってないけども」

「時継君、やっぱり一度戻らない? 幾らなんでも今の愛敬さんにアイスパレスは無謀だよ……。装備なら僕のを貸してあげるからさ」

「そんなんだからお前のチャンネルは伸びねぇんだよ」

「え?」


 宗谷が目を丸くする。


「ガチガチに装備固めたぬるいダンジョン配信なんか今更誰が見たがるかって話だ。つーわけで、今日の配信は究極の姫プを見せてやる。ゴミ装備の初心者を守りながら三層まで行って目当てのモンスターを調教出来たら成功だ」

「そんな無茶な!?」

「え~! 私、二人に守られてるだけなんか嫌だよ!」


 二人がぶーたれる。


「バーカ、無茶をやるから面白いんだろうが。てか、こいつはオーガ窟攻略の前哨戦でもあるんだぜ? 本番じゃ俺はサポートに回って、攻略は委員長と宗谷の二人に任せる予定だ。宗谷は壁役、死ぬ気でタゲ取って委員長を守れ。委員長は死ぬ気で生きてとにかくダメージを稼げ。こいつはその練習だ。分かってないようだから言っておくが、守られる方にも守られ方ってもんがあるんだよ。なんにも考えずに走ってたらあっと言う間にくたばるからな」


〈面白い事考えるじゃん〉

〈ただダンジョン潜ってモンスターティムするだけじゃ面白くないもんな〉

〈配信終わるまでに未来ちゃんが何回死ぬか賭けようぜ! 俺は三回!〉

〈一桁は流石に少なすぎだろ〉

〈三層には白竜も湧くし、十回でも足りないだろうな〉


 時継の発言にコメントも盛り上がる。


「……やっぱり時継君は凄いや! そんな事、僕は全然思いつかなかったよ」


 感動したように言うと、宗谷が裏でチャットを飛ばしてくる。


『僕がリスナーさんに認めて貰えるように見せ場を作ってくれたんだよね?』


(……勘のいい野郎だな)


 思わず苦い顔をして。


『配信盛り上げる為だ。てめぇの為じゃねぇ。勘違いすんな』


「ありがとう。時継君の期待に応えられるよう精一杯頑張るよ」


 画面越しにまっすぐな目を向けられて時継が視線を逸らす。


「……配信で言うなっての」


〈こいつらまた裏でイチャイチャしてる〉

〈¥10000〉

〈頑張れよ卍槍矢卍!〉


 なんにせよ、宗谷をリスナーに受け入れさせる作戦は上手く行ったらしい。


(まぁ、ほとんどこいつの人柄みたいなもんだけどな)


 この顔と声に性格だ。


 これまでの売り方が悪かっただけで、上手く導いてやればかなり伸びる気がする。


(スパチャも多いし、女のリスナーも増えそうだ。こりゃ良い拾い物をしたかもな)


「もう! みんな酷いよ! 私だって学習するんだから! 二人に守ってもらうのにそんなにポンポン死ぬわけないでしょ!」


 未来は未来で良い感じにコメントとプロレスしている。


 これも三人になった効果だろう。


 二人で喋っている間は一人が空くので余裕をもってリスナーと会話できる。


 なんて事を思っていたら。


「愛敬さん! 足元見て!」

「え? ぐはぁ!? なんでぇええええ!?」


 グサッと氷柱が突き刺さり、早速カコが死亡する。


〈早すぎるフラグ回収www〉

〈始まる前からツーカウントってマ?〉

〈配信力高すぎだろwww〉


「言い忘れてたが氷柱はなにもしなくてもランダムで降って来るからな」

「それを先に言ってよ!?」

「あはははは! もう、愛敬さん面白過ぎだよ!」


 屈託なく宗谷が笑う。


(……こいつが笑ってるとこ、初めて見たかもな)


 だからどうしたという話だが。


 ともあれカコを蘇生して、三人はアイスパレスの強行突破を開始した。

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