第20話 登録者数=戦闘力

「ぼ、僕も! バカにされた事ある!」


 痩せっぽっちのガリ勉眼鏡が続く。


「チビだってバカにされた!」

「ブスが調子に乗るなって陰口言われました!」


 次々声が上がる。


 リスナーと同じだ。


 最初の一人を動かせれば、様子見に回っていた連中も動き出す。


 一つのスパチャで祭りが始まったり、一つのお気持ちツイートで炎上したり。


 均衡は小さなきっかけで大きく傾き流れになるのだ。


「てめぇら!」

「雑魚がなに歯向かってんの?」

「九頭井に味方した奴全員死刑な」


 ヤバいと思ったのか、宗谷の取り巻きが援軍に加わった。


 数としては少ないが、冴えないモブ生徒を黙らせるには十分だ。


(まぁ、モブにしては頑張った方だろう)


 友達でもないのにわざわざ庇ってくれた連中だ。


 時継に便乗して鬱憤を晴らしたかっただけだとしても、なけなしの勇気を振り絞った事は認めてやる。


 というか、ここで彼らが痛い目を見たら時継の株が下がる。


 あいつに味方しても損するだけだ。


 そんな風に思われたら人はついてこない。


「逆だろ。死刑になるのはお前らの方だぜ?」


 余裕たっぷりに時継は言う。


「はぁ? へなちょこのオタク野郎に何が出来るってんだよ!」


 突き飛ばされ、時継は床に尻餅を着いた。


「あーあー。やっちまったな。手ぇ出さなきゃ穏便に済ましてやろうと思ったんだが」

「負け惜しみ言ってんじゃねぇぞ!」

「うちのリスナーは3万人だ。配信でお前らの事を話すぞ。ネット民はこの手の炎上ネタが大好きだからな。あっと言う間に燃え上がるぜ? あとは言わなくても分かるよな? 正義面したネット民の私刑執行だ。親はリストラ、ご近所さんにも嫌われて引っ越し確定。まともな就職なんか無理だろう。まさに社会的な死刑ってわけだ?」

「……わぁーお」


 驚いた未来の場違いな声が教室に響き渡る。


 不良共は全員青くなって頬を引き攣らせている。


「そ、宗谷ぁ?」

「おい、これは、ヤバいんじゃないか?」

「は、ハッタリだ! ちょっと押しただけでそんな大事になるかよ!?」


 その通りだと思ったのだろう。


 不良共がホッとした顔をする。


「ばぁ~か。そこを大事にしちまうのが俺の腕の見せ所だろ? 俺は委員長のチャンネル登録者数を一ヵ月で十倍にしたんだぜ? バズらせも炎上も本質は同じだ。やり方次第でお前らなんか幾らでも悪者に出来るんだよ」

「う、ぐ、ぅぅ……」


 言い返したいが言葉が出ない。


 そんな様子で宗谷が呻く。


「ご、ごめん九頭井! 俺が悪かった! 謝るから、それだけは許してくれ!」


 坊主頭のデカい不良が外聞もなく土下座する。


「おい吉田!? てめぇ、裏切るのか!?」

「うるせぇ! 前からお前の事は気に入らないと思ってたんだ! 俺だって宗谷に脅されて嫌々だったんだ! 同じ被害者なんだよぉ!?」

「あ、あたしも! ごめんなさい! もう二度と九頭井君に嫌がらせしないから許して!」

「真姫!? お前まで!?」

「気安く呼ばないで! あたしまで仲間だと思われるじゃん!?」


 なんとも醜い仲間割れだ。


 これだから時継はリアルの関係を信用していない。


 カーストだとか立場だとか、信頼関係を築くには不純物が多すぎる。


「それだけじゃ足りねぇな。二度とうちのクラスでデカい顔すんな。今までイジメてた連中にも詫び入れろ。そしたら今回だけは勘弁してやる」


 親指で周囲のモブ共を指さす。


 圧倒的形勢逆転にわぁっ! と歓声が上がった。


 別にモブ共を助ける義理はないのだが、一言足すだけで味方が増えるなら安い物だ。


「も、勿論っスよ! えーっと……お前佐藤だっけ?」

「鈴木ですけど……」

「田中さんごめんね! 山田さんも!」

「田中はあっち」

「山田は向こう]


 冷たい顔で見下して二人の女子が言う。


 そっちは好きにやってくれという感じだ。


「そんな……嘘だろ……お前ら……友達じゃなかったのかよ……」


 宗谷が絶望した顔でがっくりと膝を着いた。


「見捨てられたなぁ? 力で人を支配してるからそういう事になるんだよ! ざまぁ見やがれ! 反省しろ! そんであいつらみたいに土下座して俺に謝れ! 俺はお前と違って大人だからな。ちゃんと詫びて反省すりゃこれまでの事は水に流してやるよ」


 ニヤニヤ顔で宗谷を見下ろす。


 半泣きの宗谷は悔しそうに奥歯を噛んだ。


 今までトップカーストで好き放題していた不良が突然最底辺まで没落して見下していたオタク野郎に頭を下げなければいけなくなったのだ。


 プライドは木っ端みじん。


 悔しいなんてレベルではないだろう。


 可哀想だなんて思わない。


 因果応報、悪い奴が悪い事をして痛い目を見るのは当然だ。


 シカトしていたが、時継だって散々嫌な思いをしていたのである。


「ぐ、ぐ、ぐ、ぐぅ……。ずいまぜんでじだ……」


 錆びついたロボットみたいにぎこちない動きで宗谷が首を垂れる。


 謝る声は涙混じりだ。


「誰に謝ってんだよ」

「……ぐずい」

「呼び捨てか?」

「ずいまぜんでじだぐずいざまぁあああ! これで満足かよ! ぢぐじょおおお!」


 諸々限界に達したのか、宗谷は泣きながら教室を飛び出した。


「いや、別に様付けじゃなくてもよかったんだが」


 スッキリした気持ちで時継が肩をすくめる。


「……ごめんね九頭井君。私のせいで大変な事になっちゃって……」


 未来はしょんぼりしてちょっと涙目だった。


「なにかあったら助けるって言ったのに……。結局私なにも出来なかったよ……うぅ……」

「泣くな鬱陶しい。脳ミソお花畑の委員長に最初から期待なんかしてねぇよ」

「酷いっ!?」


 ガビーンとショックを受けつつ。


「……でも、その通りだよね……。私の考えが甘々だった……」


 ずーんと落ち込む。


 綺麗な旋毛に時継はチョップを叩きこんだ。


「だから落ち込むなっての」

「あべし!? なんでぇえ!?」

「委員長の手伝い受けるって決めた時からこうなる事は分かってたんだ。俺の取り分には迷惑料も入ってと思ってる。むしろ委員長のお陰でムカつく陽キャ共を一掃出来たんだ。良い事尽くめじゃねぇか」

「九頭井君……」


 慰めだとでも思ったのだろう。

 感動した様子で未来が涙を拭う。


「九頭井君、時々ちょっと意地悪かもって思う事あったけど、やっぱり実は優しい人だよね……」

「違うわい」


 べしっとチョップ。


「あと照れ屋さん」

「違うって言ってんだろ!!!」

「同じ手は食いません!」


 三度目のチョップを白刃取りされ、謎に二人で力比べをする。


「なんか九頭井と委員長いい感じじゃない?」

「まさか……」

「いやでも愛敬さんちょっと変人入ってるからワンチャンあるかも……」


(なわけねぇだろ!)


 モブ達の雑談に内心でツッコミを入れる。


「どうしたの、九頭井君?」


 内心の動揺を見抜かれて時継は視線を逸らした。


「……なんでもねぇよ」

「えぇ~! 絶対嘘! 気になる! 教えてよ!」

「なんでもねぇっての!!!!!」

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