第22話 塵は塵に、灰は灰に

〈今更なんだけどなんでオーガ窟って初心者ダンジョンって言われてんの?〉

〈デバフ、状態異常、高難易度ペナルティその他面倒なギミックなし、防御属性も物理だけ積んどけばいい〉

〈ボス沸きもシンプルで最下層のボスエリア内で雑魚狩ってればその内湧く〉

〈ドロップは育成に使いやすいマイナーユニークが確定で落ちるから初心者向けって言われてる〉

tyサンキュー


 ここでいくつかAOのシステムについて解説を入れておく。


 まずは防御面から。


 属性は物理、火、水、混沌、光の五つで基本的には割合カットになる。


 火属性抵抗を50積んでおけば火ダメージが半分になるという事だ。


 ただしこちらは上限が75に決まっていて、100積んだから無効とはならない。


 代わりに属性を下げるデバフを受けた際、余剰分から引かれる事になる。


 火抵抗100のキャラが可燃性の呪いフラマビリティでマイナス25になっても被ダメージは増えないが、75のキャラは50になって被ダメージが増加するというわけだ。


 全属性を上限まで上げるには最低でも75×5属性で375を頭、身体、脚、腕、両手、指輪×2、首輪の8部位で稼がなければいけない。


 だが、敵の使う属性が偏っていれば他の属性を切る事が出来る。


 オーガ窟の敵はほとんど物理しか使ってこないので物理抵抗を75まで上げるだけでよいというわけだ。


 回避率に関しては相手の攻撃系スキルとこちらの防御系スキルの差で決まるのだが、エフェクトを見て避けられる攻撃は被撃した際に当たるかどうか計算される。


 他にも色々複雑な仕様があるのだが今回は割愛する。


 マイナーユニークはユニークアイテムの一種である。


 通常のドロップ品はランダムな追加効果が付くのだが、ユニークアイテムは数値のふり幅こそあれど追加効果の種類自体はアイテムごとに決まっている。


 ユニーク装備にしか付かない固有の効果もあれば、単に追加効果の数値が高いだけの通常品モドキもある。


 マイナーユニークはオーガ窟のような低難易度ダンジョンで入手可能なユニークアイテムで、最終装備にはならないが繋ぎや育成に便利な品が多い。 


 ここをクリアしない事には配信的に別のダンジョンに行きにくいし、装備更新と未来の成長の確認の為にもリベンジにやってきたのだが……。


「いやああああ! 死んじゃううう!」


 大ダメージを受けてスタミナが尽きた所をOLの集団にブロックされてミライが死ぬ。


 AOではHPとマナの他にスタミナというリソースが存在し、ダメージを受ける、走る、特定のスキルの使用、敵対的な存在とすれ違う等で減少する。


 スタミナがゼロになると走れなくなる、敵対的な存在とすれ違えなくなる、攻撃速度が減少する等の不利益がある。


 今の場合はスタミナ切れで敵とすれ違えなくなり囲まれてボコられたわけだ。 

 ちなみにこのような状況を専門用語でBOXされたと言う。


「パニクって無駄に走り回るからスタミナ切れ起こすんだよ!」


 ボヤキながら蘇生魔法でミライを復活させる。


 武器の振り速度に関係する都合上、戦士系のビルドはスタミナを決定するDEX敏捷性を多めに振るのでスタミナ切れを起こしにくいはずなのだが。


 未来の場合はちょっとしたダメージで焦って逃げ回るのでモンスターとすれ違って無駄にスタミナを消費している。


「だって怖いんだもん!」


 どうやら殺され過ぎてOLがトラウマになっているらしい。


 OLは振りこそ遅いが一撃は割と重いので初心者は慌てやすい。


 越えなければいけない壁という意味でもオーガ窟は初心者ダンジョンなのだろう。


「今のスキルと装備なら3発は耐えられる。そんだけ余裕があればタイマンなら負けないから落ち着いて戦えよ」

「それが出来ないから困ってるんだよ!? ふぎゃああああ!?」


 蘇生したばかりのミライが死体を回収に行ってリスキルされる。


 正直言ってグダグダだ。


 まぁ、こうなるだろうとは思っていた。


 宗谷の一件を持ち出したのは締まらないダンジョン配信を盛り上げる意味もあった。


(まぁ、普通にダンジョン攻略してたら古参勢には敵わんからな)


 人気がある分ライバルも多いのがダンジョン配信だ。


 王道の攻略系はトップ配信者がほとんどやり尽くしている。


 後発組が登録者を増やすには独自の色を出すほかない。


(俺達の強みは学生って事だ。そいつを活かさなくっちゃな)


 リアルの話を配信に持ち込むのは諸刃の剣だが、上手くハマれば人気が出る。


 極論を言えば、自分という個を推して貰えるようになったら配信者としては成功だ。


 そうなれば生きてるだけで褒められて金が入って来る。


 生きてて偉い、元気でいてくれてありがとうの世界である。


 バカらしいとは思わない。


 時継にだって推しはいる。


 彼ら、彼女らが楽しく配信してくれるだけで嬉しくなって勇気や元気を貰える。


 逆に推しに元気がないと引退するんじゃないかと気が気ではない。


 そこまで行くのは簡単な事ではないが、やはり私生活が垣間見えた方が親しみやすいのは事実だろう。


 それをナチュラルに始めた未来はある意味才能があるのかもしれない。


(ゲームセンスは壊滅的だけどな……)


 溜息を吐きつつ再び蘇生する。


「ありがと! よ~し、今度こそ!」

「チョイ待て」

「いだぁ!?」


 石の壁でミライの進路を塞ぐ。


 自分がぶつかったわけでもないのに未来はリアルな悲鳴をあげた。


 ゲームセンスは最低だが、配信者としては悪くない資質だ。


「なに? 早くしないと死体消えちゃうよ!?」

「闇雲に突っ込んでもリスキルされるだけだろ。こういう時は冷静にタゲ取って死体の周りからモンスターを引き剥がすんだよ」


 火の玉ファイアーボールを詠唱して死体の周りをウロウロしているOLに当てる。


「ぐあああああああ!」

「いやああああ!? 来ないでええええ!? って、あれぇ?」


 OLがミライの真横を素通りして未来が首を傾げる。


「なんで襲われなかったの?」

「AOはモンスターごとにAIが設定されてんだよ。OLは脳筋型だから目についた一番近い奴か攻撃してきた奴を追いかける。優先度は後者の方が高いから委員長を無視して俺の方に来たんだ」

「……なるほどぅ」


〈これは分かってない顔〉

〈わかった←何もわかってない〉

〈アホ面可愛い〉


「つまり、攻撃した俺にブチ切れて委員長なんか眼中にないって事!」

「あ、なるほど!」


 漫画みたいにポンと手を叩く。


 そんな仕草が様になってしまうから恐ろしい。


 ともあれ、時継はOLのタゲを取りながら他のOLの群れを悠々と歩いてすり抜けていく。


「えぇ!? なんでそんなゆっくり歩いてるのに囲まれないの!?」

「OLの移動速度はプレイヤーの徒歩より遅い。こっちは走れるんだし、普通にしてりゃ囲まれるなんて事はありえねぇんだよ」


『さぁ御照覧ごしょうらんとばりは堕ちて神秘のヴェールが全てを隠す。『透明化インヴィジブル』』


 透明化の魔法でタゲを切り、忍者スキルの『影渡りシャドウジャンプ』で隠れたままOLのターゲット範囲外までテレポートする。


 今回は『隠密』スキルを切っているのでハイド状態での移動は出来ないが、このように複数のスキルを組み合わせれば代用できる。


「それってなにかのアニメの台詞?」


 死体を回収しながら未来が尋ねる。


〈そこ突っ込むか!?〉

〈言ってやるなよwww〉

〈天然コワイ……〉


 コメント欄を気にしないようにと思うのだが、時継だって人間だ。


 そんな質問を真面目にされたら恥ずかしい。


「……オリジナルだ。悪いかよ」

「全然! カッコいいから羨ましいなって。私もそういうのやってみたいけど魔法使えないからな~」

「……別に戦士なら必殺技があるだろうが」


〈九頭井の奴ちょっと嬉しそうじゃね?〉

〈声がニヤけてるよな〉

〈いっちょ前に照れてんじゃねぇよ!〉


「うるせぇ! バンすんぞ!」


〈〈〈横暴だ!〉〉〉


「どうかしたの?」


 コメントを見ていなかったのだろう。


 不思議そうに未来が首を傾げる。


「なんでもねぇよ! 荒らしがいたから釘刺しただけだ! それより必殺技の話!」

「えっと、この武器で今使えるのは『装甲貫通アーマーイグノア』と『破壊の一撃クラッシングブロウ』かな」

「あぁ。防御抵抗無視の直線攻撃とダメージ量アップの小範囲攻撃だな」

「えぇ!? 必殺技全部覚えてるの!?」

「当然だろ。なに驚いてんだよ」

「だって九頭井君、テストの点数そんなにだった気がしたから……」

「か、関係ねぇだろ!?」


 時継の頬が熱くなった。


〈言ってやるなよ未来ちゃん……〉

〈歴代総理大臣は覚えられなくても100以上ある必殺技は余裕で覚えられるのがオタクなんだ……〉

〈ポケ〇ンなら1010匹言える〉


「へ~。そうなんだぁ」

「なんの話だっての……」


 そうボヤいてラムネを飲む。


 愛敬堂が他所から仕入れている商品で、昔ながらの製法で作っているんだとか。


 さっぱりとした甘さと爽やかな風味が喉に心地よく無限に飲めてしまう恐ろしい飲み物だ。


「でも私そういうセンスないからな~。あ、そうだ! 九頭井君考えてよ! さっきのみたいなカッコいいやつ!」


〈ひゅ~!〉

〈よかったじゃん九頭井(ニヤニヤ)〉

〈美少女に必殺技の命名頼まれるとか全オタクの夢だぞ!〉


「いや、普通に嫌だけど」

「なじぇ!?」


〈はぁ!?〉

〈なんでだよ!〉

〈日和ってる奴いるぅ?〉


「うるせぇ! そういうのは自分で考えるからいいんであって、他人のなんか考えても恥ずかしいだけだろうが!」


〈確かに〉

〈まぁ、黒歴史だよな〉

〈チッ。気づいたか〉


「ぶ~。いいもん! だったらリスナーさんに考えて貰うもん! という事で『装甲貫通』と『破壊の一撃』のカッコいい名前募集しま~す! 期間はこの配信中! コメント欄にお願いします!」

「あ、ずりぃ!」

「九頭井君が言ったんだよ? 機会があったらリスナーさんを巻き込んでいけって。それってこういう事でしょ?」

「そうだけどよぉ……」


 別に本気でズルいと思ったわけではない。


 むしろ上手い企画を考えたと感心した。


 なんか悔しいので口にはしないが。


【¥3000 浦太郎好き好き斬】


「ふぁぁ!? なんでスパチャ!?」


 突然のスパチャに未来が慌てる。


 ちなみに浦太郎はスパチャした奴のハンドルネームだ。


〈あ、汚ぇぞ!〉

【¥5000 のまどさんだ~い好き斬り】


「ま、こうなるよな」

「ちょ、待ってみんな!? 別に採用されたからって声に出して言うわけじゃ――」


【¥10000 熱中症(ゆっくり、ねっとりで)】


〈天才現るwww〉

〈聞きてえええええ!〉


「あ~あ。俺は知らんぞ」

「だからみんな落ち着いてってば!? っていうか、なんで熱中症? 必殺技ですらないし!?」

「要望通りゆっくりねっとり言ってみろよ」

「えぇ? ねぇ、ちゅ~しよぅ………………ッ!? 九頭井君!? なに言わせるの!?」


【¥500 サンキュー九頭井】

【¥921 あなたが神か】

【¥921 一生ついてく】


921きゅう、ツー、いちで九頭井かよ……。どうせなら万太郎とかに生まれるんだったぜ……」

「スパチャに贅沢言わないの! っていうかみんな! お願いだから落ち着いて! ホゲッ!?」


 慌てていた所をOLに殴り殺される。


「だから手を動かせっての」

「だってぇ!?」


 未来が情けない声をあげた。


 色々と初心者の未来だ。


 配信しながらの戦闘はまだ難しいのだろう。


 とりあえず蘇生する。


「っていうか九頭井君もちょっとは戦ってよ!」


〈九頭井の奴蘇生ばっかで全然戦ってねぇよな〉

〈収益の半分貰ってるんだからその分働けよ〉

〈†unknown†様の活躍が見たい~!〉

〈ぶっちゃけお前が本気出せばオーガ窟くらい楽勝だろ〉


「それでいいなら俺は別に構わんが」


『踊れよ刃、かお血飛沫ちしぶき、我奏でるは剣の舞『刃の精ブレードスピリット』』


 魔法の詠唱と共に†unknown†が指を鳴らす。


 刃で出来た回転する歯車の集合体のような魔法生物が五体現れ、一瞬で周囲のOLをひき肉に変えた。


「ただでさえ少ない委員長の見せ場、俺が全部喰っちまうぞ」


 圧倒的な力の差に唖然とすると、未来はペコリと頭を下げた。


「ごめんなさい。私が間違ってました」

「分かればよろしい」


『塵は塵に、灰は灰に。魔より産まれたまやかしは魔へと還れ。『解呪ディスペル』』


 刃の精が消滅する。


 その後も暫く粘ったが、本日のリベンジは失敗した。


 配信的には盛り上がったので成功だったが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る