第8話 冴えないオタクに出来る事
そういう訳でその日の晩、早速時継はボイチャを繋ぎ未来とAO配信を行う事になった。
ツイッターで未来が宣伝したらしく、配信前から待機所には大勢のリスナーが集まって、切り抜きで話題になっている噂の†unknown†の登場を心待ちにしていた。
「つー事で今日から愛敬堂ミライチャンネルのサポートメンバーに加わったアンノウンこと九頭井時継です。よろしくお願いします」
未来の紹介を受け、時継が真面目に挨拶をする。
場所は始まりの街のハズレにある野原だ。
「テンション引っく! 初登場の時のクソガキ感はどこ行っちゃったの!?」
〈そうだそうだ!〉
〈カマトトぶってんじゃねぇぞ誰でもない者!〉
〈これが噂の†unknown†? なんかイメージと違うんだけど〉
早速親指を下げたスタンプと共にブーイングの嵐が巻き起こる。
「うるせぇな! こっちはただでさえ口の悪いクソガキキャラなんだ! 挨拶ぐらい真面目にやらせろや!」
「そう来なくっちゃ!」
〈出たクソガキwww〉
〈我って言えよ!〉
〈帰れクソガキ! お前なんか求めてねぇよ!〉
盛り上がりはまずまずだが、アンチコメントも少なくない。
真面目な美少女配信者のチャンネルに急に同級生のクソガキが加わったのだから当然だ。
実際、時継が登場してから目に見えて登録者数が減っている。
未来目当ての古参ファンが登録解除しているのだろう。
予想通りの結果だし、そのリスクについては未来にも再三説明してある。
それでもいいと未来は言った。
未来の目的は愛敬堂の宣伝だ。
つまらなくても全肯定でチヤホヤしてくれる少数のファンしか残らないような閉じたチャンネルでは意味がない。
みんなに優しい学校のアイドルなんて言われている未来がそこまで言うのだから、相当な覚悟があるのだろう。
不真面目の権化みたいな時継としては憂鬱になる程重たい話である。
ともあれ、オファーを受けてしまったからには結果を出さなければいけない。
約束では成果に関係なく収益は折半だ。
その上契約中は愛敬堂の和菓子食べ放題。
手付金代わりに既に時継は一万円相当の菓子折りを貰っている。
たかが一万円と言うなかれ。
少し前まで中学生だった時継には立派な大金だ。
そりゃ真面目にもなる。
まぁ、柄でもないので長続きはしないのだが。
『私のリスナーが暴言言ってごめんね……』
裏で未来がチャットを飛ばしてくる。
表向きは何でもないふりをしているが、内心心を痛めているのだろう。
頭を下げて誘った相手に自分のリスナーが暴言を吐いたら面目が立たない。
時継も好きな配信者の異性コラボで何度も見てきた光景だ。
心臓に毛の生えたミスタークソガキとしては屁でもないが。
古参に対する裏切りや登録者の減少でメンタルを削られている未来の事を思うと複雑な心境である。
『辛いのはそっちだろ。俺は平気だから気にすんな』
『……ありがとね』
早速時継は未来の送ってきた謝罪文をゲーム内チャットにコピペした。
「おら古参! お前らが俺に暴言吐くから委員長が裏で謝って来たじゃねぇか! 古参なら古参らしく全肯定で愛してやれよ!」
「ちょぉおお!? 九頭井君!? バラさないでよ!?」
泡を食った未来が悲鳴を上げる。
本当に叩くと良い音で鳴く玩具である。
〈そうだぞ古参! これも全部愛敬堂の為だ! 応援してやれよ!〉
〈ごめんね未来ちゃん。同じ古参として代わりに謝るから……〉
〈この程度で離れる厄介ファンは古参にあらず。気にしないでね未来ちゃん!〉
〈クソガキが! 未来ちゃん盾にしてんじゃねぇぞ!〉
「はい暴言。未来ぃえも~ん! 厄介ファンがイジメるよぉ~!」
「九頭井君もあんまり挑発するような事言わないでね? 古参ファンの皆さん! 九頭井君はあくまでもサポートメンバーで、学校でもただの友達ですから! 皆さんが心配してるような事は一つもないので安心して応援して欲しいです! お願いします!」
真剣な表情で未来が頭を下げる。
たかだか三か月とは言え、ここまで未来が伸びたのも最初に目を付けて支えてくれた古参ファンがいればこそである。
未来もそれは分かっているから、今回の発表は申し訳なく思っているのだろう。
真摯な態度が伝わったのか、それまでアンチ紛いのコメントを打っていたリスナーもかなりの数大人しくなる。
まぁ、見限る奴は既に見限っている。
いまだに残って文句を言っているような奴は、なんだかんだ未来のファンでいたいのだろう。
一人の配信好きとして、時継もその気持ちは痛いくらいに理解出来る。
推しがなにかやらかしても、真摯な態度を見せてくれれば大抵の事は許してしまうのがリスナーなのである。
「はいダウトー! 残念だったな古参共! お前らの大好きな委員長はとんでもない大嘘をついてるぜ!」
「えぇ!? 九頭井君!? なんでそんな事言うの!?」
〈どういう事だよ〉
〈お、リアルNTR来るか?〉
〈やっちまえクソガキ! 古参の脳を破壊しろ!〉
〈嘘だろ……。頼む、やめてくれ……〉
新規と古参が入り乱れて大騒ぎする混沌のコメント欄に、時継はとっておきの爆弾を投下した。
「何故なら俺は学校に友達ゼロ人のリアルボッチオタクだからだ! 委員長とまともに会話したのだってこの前の配信がガチで初めて! つまり友達ってのは真っ赤な嘘ってわけだ! こいつは数字欲しさに俺を利用してるだけなんだよ!」
一瞬、怒涛の勢いで流れていたコメント欄が凍てついた。
〈うわぁ……〉
〈マジかよ〉
〈だと思ったwww〉
〈まぁ、未来ちゃんモテそうだし、わざわざこんな鼻につくクソガキ彼氏に選ぶわけないか〉
〈むしろ義理でも友達扱いしてくれる未来ちゃん聖女じゃね?〉
〈そういう所が推せるんだよなぁ~〉
リスナーの反応に未来は真っ赤になって慌てている。
「ぁ、う、ぁぅ……。そ、そんな事ないもん! そりゃ確かに話した事はなかったけど……。クラスメイトだし、一緒にゲーム遊んだんだから友達みたいなものでしょ!?」
「はぁ? な~に勘違いしてんだよ。俺はお前の事友達だなんて思ってねぇから! 思う訳ねぇだろ! 美人は敵だ! どうせ俺の事ちょっと優しくしてやれば言う事聞くチョロいオタク野郎だって見下してるに決まってんだからな! 俺の目的はこのチャンネルの収益、つまり金だ! それと愛敬堂の美味い和菓子! 委員長のチャンネルに寄生して楽して甘い汁チュウチュウしてやるから覚悟しとけよ!」
「そんなぁ!? 一緒に愛敬堂の為に頑張ってくれるって話じゃなかったの!?」
〈未来ちゃん可哀想……〉
〈クソガキなだけじゃなくクズじゃんwww〉
〈クズいな。九頭井なだけに〉
〈俺達の暗黒面の具現化じゃん。だがそこが気に入った!〉
〈未来ちゃん! 今からでも遅くないって! そいつ仲間にするの辞めようよ!〉
「フハハハハ! 残念だったな! 後で面倒になると嫌だから委員長の親に頼んで契約書作って貰ってあるんだよぉ!」
〈賢いじゃん〉
〈契約書は大事だよな〉
〈マジで大事〉
〈金の事で契約書書く高校生とか嫌すぎだろwww〉
〈金の事だから書くんだろうが〉
(……ふぅ。とりあえず盛り上がってるみたいだな……)
顏出ししていないのをいい事に時継はこっそり汗を拭った。
リスナーが時継に求めているのは小憎たらしい悪役キャラだろう。
時継が悪役として暴れる程、真面目で優しい未来の魅力が輝くというわけだ。
(俺だって伊達に配信オタクやってるわけじゃねぇ! どういう配信が面白いか、ノウハウは分かってる筈なんだ!)
まさか自分が演じる側に立つとは思いもしなかったが。
と言いつつ、退屈な授業中なんかは内心で配信者になる妄想を繰り広げていた時継である。その経験が役に立ったらしい。
そんなわけでひとまず安心した時継だったのだが。
『……なんでそんな事言うの? 私は九頭井君の事見下した事なんか一度もないよ? 付き合いは短いけど、ちゃんと友達だって思ってるもん……。九頭井君もそうだと思ってたのに……私の勘違いだった?』
激重チャットが裏で届く。
『あのなぁ委員長? マジにすんなよ! あんなのただのプロレスだろ!?』
『プロレス? どういう事? 意味わかんないよ!』
そんなんでよく配信者をやろうと思ったものだ。
呆れながら、とりあえず時継は激重チャットをリスナーにバラした。
〈可愛い〉
〈天使〉
〈推した〉
〈九頭井、これからも未来ちゃんの裏の顏晒してくれ!〉
「だから!? なんでバラしちゃうの!?〉
「おーけー任せろ! パンツの色まで晒してやるぜ!」
〈うぉおおおおおお!〉
〈絶対だぞ!〉
〈九頭井万歳! †unknown†に栄光あれ!〉
「任されないで!? 絶対にダメだからね!? リスナーさんも落ち着いて!? ねぇ!? ねぇってばああああああああああ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。