第7話 なし崩しにaccept

「なんでぇ!?」


 未来はガビーンと音が聞こえそうな程ショックを受け、ウルウルの涙目になる。


 クラスの連中も「なんでだよ!」「鬼、悪魔!」「お前の血は何色だ!」と非難轟々である。


「……なんでって言われても。この通り俺は冴えないオタク野郎だし。人気者の委員長とつるんだら外野が騒いでめんどくせぇだろ?」


 今まさにめんどくせぇ事になっている外野共に親指を向ける。


「そ、そんな事ないよ! 私なんか八方美人なだけで人気者ってわけじゃ……」

「ファンクラブ、あるよな?」

「……あったかなぁ?」


 ウッと呻き、未来が白々しく目を逸らす。


「毎日誰かに告られてるし」

「毎日は言い過ぎ! 精々週一だよ!」

「週一でも十分すぎるんだよ!」


 ジト目になって時継は言う。


 こちとらリアルはもちろんAOの世界でだって告られた事なんかない。


「あぅっ!? か、鎌かけたなぁ!?」


 未来は慌てて口を押さえると涙目で悔しがる。


「そんな顔してもダメなもんはダメだ。俺なんかが委員長とつるんだら命が幾つあっても足りないぜ」

「だったら私が九頭井君の事守るもん!」


 意外に負けず嫌いな性格なのか、未来はそう言ってクラスメイト振り返った。


「みんな聞いて! 愛敬堂を立て直すには九頭井君の力がどうしても必要なの! だからお願い! 九頭井君が私と仲良くしても意地悪しないで! っていうか誰に対しても意地悪なんかしちゃだめだよ! クラスメイトなんだし仲良くしよ? 配信見たよね? 九頭井君、とっても面白くて優しい子なんだから!」


 両手を広げて未来が訴える。


 クラスの連中は視線を逸らし、一応形だけは頷いて見せた。


「ほら! みんな分かってくれた!」


 やりきった顔で未来が親指を立てる。


「どこがだよ!? めちゃくちゃ嫌々だったじゃねぇか!」


 加えて言うなら人の事を堂々と面白くて優しい子とか言うのはやめて欲しい。


 物凄く恥ずかしい。


 全然そんなキャラじゃないし。


 公開処刑も同じだ。


「嫌々でも同意は同意だもん! 嘘ついたら私怒るもん!」


 未来が声を荒げる。


 とにかく本気なのは確からしい。


「わかったよ! けど、問題は他にもあるぜ? 委員長の元々のリスナーはどうすんだよ。あいつら、委員長のファンだろ? 男の俺がしょっちゅう一緒に遊んでたら確実に荒れるだろ」


 顔の良い配信者が異性とコラボしたら荒れる。


 これ、配信界の常識である。


「別に良いもん! リスナーさんには悪いけど、私は別にアイドルになりたくてダンジョン配信してるわけじゃないし。愛敬堂の和菓子の美味しさを知って欲しいだけ。男の子と一緒に遊んだくらいで怒るような厄介ファンは離れてくれて結構です!」

「……へぇ。言うじゃねぇか」


 真剣な目で見つめられ、時継はちょっと感心した。


 女性配信者程その手の問題には苦しめられるものだ。


 配信者を始めて三か月ちょっとでその境地に至れるのは大したものである。


「だって私本気だもん! 本気で愛敬堂を救いたいの! ううん。救うだけじゃだめ! 日本中、世界中に広めて、WAGASIを世界共通語にして見せるんだから!」


 力強く未来が拳を握る。


 勢いで胸がプルンと揺れた。


「……そりゃまた。大きく出たもんだ」

「言うだけならタダだもん! それに、インターネットは世界中に繋がってる。でしょ?」

「まぁな」


 AOは日本だけでなく、世界中で愛される大人気MMOだ。


 国ごとにサーバーは分かれているが、サーバー間移動が可能で、大規模な遠征なんかもあったりする。配信者の切り抜きチャンネルも豊富で、面白い出来事があれば他国のものでも翻訳付きで取り上げられる。


 実際、日本の小さな酒造がAO内でダンジョン配信者に取り上げられ、世界中で大ヒットした事例もある。


 未来の掲げる目標は決して絵空事ではないのだ。


「じゃあ!」

「まだダメだ」

「なんでも言って! 全部どうにかするから!」


 未来は意地でも引き下がるつもりはないらしい。


 だからこそ、時継も真面目に問題点を考えている。


「金の問題はどうする。収益化してるんだろ? 俺も一緒に配信に出るとして、規模がデカくなったら確実に揉めるぞ」


 お金の問題はシビアだ。


 時継は高一だが、配信者関係の金銭問題を幾つも見てきた。


 クラスメイトの美少女とそんな事で揉めたくない。


 どう考えても勝ち目がないし、負けた後も悲惨な事になるだろう。


「二人で仲良く半分こ! それでダメなら相談して!」


 二本指を立てて未来が断言する。


「……いや! 半分は多すぎだろ!? 俺は配信経験0の素人なんだぞ!?」

「九頭井君は一日で私のチャンネルの登録者一〇〇〇人増やしてくれたもん! 私はそれだけの価値あると思う!」

「買い被りだって! あんなのたまたま上手く行っただけだろうが!?」

「そんなのやってみないと分かんないじゃん! それとも九頭井君、私の事嫌い? 私と一緒に遊ぶの嫌だった?」


(そんな事大勢の前で聞くなよな!?)


 クラスメイトの殺気立った視線が痛い。


 これはどちらを選んでも死しかない悪魔の0択問題である。


「……そういうわけじゃないけど」


 そう答える以外どうしろと?


「じゃあいいじゃん! 他は? なにかある?」


 ない。


 いや、あるかもしれないが、咄嗟には出てこない。


「お、落ち着けって。大事な話だ。お互いに一回冷静になって考えようぜ?」

「だめ! こうしてる間にも話題の旬はどんどん過ぎてるんだよ! 折角バズったチャンスなんだから逃がしたくない! 今ここで決断して!」


(この俺が、押されている……だとぉ!?)


 時継は焦った。


 正直未来の事は可愛いだけでのし上がった顏だけの女だと侮っていた。


 とんでもない!


 家業を盛り上げる為、実名で顏だし配信を行うガッツと行動力の持ち主なのだ。


 彼女は本気だ。


 甘かったのは時継の方だったのだ。


「そ、そう言われてもだな……」


(いいのか俺!? ここでYESと答えて大丈夫なのか!?)


 向こうはマジで本気だ。


 生半可な事は出来ない。


 失敗したら愛敬堂の存続に関わる。


 成功したら成功したでなんだか大変そうだ。


 どうなるかなんて誰にも予想がつかない。


「うちのお菓子食べ放題もオマケで付ける!」


 ビシッと未来に指さされ、時継は崩れるように頭を垂れた。


「……参りました」


 そんな美味しい話、やらない方が嘘だろう。

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