第2話 我が呼び声に答えよ勇者
最初は上手く行っていた。
初心者ダンジョンだけあり、一層は大コウモリやスケルトンのような雑魚ばかり。
手慣れた相手だから今更苦戦もしない。
次から次へとやっつけて、意気揚々と先に進む。
コメント欄も〈すごいよ〉〈がんばえ~〉〈その調子!〉と応援してくれた。
二層に降りたらもっと盛り上がった。
コボルトと呼ばれるネズミ人間みたいな亜人が現れたのだ。
〈大丈夫! そんな強くないよ!〉
〈素手がただのコボルト、剣を持ってるのがコボルトウォーリア、弓を持ってるのがコボルトアーチャー、帽子を被ってるのがコボルトマジシャンね。弓と魔法は遠距離攻撃してくるから〉
〈囲まれたらヤバいから一匹ずつタゲ取って処理しよう〉
「が、頑張ります!」
初めて見る敵で緊張したが、コメント欄と協力してなんとか倒す事が出来た。
気づけば久々に同接が200を超えていた。
登録者だって30人も増えている。
やっぱりダンジョン配信は凄い!
普段の狩りとは全然勢いが違う!
バックパックには初心者の未来的には見た事もないくらいの大金とドロップ品である宝石が幾つか入っている。ガーネット、エメラルド、アメジストにダイヤモンド。
それがこのゲームでどれ程の価値になるのか分からないが、宝石なんだからきっと高いに違いない。持って帰ってNPCに売却したら一気にお金持だ。そしたらログストーンを買えるし、魔法スキルを上げる為の秘薬も買える。
そしたらダンジョンまで来るのが楽になるからまたみんなと協力してダンジョン攻略をしてリスナーさんを増やす事が出来るかも!
ここから生きて帰れたらの話だが。
(うぅ……なんであの時帰らなかったんだろう……)
部屋着のTシャツをこんもりと膨らませる未来の胸に今更の後悔が募る。
〈そろそろ帰った方がいいんじゃない?〉
というコメントは確かにあった。
未来もそうするべきだと思ってはいたのだ。
〈ここまで来てそれはないだろ〉
〈オーガ窟攻略なのにオーガと戦ってないじゃん〉
〈ちょっと覗くだけなら大丈夫っしょ〉
〈未来ちゃんの~、ちょっとイイトコ見てみたい!〉
普段見ないアイコンは新規リスナーの物だろう。
登録者を増やす為にも、彼らの期待に答えなければと思ってしまった。
そして三層。
見た所は一層や二層と大差ない。
地下水脈が川のように流れる迷路みたいな洞窟だ。
幸か不幸か中々目当てのオーガとは出会わなかった。
松明を片手におっかなびっくり洞窟を進む。
程なくして、川にかかった粗末な吊り橋を見つけた。
その先には未来のキャラの倍くらいの背丈をもつ肥満体系の亜人がそっぽを向いて立っていた。歪な形の禿げ頭の上には『オーガロード』と表示されている。
「いました! あれがオーガですね!」
〈あ、それダメ〉
〈それそれ! やっちゃえ!〉
〈あかんて〉
〈OLきたあああああ!〉
〈そいつ狩れたら超美味いよ〉
一気にコメントが流れる。
未来に分かったのはとにかく盛り上がっているという事だけだ。
この盛り上がりを手放したくない。
(なんとしてでも登録者を増やして、通販の売り上げを増やして見せるんだから!)
「とりゃあああああ!」
なんかヤバそうと思いつつ、未来は皮の腰巻一丁の半裸巨人に切りかかった。
カン。
硬い皮膚に安物の長剣が弾かれる音が虚しく響く。
素人目にも効いたようには見えなかった。
「……ぁ、あれ?」
〈あ~あ~〉
〈死んだなこりゃwww〉
〈だから言ったのに!〉
〈OLの洗礼を受けよ!〉
〈未来ちゃん逃げてぇえええええ!〉
ゆっくりとオーガロードが振り返る。
未来は恐怖で息も出来ない。
醜い禿頭の亜人は虫けらを相手にするように未来を見下ろし、億劫そうに丸太みたいな棍棒を振った。
ドガン。
一瞬でHPゲージが真っ赤になる。
死の予感に心臓がキュッとなった。
「ひぃ、ひぇえええええええ!?」
慌てて未来は逃げ出した。
大急ぎで包帯を巻く。
〈チッ。ミリで生きたか〉
〈初心者ダンジョンって言われてはいるけど、未来ちゃんは初心者以前の状態だから……〉
〈よくそんな装備でOLに挑もうと思ったな〉
「なんで教えてくれなかったんですかあああああ!?」
〈何度も教えたよ!〉
〈撮れ高だろ。感謝しろよ〉
〈ごめん未来ちゃん……。未来ちゃんの悲鳴からしか摂取出来ない栄養素があるんだ……〉
〈わかるぅ~〉
なにやら盛り上がっている様子だが今の未来にコメント欄を見る余裕はない。
とにかく逃げなければ。
ここで死んだら全ロスは確実。
狩りの成果も折角の盛り上がりもなにもかもおじゃんだ。
そういうわけで未来は今、悲鳴をあげながらダンジョン内を必死に逃げ回っているのだが……。
〈そっちじゃないってwww)
〈未来ちゃんコメント見て! 逆だよ逆!〉
〈無駄にタゲ集めてるだけだしwww こりゃ完全に詰んだなwww〉
「そんな余裕ないですからぁああああああ!?」
と言いつつチラチラコメントを確認してしまうのが配信者の哀しいサガである。
間違った方向に進んでいる事は未来も分かっている。
だが、迷路のような洞窟はどこも同じように見える。
初見という事もあり、自分がどこにいるのかも分からない。
戻りたくても後ろからは大量のオーガやオーガロードが肉の壁のように迫ってきている。
無理に通ろうとすれば一瞬でミンチにされるだろう。
その先に待つのは確実なる全ロスと、いつ終わるとも知れない野良ヒーラー探しと言う名の虚無時間だ。
(それだけは絶対に嫌! 今日こそは絶対に生きて帰って見せるんだから!)
「誰かああ! 誰かいませんか! お願いです! 助けてくださぁあああい!」
未来は叫んだ。
アブソリュートオンラインは前述した超大型アプデで配信者モードやゲーム内ボイチャを実装している。
ある程度の範囲なら、未来の声は他のプレイヤーにも届くのだ。
他にプレイヤーがいればの話だが。
〈残念でしたwww その先はモンスターの湧かない行き止まりだからプレイヤーはいないよ~んwww〉
〈未来ちゃん……RIP……〉
〈諦めないで! 松明外して盾持って突っ込んだらワンチャン回避出来るかも!〉
〈いや無理だろ。こいつ
〈何も見えないは嘘。薄っすらは見えるからディスプレイの輝度マックスにすればギリいける〉
〈ワザップ乙〉
〈ワザップじゃねぇよ〉
「喧嘩しないでくださぁああああい!?」
リスナーの言う通り洞窟の先は行き止まりだった。
地下水脈の終着点で巨大な地底湖になっている。
船があれば渡れるのだろうが、もちろんそんな物は持っていない。
「そ、そんなぁ……」
もはやここまでか。
そう思って諦めかけた時だ。
『……騒がしいな。我が静寂を邪魔する者は誰か』
画面端の岩陰にメッセージテキストが浮かび上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。