第3話 誰でもない者

〈我が静寂を邪魔する者は誰かwwww〉

〈なんかいるwww〉

〈いーじゃん。これがアブソリュートオンラインの醍醐味だろ〉


「誰かいるんですか!?」


『愚問だな。貴様は虚無が口を利くと思うのか?』


〈腹いてぇwww〉

〈なんだよこいつwww〉

〈変人すぎるwww〉


 変な人というのは未来も同意見だった。


 だが、ロールプレイが推奨されるアブソリュートオンラインでは稀によくある事である。


 未来自身、始まりの街の広場で一日中踊っている物乞いのお爺さんとか、一日中酒場で飲んだくれている膝に矢を受けた自称元冒険者なんかと話したことがある。


 遊び方は人それぞれだ。


 未来は気にせず近づいた。


「すみません! 私、初心者なんですけど! モンスターの群れに追われてて! あと、ダンジョン配信者やってて今配信中なんですけど大丈夫ですか!?」


 超大型アプデ以降アブソリュートオンラインはプレイヤーによる配信行為を推奨している。だから、ルール上は断りを入れる必要はない。とは言え、真面目な未来としては一言告げるのがマナーだった。


〈ちゃんと聞けて偉い〉

〈そういう所が推せるんだよなぁ〉

〈いや一々聞かんでもええやろ〉


『神々の目を背負いし者か……。構わん。見られて困る事はない』


 男は言った。あるいは女かもしれない。


 台詞の主は見た事のない漆黒のローブに身を包み、岸辺の岩に背を預けて地底湖に釣り糸を垂らしていた。


〈神々の目を背負いし者www 言い回しがいちいち厨二過ぎるwww〉

〈声に出して読みたい日本語だな〉

〈てかこいつが着てるの処刑人のローブじゃね!?〉

〈うぉ! マジじゃん! 2003年の限定イベントの奴だろ! 超レアじゃねぇか!」

〈どんだけ古参だよ。てかおっさんが神々の目を背負いし者か……。とか言ってるのは流石に痛すぎだろ〉


「ありがとうございます! それでその、出来たら助けて欲しいなと……。無理だったらいいんです! ていうか危ないので、その時は私が囮になるので逃げてください!」


 未来は焦った。


 根拠もなく他のプレイヤーに出会えたら助かると思っていたが、そんなわけはない。


 初心者とはいえ、オーガロードは一撃で未来のHPをミリにする程の力がある。


 そんな凶悪モンスターが群れを成して襲ってくるのだ。


 並のプレイヤーでは太刀打ち出来ないだろう。


 というかここは初心者ダンジョンだから、相手だって初心者かもしれない。


 そしたら知らない人に迷惑がかかる。


 未来がモンスターを連れて来て殺したようなものだ。


 最悪迷惑行為として炎上する。


 それだけは絶対に避けなければいけない。


〈未来ちゃん……健気や……〉

〈ほんま推せるで……〉

〈いや、お前じゃ囮にもなんねぇから〉


『断る。我は忙しいのでな』


「えぇ……」


 断られるのは別にいい。


 だが、せめて逃げて欲しい。


 このままでは二人とも死んでしまう。


『見ての通り釣りの最中だ』


 困惑する未来に釣り人が告げる。


「……それは分かりますけど」


(わざわざこんな所で釣りなんかしなくても……)


 と思う。


『ここでしかまみえぬ獲物がいる』


〈そんなんいたか?〉

〈いねぇだろ〉

〈釣りスキルとか真面目に上げた事ねぇし〉


『黄色い長靴だ』


「はい?」


〈は?〉

〈長靴ってハズレアイテムのアレか?〉


『知らぬのも無理はない。先日の世界の更新によって追加された品よ』


 アップデートの事を言っているのだろう。


〈そんなん更新情報に載ってたか?〉

〈いつもの隠し要素だろ〉

〈だからって黄色い長靴なんかいらなくね?〉

〈そこに新アイテムがあったら欲しくなるのがゲーマーだろ〉


 コメント欄が難しい話をしているがそれどころではない。


 地面を揺らすようなオーガロードの足音が近づいているのだ。


「よ、よく分かりませんけど、後にしませんか? とにかくここは危険なんです!〉


『フッ……。危険か。懐かしい言葉だな。久しく耳にしていない』


〈なんかここまで来ると逆にこいつ好きになってきたわ〉

〈俺も〉


「……えーと、もしかしてですけど、凄く強い人だったり?」


『弱くはない』


〈あ、これ絶対強い奴だ〉

〈てか年代物の超レア品装備してる時点で弱いわけねぇだろ〉

〈おっさん! いいから未来ちゃん助けろよ! 初心者助けるのは古参の仕事だろ!〉

〈見えてねぇってwww〉


 コメント欄のやり取りはともかく、謎の釣り人が強いと知って未来は安心した。


 少なくとも、見ず知らずの人に迷惑をかける心配はなさそうだ。


「それを聞いて安心しました」


『助けを期待しているなら無駄だぞ。初心者なればこそ、死を糧にして強くなれ』


〈かっけぇー〉

〈良い事言うじゃん〉

〈そうそう。死んでなんぼのゲームだからな〉

〈いやいいから助けろって!〉


「……はい!」


 未来の返事は力強かった。


 釣り人の言葉が胸を打ったのだ。


 そうだとも。


 所詮はゲーム、死は終わりではなく次の冒険の始まりでしかない。


 彼のお陰で撮れ高は十分だし、ここで死んでも悔いはない。


(……ううん。それは嘘。せめてオーガロードにもう一太刀浴びせたい!)


 覚悟を決めると、未来は松明を足元に突き刺し、空いた左手に盾を装備した。


 未来はシールドスキルを取っている。


 運が良ければ一発くらいは防げるかもしれない。


『覚悟を決めたか』


「お陰様で! ありがとうございます! かっこいい釣り人さん!」


 釣り人には名前がなかった。


 非表示モードにしてあるのだろう。


『何者でもない者。それが我が名もなき名だ』


 非表示モードを解除したのか、釣り人の頭上に†unknown†の文字が浮かび上がる。


〈†unknown†www〉

〈†は卑怯だろwww〉

〈もうお前が配信やれよwww〉


 コメントは大盛り上がりだ。


 笑ったら失礼だが、未来も面白い人だと思った。


 こんな人みたいに自分もなりたいと思う……かは別として、面白い事は間違いない。


「私は未来です。愛敬堂の未来を担う、ダンジョン配信者の愛敬未来!」


 †unknown†の名乗りに未来も答えた。


 正確には彼女のキャラ名は『ミライ』だったが。


 実家の和菓子屋を宣伝する都合上、未来は本名を隠さずにプレイしていた。


『え? マジ? お前委員長? 一年二組の?』


 唐突に†unknown†のキャラが崩壊した。

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