新10話 お礼参りと恩返し

 不穏な気配に教室が騒然とする。


「……昨日の御礼参りに来たってわけか?」

「分かってるなら話は早い」

「よくも大勢の前で恥をかかせてくれたな!」

「生意気な一年坊主が! 柔道部主将の鬼瓦権左衛門が直々に焼き入れたるわい!」

「んな事言われて素直についてく奴がいるかよ」

「関係ない。力づくで連れてくだけだ」


 見守る会が時継を取り囲む。


「や、やめてください!」

「愛敬さんは退いててくれ」

「これは僕達の面子の問題です」

「邪魔じゃどけい!」

「きゃあ!?」


 権左衛門に押しのけられて未来がよろめく。


「……おい! 豚ゴリラ! なに女子に暴力振るってんだよ!」


 時継の発言に権左衛門がカチンと固まる。


「ぶ、豚ゴリラって……」

「バカ、笑うなよっ!」


 クラスメイトがくすくす笑う。


 まぁ、そのような見た目の男である。


「だぁれが豚ゴリラじゃい!」


 キレた豚ゴリ左衛門が時継の胸倉を掴んで宙吊りにする。


「ぐぁあ……」


 UOでは敵なしの†unknown†だが、リアルではただのオタクの九頭井時継だ。


「やめてください! やめてってば! ねぇ! やめろって言ってるでしょ!?」

「危ないから愛敬さんは下がってて!」

「鬼瓦先輩がキレたら僕達も手が付けられないから!」


 キレた未来を見守る会が押さえる。


「おい! 誰か先生呼んで来い!」

「よしきた!」

「暴力反対!」

「先輩の癖に下級生に暴力振るうんですか!」


 クラスメイトも必死になって時継を助けようとするが、キレた鬼瓦には効果はない。


「おら九頭井ぃ! 大人しく這いつくばって謝ったら許したるぞぉ!」

「ぐ、げぇ……。だ、誰がお前になんかに……ぐぁああ!?」


 時継にもプライドはある。


 暴力に屈して豚ゴリラなんかに謝りたくない。


 ……特に、未来の前では嫌だ。


「がっはっは! その強がりがいつまで持つか見ものじゃわい! 失神して小便垂れてもワシは知らんからのう!」

「……か……はぁ……」


 酸欠で頭がぼうっとする。


「やめて! やめてってば! ごめんなさい! 代わりに私が謝るから、九頭井君に乱暴しないで!」


 未来の泣き声が遠くに聞こえる。


(……バカ野郎。こんな奴に謝ってんじゃねぇよ……)


 意識が遠のく。


 開けっ放しの扉から、怖い顔のデカ女が入って来る。


 時代遅れの超ロングスカートを履いた姿は、今時アニメでも滅多に出ないスケ番のそれである。


「げぇ!? 二年の風間花先輩!?」

「友央最強の女番長まで来たのかよ!?」

「先生まだか!? このままじゃ九頭井が半殺しにされるぞ!?」

「がっはっは! 一匹狼の風間まで焼きを入れに来るとはな! 九頭井、お前はちぃと目立ち過ぎたみたいじゃのう!」

「……違う」

「あん?」


 バカ笑いをする権左衛門の背後に立ち、花がポツリと呟いた。


 次の瞬間、足元まで伸びた長いスカートが花のようにパッと咲く。


「ぐぇっ!?」


 死神の鎌の一振りようなハイキックを側頭部に受け、権左衛門が卒倒した。


「……あたしが焼きを入れに来たのはお前だ。豚ゴリラ」


 突然の出来事に教室が静まり返る。


 唖然とする見守る会のモブ達の目が、「どうして?」と花に問いかけた。


「……この子に手を出す奴はあたしが許さない」


 眠たげな眼が大きく開き、肉食獣のような眼光でモブ達を威圧する。


「「「す、すいませんでしたぁあああああ!?」」」


 お礼参りに来たモブ達は真っ青になり、気絶した権左衛門をゴツンゴツンと引きずりながら逃げ帰った。


(……いったい何がどうなってんだ?)


 せき込む時継の脳内を大量の???が埋める。


 風間花は有名人なので、噂くらいは知っている。


 入学早々喧嘩を売られ、上級生の不良軍団をぶっ潰したとか、遊びに誘ってきたチャラい男子を半殺しにしたとか、しょっちゅう街中で乱闘騒ぎを起こしているとか。


 とにかく最強で、おっかなくて、平穏な学校生活を送りたいなら絶対に関わってはいけない相手だと聞いている。


 噂を真に受けたわけではないが、関係を持った事はないはずである。


 クラスどころか学年まで違う。


 まともに顔を見るのも初めてなら、声を聞くのだって初めての相手である。


 そんな彼女が、どうして時継を助けてくれたのだろうか。


 恐らくは、この場にいる誰もが同じ疑問を抱いていた。


 当の花は、態度によって答えの一部を示した。


 整ってはいるが感情の見えない能面顔。


 眠そうな瞳にジワリと歓喜の涙が滲み、長いスカートが汚れるのも厭わずに時継の前に膝を着く。


「……お久しぶりです、†unknown†様。あの日の恩を返しに来ました」

「「「………………ぇえええええええ!?」」」


 クラスメイトが叫んだ。


 首を絞められた後でなければ、時継だって叫んでいただろう。

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