新9話 祝一万人
「九頭井君九頭井君! 見て見て見てこれ! 登録者数一万人超えてる!」
翌日の学校。
昼休みになった途端、ハイテンションの未来が携帯を片手に駆け寄ってきた。
「マジか」
「マジマジの大マジだよ! 私、夢かと思ってほっぺ抓っちゃったもん! 一昨日まで3000人ちょっとだったのにたった二日で三倍になっちゃうなんて! それもこれも全部九頭井君のお陰! やっぱり私、間違ってなかったんだ!」
早口で言うと、息切れを起こした未来が「はふぅ」としゃがみ込み、時継の足元で丸くなってぜーぜーと息を荒げる。
「興奮しすぎだ。ちょっと落ち着けよ」
「だっで~! 本当は上手く行くか不安だったんだも~ん!」
嬉し泣きの涙目で顔を上げる。
確かに、女性配信者のチャンネルに異性の協力者を呼び込むのは大博打だ。
覚悟は出来ているというような顔をしていたが、未来も内心不安だったのだろう。
「まぁ、言ってもデビューしてまだ三か月だからな。厄介なファンもまだ少なかったんだろ」
最近は大手の事務所も異性コラボに前向きになってきている。
昔ほど異性コラボに煩い時代ではない。
時継もなんとなくそれは感じていたから未来のオファーを受けたわけだが。
「やったね未来ちゃん! おめでとう!」
「悔しいけど、やっぱ九頭井が出てくると配信面白れぇわ」
「俺らも応援すっから、これからも頑張れよな!」
「昨日の九頭井君、かっこよかったよ!」
「えへへへ、みんなありがとー!」
クラスメイト達が拍手で一万人達成を祝福する。
昨日は否定的な意見が多かったのだが、昨夜の配信を見て見る目が変わったらしい。
実際、二日で登録者数が三倍になったのだから認めざるを得ないという事なのだろうが。
「どうしたの九頭井君? 浮かない顔して」
「……いや。別に俺、そんな大した事してねぇし。あんまり褒められると横から手柄持ってったみたいで気まじぃなと」
ぽりぽりと頭をかく。
昨日も一昨日も、時継としてはノリと勢いで楽しんでいただけだ。
勿論、リスナーの目があるという事で盛り上げるような動きはしたが、一万人達成が自分の手柄みたいに言われると違う気がする。
そんな時継を未来やクラスメイトはキョトンとして見つめる。
「……なんだよ」
「九頭井君もそんな風に思うんだなぁって」
面白そうに未来が微笑む。
その顔があまりにも可愛くて、時継は恥ずかしい気持ちになってしまった。
「はっ! どうせ俺ははみ出し者の変人だよ!」
「あ~ん! 拗ねないでよ! あんまりお話した事なかったし、九頭井君の事全然知らなかったんだもん! 九頭井君近寄るなオーラ出してたし……」
唇を尖らせて指をいじいじする。
「別にそんなオーラ出してねぇだろ」
「え~? 出してたよ! ねぇ?」
「出してた出してた!」
「いつも一人で携帯見てるか考え事してて心ここにあらずって感じじゃん!」
「UOの事考えてただけだっての!」
時継が言い返すと、クラスメイト達がケラケラと笑う。
馬鹿にするような笑いではないので不快ではないが。
むしろ、仲間と認めるような温かな笑いである。
あまり経験のない事なので、時継は落ち着かない気持ちになって頭を掻いた。
「それでね、今日の配信はどうしよっか?」
未来が隣の女子の席を借り、弁当を広げる。
弁当の匂いに混じって、苺みたいな甘い香りがふわりと舞った。
「ここで作戦会議すんのかよ」
落ち着かない気持ちになって目が泳ぐ。
未来は誰もが羨む学校のアイドルだ。
ボイチャでなら気軽に話せるが、実物が目の前にいるとなんとなく気後れする。
高難易度ボスのデバフオーラを受けているみたいだ。
「折角同じクラスなんだし、時間は有効に使わなきゃでしょ? 帰ったら宿題だってやらなきゃいけないし。配信の事を考えと、今のうちに少しでも計画立てておきたいなって。迷惑だったらやめるけど……」
未来が上目遣いを向けてくる。
UOだったら魅了デバフで攻撃不能になっている所だ。
「……別に迷惑じゃねぇけど」
「よかったぁ! じゃあどうしよっか? 私的にはこの前クリア出来なかったオーガ窟をクリアしたいなって思うんだけど!」
未来が弁当の隣にノートを広げる。
「……してもいいけど、今の委員長のキャラじゃまともに戦えないぞ」
「やっぱそうだよねぇ……。私的には結構頑張ってたと思うんだけど、全然強くなれなくて……」
「UOは知識ゲーだからな。スキルの上げ方を理解してないとかなりマゾい」
「そうなの!?」
「あぁ。例えば武器スキルだけど、こいつは攻撃が当たる度に熟練度の上昇判定が発生する。だから、スキル上げの時は振り速度の早い武器を使った方がいい」
「なるほどぉ! 流石九頭井君! 物知りだね!」
感心しながら未来がメモを取る。
「……別にこのくらい常識だけどな。そう言うわけだから、スキル上げに専念したい時はDEX上げまくって振り速度上げたり、アクセサリーで命中を盛ると効率的だ」
「命中はなんとなくわかるけど、DEXはなんであげるの?」
「マジで言ってんのか?」
「だ、だってぇ!?」
「いや、すまん。そう言えばその手のチュートリアル一切ないゲームだった。DEXをあげるとスタミナが増えるんだが、スタミナは武器の振り速度に関係するんだ。武器固有の振り速度とスタミナと攻撃速度上昇効果で変動するんだが、その辺の計算は面倒だから外部サイトの計算シミュレーターを使うといい」
「ぇ、ぁ、うん?」
「……とにかくスタミナを上げると早く武器を振れるって事だ。で、もう一つ肝心なのが適切な敵と戦う事。弱すぎても駄目だし強すぎても駄目。常に丁度いい強さの敵と戦う事で効率よくスキルを上げられる」
「……もしかして、最近全然スキルが上がらないのって」
「相手が弱すぎたんだろ」
「うわあああああん! 私の一か月間がああああ!?」
未来が頭を抱える。
恐らく、狩場が分からなくてパラディソ近郊の墓地に入り浸っていたのだろう。
あそこでは頑張っても精々60で頭打ちだ。
「クスン……。でも、聞いてよかった! 教えてくれてありがとね!」
「……報酬貰うし。仕事みたいなもんだからな」
照れ臭くなってそっぽを向く。
ガラガラガラと教室の扉が開き、昨日見た見守る会の御一行がボキボキと拳を鳴らしながら入ってきた。
「「「九頭井! ちょっと顏貸せや!」」」
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