第36話 そして僕は二人を裏切る事に決めた
「つーわけで待たせたなお前ら! 予定通り、今日は延び延びになってたオーガ窟攻略だ!」
「みんな、ほんっと~に待たせちゃってごめんね! この日の為に寝る間も惜しんでスライム部隊鍛えまくったから! 詩人調教師のカコちゃんの活躍に期待しててね!」
アイスパレスでの配信から三日、今日は待ちに待ったオーガ窟攻略の日だ。
事前の予告もあり、リスナー達も大盛り上がり。
一方でこんなコメントも目に付く。
〈マジで待たせすぎ〉
〈初心者ダンジョンなんかさっさとクリアして高難易度行ってくれ〉
〈ぶっちゃけオーガ窟とか†unknown†だけでクリアできるだろ。それに卍槍矢卍までいたらヌルゲーすぎね?〉
「んな事は俺達も分かってる。だから俺はサポートオンリー、ボス湧きまでは戦うが、それ以降は補助だけで攻撃は一切しない。戦闘は基本こいつらの仕事だ」
散々配信中に言っていたのだが。
まぁ、人の話を聞かないリスナーというのはどの配信にもいるものである。
それに、大半のリスナーは好意的で、むしろ心配する声の方が多い。
〈新キャラ作ったばっかなのに早すぎないか〉
〈三日じゃペットも親愛化してないっしょ〉
〈ペット死んだら終わりだし、せめて親愛化するまで待った方がよくない?〉
時継だって出来る事ならペットが親愛化するまで待ちたかった。
だが、既に未来は限界まで無理をしている。
この辺で一区切りつけておかないと本気で倒れそうだ。
それに、攻略時期を早めるのは悪い事ばかりではない。
「今更オーガ窟攻略なんかやるんだ。それくらいのスリルがなきゃ配信的にも面白くないだろ」
配信者にとって、逆境は配信を盛り上げるスパイスになり得る。
〈それはそう〉
〈クソガキ今日も絶好調じゃん〉
〈失敗したらどうすんだよ。またペット捕獲からやり直すのか?〉
「まさかだろ。ここまで引っ張ったんだ。そんな事になった日にゃチャンネル終了、俺も責任取ってAO引退してやるよ」
さらにスパイスをバケツ一杯。
とんでもない発言に二人が仰天する。
「時継君!?」
「トッキー!? なに言ってるの!?」
「なにって配信盛り上げてんだろうが。失敗したら即引退! こいつは伸びるぜぇ! うはははは!」
〈あ~……言っちゃった〉
〈バカ! 未来ちゃんのチャンネルだぞ!〉
〈言質取ったからな〉
〈流石にそれは調子乗り過ぎだろ〉
時継の発言にコメントも荒れだす。
一方で同接はうなぎ上りだ。
もちろん二人には裏で話を通している。
「なんだよリスナー。お前らあんだけ応援しといて委員長の事信じてねぇのか? 薄情な連中だぜ」
〈それとこれとは話が別だろ〉
〈俺は信じてるし〉
〈絶対成功するんだからむしろこれくらい煽った方が得だろ〉
「そういうこった! お前らも、まさか失敗するなんて思ってるわけじゃねぇよなぁ?」
時継に煽られて、未来がムッと眉を寄せる。
「そんなわけないでしょ! 私のスライムちゃん達は無敵だもん! チャンネル終了上等! この逆境を跳ねのけて愛敬堂ミライチャンネルはもっと上に行くんだから!」
「宗谷はどうした? さっきから声が聞こえねぇが、ヘタレてブルっちまったか?」
問い掛けても返事はない。
配信画面を見ると宗谷は緊張した表情で震えていた。
「ったく。しょうがねぇ奴だな。心配ねぇ、作戦通りにやれば全部上手く行く。俺を信じろ!」
「……ぅん」
そういうわけでオーガ窟攻略を始める。
「前も説明したがここのボス湧きはシンプルだ。とにかくエリア内の雑魚を狩りまくれ。そしたら真ん中の祭壇の蝋燭が増えて最後にボスが湧く。五本ごとに雑魚が強くなるからそれだけ気を付けろよ!」
「わかってるって! スライム部隊、いっくよ~!」
カコがペットに指示を出し、オーロラスライムが津波のように雑魚を蹂躙していく。
〈おー。カコちゃん強いじゃん〉
〈数の暴力や〉
〈ボス湧くまではただの低級ダンジョンだしこんなもんでしょ〉
卍槍矢卍は亜人特攻の剣でオーガ族を切り刻み、†unknown†は魔法で【炎の壁】や【毒の沼】といった持続ダメージの状態異常床を設置して雑魚の体力を削っていく。
〈画面が見づらいwww〉
〈九頭井真面目に戦えよ〉
〈いやこれ地味にめちゃくちゃダメージ出てるだろ〉
状態異常床はDPSこそ低いが、呪文単位で考えると高効率で複数の対象にダメージを与えられる。
オーガロードのようなタフな敵はカコのスライム部隊が相手をし、†unknown†の状態異常床で体力が減った雑魚を卍槍矢卍が挑発で集めて範囲攻撃で一掃する事で、瞬く間にボス湧きの進行を告げる蝋燭が増えていく。
それによってエリアに湧く雑魚の強さも増していくが、三人の勢いが止まる事はない。
「そろそろ湧くぞ!」
時継の合図と同時にゲームが一瞬重くなり、祭壇の中央から黒い炎が吹き出して五層を地獄めいた禍々しい景観へと変化させる。
「ゴォオオオオオオオオン!」
野太い咆哮と共に現れたのはオーガロードの三倍程の大きさを持つ漆黒の大亜人、【
〈キタアアアアア!〉
〈親の顏より見たボルガ〉
〈もっと親に顏見せてやれ定期〉
「ひぃいいいい!? オーガロード湧き過ぎぃ!?」
ボス湧きと共にエリア内に大量のオーガロードが湧き未来が悲鳴をあげる。
カコのビルドは攻撃特化の詩人調教師だ。育成途中という事もあり、敵に囲まれたらあっと言う間にボコられて死ぬ。
ボス湧きでエリア中が混沌としている今はかなり危険な状況だ。
「落ち着け委員長! スライムに護衛指示出していったん退避! 作戦通り雑魚は俺が引き受ける! 宗谷! 委員長は任せたぞ!」
か細い声で宗谷が答える。
頼りない返事だが、あとは宗谷を信じる他ない。
『魔笛の音が聞こえるか? さぁ我に続け! 地獄行きのパレードの始まりだ!』
†unknown†が笛を吹く。
奏でたのは【ハーメルンの
範囲内の全対象のタゲを集める曲だ。
〈おいおいおい〉
〈死ぬわあいつ〉
〈この数相手にそれは無謀だろ〉
〈肉ブロックされてすり潰されるぞ〉
開けた洞窟とは言え、五層の地形は崖や水路など通行不可の地形で入り組んでいる。
そこに大量のオーガロードが押し寄せれば、すり抜ける余裕など欠片もない。
強行突破しようものなら、あっと言う間にスタミナを削られて動けなくなるだろう。
「と、思うじゃん?」
『我思う故に我在り、我思わぬ故に我無き。我は何処に? 我は此処に【
オーガロードの群れに囲まれた次の瞬間、†unknown†が崖の上に移動する。
〈その手があったか〉
〈呪文かっけぇ〉
〈まさかこのままエリア中の雑魚のタゲ取ってトレインするつもりかよ〉
「そのまさかだ。エリア内に同時に湧く雑魚の数には上限がある。俺が雑魚をトレインすれば、二人は安全にボスと戦えるってわけだ」
実際はそこまで簡単な話ではない。
ここまで雑魚の数が多いと同時に全ての敵のタゲを取るのは不可能だ。
トレイン中に曲の効果が終わってタゲが切れる敵も現れる。
時継はただ逃げるのではなく、二人がボスを倒し終えるまでエリア内を駆け回ってタゲを維持し続けなければいけない。
中にはタゲが切れて二人の所に向かう雑魚もいるだろう。
ボスは左右に吊り橋のかかった離れ小島に湧いているので、雑魚が入って来ると逃げ場がない。万が一にもカコがやられれば回復役を失ったスライム部隊は全滅、ボス攻略は失敗だ。
そうならないように卍槍矢卍がいる。
パラディンの卍槍矢卍は攻守の揃ったバランス型だ。
通常時はカコと共にダメージを稼ぎ、もしもの時はカコを守る盾になる。
「ありがとトッキー! ここからは私たちの見せ場だよ!」
「……ぅん」
時継がオーガロードを引き付けている間に二人が祭壇のある離れ小島に雪崩込む。
「ここであったが初めまして! そして死ねぇえええ!」
配信と不眠で変なテンションになった未来がスライム部隊をけしかける。
耐性的に有利とは言え、こちらは低要求値で調教出来る雑魚、向こうは初心者ダンジョンとは言えボスモンスターだ。
ワンパンはないとはいえ、そう何発も耐えられるものではない。
未来は五つ並んだスライム部隊の体力に集中し、死なないように指示を出す。
基本的に盾役は卍槍矢卍の仕事だが、なにかの弾みでタゲが移ったらすかさずそのスライムを後方に下げ、卍槍矢卍か別のスライムにタゲを移す予定だ。
正直初心者にはかなり難しい操作だが、このペットに限っては他のモンスターよりも有利な点がある。
「食らえ! 青いゲロ!」
オーロラスライムが『凍てつく体液』を発射する。
状態異常付きの氷属性攻撃により、ボルガに寒冷デバフが付いて動きが遅くなる。
これで攻撃や移動速度が低下して、動きを見切りやすくなる。
寒冷デバフは累積する。
一つなら15%。
二つなら30%。
三つなら45%。
四つなら60%
五つなら凍結で行動不能だ。
勿論ボスモンスターなので耐性は高く、状態異常からの回復も早い。
だが、凍てつく体液は着弾地点の周辺に小規模の寒冷デバフ床を作る。
完全耐性がない限り、デバフ床の上では確定でレベル1の寒冷デバフが付く。
そこに攻撃分も加わって、レベル2まではコンスタンスに維持できる。
多くの選択肢の中から時継がオーロラスライムを選んだ理由がこれだった。
「いいぞ委員長その調子だ!」
〈よそ見すんな!〉
〈あぶねぇえええええ!〉
〈なんで死なないんだよこいつ!〉
ハメ殺しのような戦法だが、時継がギリギリの綱渡りを演じる事で配信の緊張感も保たれる。
あとはこのまま何もなければボス攻略は成功なのだが。
〈なんか部外者混じってないか?〉
不穏なコメント共に、白竜を引き連れた謎のプレイヤーが二人エリア内に入ってきた。
「待ってたぜぇ! この瞬間をよぉおおお!」
「きゃはははは! 真打登場ってわけぇ!」
ボイスチャットは吉田と真姫のものだった。
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