第35話 暗躍するクズ

 翌朝、時継が登校すると校門前でモジモジしている宗谷を見つけた。


「もしかしてお前、ここまで来てビビってんのか?」


 宗谷は情けない顔でこくりと頷いた。


「はぁ~。お前、ほんっとうにヘタレだな」

「ぁぅ……。だ、だって、クラスのみんなも昨日の配信見ただろうし……。どんな顔して教室に入ったらいいのかって思ったら怖くなっちゃって……」

「まぁ、振りでも不良ぶって散々デカい顔してたからな。どの面下げてって感じではあるか」

「……やっぱり帰る!」

「ダメだっつの」


 逃げ出す宗谷の首根っこを引っ掴む。


「ここで逃げたらいよいよ学校来れなくなるぞ。折角俺らが作ったチャンス無駄にする気か?」


 ジト目で睨むと宗谷は泣きそうな顔で考え込んだ。


「……そうだよね。折角時継君が庇ってくれたのに……」

「俺と委員長な。心配すんな。俺もフォローしてやっから、とりあえず教室行こうぜ」

「……ぅん!」


 そういう訳で二人並んで教室に向かう。


(……なんかこういうのも久々だな)


 ネトゲばかりでろくに友達を作ってこなかった時継だ。

 リアルの世界で友達と一緒に登校するなんて小学校ぶりだろう。


「……ねぇ時継君」

「なんだよ」

「……僕達、すごく見られてない?」

「そりゃそうだろ。昨日のアレでお前も一躍学校の有名人だ」


 元々未来の配信は校内で注目されていた。


 そこに時継が加わって今や五万人に届きそうな人気チャンネルだ。


 配信者としてはまだまだ駆け出しだが、周りの連中からしたらちょっとした有名人みたいなものだろう。


「ゆ、有名人だなんてそんな! 僕はお情けで一緒に遊ばせて貰ってるだけの部外者なのに……」

「その通りだが言い方が気に食わねぇな」

「え?」

「卑屈過ぎるって言ってんだよ。折角のイケメン面が泣いてるぜ」

「そ、そう言われても……」

「ったく。そんなんだから悪い奴らに目ぇつけられるんだっての」

「……でも、それで不良ぶったら失敗したし……」

「不良ぶる必要なんかねぇだろ。てめぇはてめぇのまま誰にも迷惑かけずに胸張って生きりゃいいんだよ」


 急に宗谷が立ち止まって肩を震わせる。


 時継はげっそりと溜息を吐いた。


「なんで泣くんだよ……」

「違うよ……。これは感動の涙……。やっぱり時継君は僕の心の兄貴だなって……」

「キャー!」

「見た見た? リアルクズ×宗!」

「裏でもコレとかガチじゃん! †unknown†様と同じ学校でよかったぁ~」


 遠巻きに見ていた女子達が黄色い悲鳴をあげる。


 時継はしかめっ面で舌打ちを鳴らした。


 チヤホヤされるのは悪い気分じゃないが、こういうのは望んでない。


 せめて配信内なら金になるのだが。


 ともあれ宗谷と共に教室に入る。


「う~す」


 いつもならハイテンションでクラスメイトが群がってくるのだが。


 今日は気まずそうな表情で視線を逸らすだけだ。


「……僕のせいだ。やっぱり帰るよ!」

「だから待てっつの」


 逃げ出す宗谷を引き留める。


 時継の声に反応したのか、机に突っ伏して寝ていた未来がむくりと起き上がった。


「んぁ?」


 昨日の配信後も遅くまでオーロラスライムを育成していたのだろう。


 色白の顏に薄っすらクマが出来てヤンデレ顔になっている。


「宗谷君! ちゃんと学校来れたんだ!」

「お、お陰様で……」

「どうしたの? なんか元気ないけど?」

「……えっと、その……」

「この野郎、この期に及んでビビって帰るとか抜かしやがる」

「え~! なんでぇ!」

「だ、だって、このままじゃ僕のせいで二人まで悪者になっちゃいそうだし……」

「そんな事ないよ! ねぇみんな?」


 未来の問い掛けに二組の面々は視線を逸らした。


「そんな……。昨日の配信見てくれたでしょ? 宗谷君もちゃんと反省してるし、意地悪言わないで許してあげようよ!」

「それは違うだろ委員長」


 時継が割って入る。


「理由はどうあれこいつは散々みんなに嫌な思いさせてたんだ。嫌われたって仕方ねぇ。それを俺達がとやかく言うのは筋違いだろ」

「そ、そうだけど……。もう! トッキーはどっちの味方なの!?」

「筋を通せって言ってんだよ。こいつはまだ自分の口でみんなに謝ってねぇだろ」

「あっ」


 未来がハッとする。


「……その通りだね」


 真剣な表情を浮かべると、宗谷は深々と頭を下げた。


「みんな、今までごめん! 僕、ずっと嫌な奴だった! 許してなんか言わない! それでもいいから謝りたい! みんなごめん、本当にごめんなさい!」


 嫌な沈黙が教室を満たす。


 クラスメイト達は気まずそうな表情で視線を彷徨わせている。


「……やっぱりダメだよね」


 顔を上げると宗谷は泣きそうな顔で呟いた。


「そりゃダメだろ」


 事もなげに時継は言う。


「トッキー!?」

「許すか許さないかはこいつらの自由だ。てか俺だってまだこいつの事を許したわけじゃねぇからな」


 宗谷がショックを受けた顔をする。


 時継はニヤリと笑って拳を差し出した。


「けど、これからの行い次第じゃ許してやってもいいと思ってる。だからまぁ、精々頑張れ」

「……うん!」


 込み上げた涙を拭うと、宗谷は力強く時継の拳に自分の拳をぶつける。


「ありがとう時継君! 僕、頑張るよ!」

「いてーよバカ! 加減しろ加減!」

「ご、ごめんなさい!? うれしくってつい!」

「ぶふっ」


 時継が宗谷の尻を蹴ると、クラスメイトの数人が思わず吹き出した。

 慌てて口元を押さえるが、いつの間にか気まずい雰囲気は弛緩している。


(まぁ、この様子ならその内許されるだろ)


 宗谷も根っからの悪というわけではない。


 そこまで酷い事をしていたわけでもないし、ちゃんと反省を態度で示せば周りにも伝わるはずである。


 実際、次の休み時間にはポツポツと宗谷に話しかける者が現れていた。


 その度に宗谷は個別に謝り、お許しを貰っている。


 まぁ、大抵の人間は一対一で謝られたら許すと言う他ないだろうが。


(……あいつらが邪魔してくると思ったが、そこまでバカじゃないか)


 あいつらとは吉田達の事だ。


 二人は宗谷が休んでいる間、あることないこと言い触らしてヘイトを押し付けていた。


 今回も保身の為に横やりを入れて来るかと思ったが、知らん顔で気配を消している。


(……まぁ、邪魔して来たら叩き潰すだけだけどな)


 宗谷の話を聞いた後では、むしろそんな機会を望んでさえいる時継だった。



 †



「宗谷てめぇ、なに俺ら裏切って九頭井の仲間になってんだよ!」

「や、やめてよ、吉田君!?」


 小太りの吉田に胸倉を掴まれて壁に押し付けられる。


 放課後の校舎裏、宗谷は二人に呼び出しをくらっていた。


「見掛け倒しのヘタレのあんたに声かけてイジメられないよう助けてやったってのに、その恩を仇を返すわけ?」


 厚化粧の真姫が腕組みをして冷ややかに睨みつける。


「二人には感謝してるよ! だから一緒に謝ろう! みんなもちゃんと謝ればわかってくれるよ!」

「ふざけた事言ってんじゃねぇよヘタレ野郎!」

「うわぁ!?」


 吉田に振り回されて無様に地面を転がる。


「なんであ~しらがあんなクソモブ共に謝んなきゃいけないわけ? 意味わかんないんだけど」

「世の中は弱肉強食だって教えたよなぁ? 弱い奴は食われて強い奴の餌になるだけなんだよ! それをてめぇ、九頭井のクズに騙されて手下に成り下がりやがって! 恥ずかしいとか思わねぇのかよ!」

「……手下じゃない。九頭井君は僕の……」

「友達だってか? 笑わせんな!」

「ぐぁっ!?」


 腹を蹴られて呼吸が詰まる。


 それでも宗谷は声を捻り出した。


「……友達なんかじゃない。時継君は、心の兄貴だよ……」

「あははは! なにそれ! 超寒いんだけど。本気で言ってるわけ?」

「本当に救いのねぇヘタレ野郎だなお前は」


 吉田がしゃがみ込み、宗谷の髪の毛を鷲掴みにする。


「あいつが善意でお前を助けたと思ってんのか? バァアアアアカ! んなわけねぇだろ! てめぇの親がセンコーにチクったから保身の為に仕方なくに決まってんだろ!」

「……保身でも、時継君はちゃんと僕を助けようとしてくれた――ぶぇっ!?」


 髪の毛を掴まれたままぐりぐりと顔面を地面に押し付けられる。


「ヘタレの分際で口答えしてんじゃねぇよ。こっちはなぁ、てめぇのせいで迷惑してんだ!」

「あんたのせいであーしらまで肩見せまいし。責任取れって話」


 真姫に唾を吐きかけられ、宗谷は泣き出した。


「う、うぅ……。責任って、どうしたらいいのさ……」

「九頭井を裏切って配信をメチャクチャにしてやるんだよ」

「そんな事出来ないよ!? ぐぇ!?」


 真姫が宗谷の頭を踏みつける。


「出来る出来ないじゃなくて、ヤレって言ってんの。お願いじゃなくて命令」

「九頭井が調子にのってられるのもチャンネルの人気がある内だけだ。あんだけ準備したオーガ窟攻略を台無しにしてやればリスナーも白けるし俺らのチャンネルの宣伝にもなる。形勢逆転、トップカーストに返り咲きだ」

「そんな事したら炎上しちゃうよ!?」

「バーカ。炎上が怖くて配信者が務まるか。リスナーだってなんだかんだ言ってそういう危ない配信が大好きなんだよ。今までのは全部九頭井を騙す為の演技だったって事にしてざまぁしてやれ。このままあいつの奴隷になって学校生活終わる気かよ」


 吉田の言葉に宗谷がギリっと奥歯を噛む。


「……僕は時継君の奴隷なんかじゃない」

「なら、どうしたらいいか分かるよな?」


 ニヤリとする吉田に、宗谷は小さく頷いた。


「やっと自分の立場が理解出来た? まぁ、断っても無理やりやらせるだけだけど? あ~しら他のクラスのワルとも仲いいし? バックには悪い先輩もついてるから、マジ逆らわない方が身の為だから? キャハハハハ!」

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