第26話 こういうクズが一番嫌い

「おはよう九頭井君! 昨日の配信も面白かったよ!」

「切り抜き見たよ! また登録者数増えてたね!」

「早くダンジョン攻略してくれよ! みんな楽しみにしてるんだぜ!」


 登校してきた時継をクラスメイトが取り囲む。


 未来のチャンネルを連日バズらせた事や、クラスを仕切る面倒な不良野郎を凹ませた事で、時継は一躍クラスの人気者の地位に躍り出ていた。


(現金な奴らだぜ)


 というのが時継の正直な感想だった。 


 少し前までオタクの変人として空気のように扱われていた時継である。


 人気者になってちやほやされる事自体は悪い気はしないが、ここまで露骨に扱いが変わるとなんだかなぁと思ってしまう。


 純粋に応援してくれるだけならまだいいが、中には下心をチラつかせる連中もいた。


「ダンジョン攻略で仲間が必要なんだろ? 実は俺達もAOでダンジョン配信やっててさ」

「九頭井君程じゃないけど、委員長よりは役に立つと思うし! 一緒にやらない?」


 媚びるような顔で声をかけてきたのは宗谷の取り巻きの二人だった。


「やらねぇよ」


 素っ気なく断る。


 先日の一件の際、この二人は風向きが悪いと見てあっさり宗谷を裏切った。


 それだけでなく、宗谷が休みなのをいい事にある事ない事言ってクラスメイトのヘイトを彼に押し付け、被害者ぶって悪口を言っている。


 宗谷が我が物顔で好き放題するジャイアンタイプなら、こいつらはそれを影で操るスネ夫タイプだろう。


 宗谷も嫌いだったが、こいつらに比べればまだマシに思える。


 それくらい時継はこの手の卑怯な連中が大嫌いだった。


「大体お前ら、斎藤と一緒に配信してたんじゃねぇのかよ」


 デカい声で登録者がどうの、レアアイテムがなんだの言っているのを聞いた事がある。


 こいつらは入学当初から一緒につるんでダンジョン配信でひと山当てようとしていた。


 顏だけはイケメンの宗谷なので少しは伸びていたようだが、それでも精々300人程度の弱小チャンネルだ。


 宗谷が絡んできたのは、ポッと出の時継のお陰であっさり未来がバズったという理由もあるのだろう。


 時継の言葉に、二人は顔を強張らせる。


「や、やだなぁ九頭井君。あれは宗谷のカスに脅されて仕方なくやってただけだって! あんな奴、友達だと思った事もねぇし!」

「そうそう! あたしらもうあいつとは完全に縁切ったし! むしろ敵って感じ!」


 必死になって二人は言う。


 時継が宗谷の事を嫌っていると思ってゴマを磨っているのだろう。


「うざってぇ」


 胸糞の悪さを言葉にして吐き出す。


「「え?」」


 意味が分からなかったのだろう。


 二人がキョトンとした。


「俺は別に斎藤の事嫌いじゃねぇから」


 宗谷はどのクラスにも一人はいる、なんか偉そうにして教室を支配しているつまらない不良野郎の一人だ。


 クラスの連中はいつも宗谷の顔色を伺っていたし、冴えない連中は宗谷の権力を誇示する為に理由もなくからかわれていた。


 シカトしていたが、時継だって色々言われていた。


 だからやっぱり大嫌いだが、それについては言葉通り先日の一件でチャラにした。


 既に宗谷は影響力を完全に失って、クラスのトップカーストからも転落した。


 取り巻きにも裏切られて、今後宗谷がこの学校でデカい顔をする事はないだろう。


 報いと言えばそれまでだが、それ以上の追撃を加える気は時継にはなかった。


 そんな事をしたらカスみたいなイジメ野郎共と同類になってしまう。


 そんなのはごめんだし、スネ夫共に利用されて第二の宗谷に仕立て上げられるのも真っ平だ。


 言葉を失う二人を押しのけて机に向かう。


「ぁ、くずいくん。おあよー」


 机に突っ伏して眠っていた未来がむくりと起き上がる。


「眠そうだな。昨日も遅くまでスキル上げか?」

「うんー。リスナーさん待たせちゃってるしぃ。早くダンジョン攻略再開したいからぁ」


 未来は眠そうな顔で振り子みたいに身体を揺らしていた。


 あれから数日、未来は配信中は勿論、裏でもずっとカコのスキル上げを行っていた。


『森の練習曲』で動物を集めて片っ端から調教する。一度調教した動物を再調教してもスキルは上がらないので、ペットになった動物を処分するのは時継の仕事だ。同時進行で二匹だけ残したペットを同士討ちさせ、包帯を巻く事で『獣医』のスキルも上げている。時継がログアウトした後は、効率は落ちるが細工で作ったゴーレムを貸し出して処分役をやらせている。


 AOのスキル上げは熟練度が上がる程マゾくなる。


 逆に言えば、ある程度までなら上げるのはそこまで大変ではない。


 それでも、調教詩人のビルドを使える形にするにはそれなりに時間がかかる。


「……そりゃそうだが。程々にしとけよ。無理して倒れたら意味ねぇんだからな」


 ただゲームしながら話しているだけのように見えるが、配信は心身共にかなり疲れる。


 その上二人は学生で、授業もあれば宿題もある。


 まぁ、時継は不良学生なので学校の成績なんか知った事ではないのだが。


 真面目な委員長の未来はそういうわけにもいかないだろう。


 あまり頑張り過ぎると、本気で身体を壊しかねない。


 時継の心配をよそに、未来は無邪気に笑ってみせた。


「無理なんかしてないよ。むしろ楽しくて寝る間が惜しいくらい! やっぱり私、戦士より調教師の方が向いてるみたい。早くスキル上げてちゃんとしたペットお迎えしたいし、その後は育成もしなきゃだし! ……それに、育成雑談ばっかりだと流石にリスナーさんも飽きちゃうでしょ?」


 未来の笑顔に不安の影が落ちる。


 彼女の言う通り、ここ数日は再生数、登録者数共に伸び悩んでいた。


(まぁ、もたもたしてると旬を逃しちまうって焦る気持ちは分からんでもないがな……)


 配信者なんか世の中にごまんといる。


 常に新しい事、面白い事を提供し続けなければ簡単に離れてしまうのがリスナーだ。


 その点を考えると育成雑談で間を持たせるというのはぬるい考えだったのかもしれない。


「……そうだな」


 とりあえず未来にはそう答えておいた。


(俺としたことが、少し日和っちまったか)


 一人のAOプレイヤーとして、初心者の未来に楽しいで欲しいという気持ちが災いした。


 だが、あのまま合わない戦士を続けるのも得策とは思えない。


(出来るだけ早くオーガ窟攻略を再開した方がいいんだろうが。さて、どうするか)


 既に未来は限界までカコのスキル上げを頑張っている。


 その上でオーガ窟攻略を早めるなら、戦力を追加する以外に方法はない。


(俺が出張るのは簡単だが、それじゃあ折角の委員長の頑張りが無意味になっちまうし、ダンジョン攻略としてもドラマがねぇ。あくまでも俺はサポートで、委員長の頑張りを生かす方法を考えないと)


 AOは歴史の長い大人気MMOだ。アプデが来たならいざしらず、既存のダンジョンは既に多くの配信者が百万回は攻略している。


 それでもリスナーが見に来てくれるのは、その配信者ならではのドラマを期待しているからに他ならない。


 幸い未来は持ち前の愛嬌で固定ファンを増やしている。初々しい初心者プレイを親目線で楽しみにしているリスナーも多い。必要なのは少しの時間だ。


(カコが育ち切るまで、どうにかしてチャンネルの勢いを持たせないとな)


「……斎藤君、心配だよね」


 ぽつりと未来が呟く。


 どうやら、難しい顔で考え込んでいた時継の視線の先がたまたま宗谷の席だったらしい。


 宗谷が学校を休んで今日で五日目だ。


 間に土日を挟んだとはいえ、確かにちょっと心配ではある。


「……先生はただの風邪だって言ってたし。治ったら普通に学校来るだろ」

「……だといいけど」


 未来の言葉に責めるような含みはない。


 ただ純粋にクラスメイトを心配しているだけだ。


 それでも時継はバツが悪くなった。


 このタイミングでの長期欠席だ。


 普通に考えれば時継のせいで不登校になったと勘繰る所だろう


(自分が悪い癖にメンタル弱すぎだろ)


 呆れる反面、自分のせいで宗谷が不登校になっているのだとしたら、いい気分ではない。


(まぁ、まだそうと決まったわけじゃないが)


 どちらにせよ、時継に出来る事はなかった。


 宗谷は友達じゃない。


 たまたま同じクラスになっただけの赤の他人だ。


 心配くらいはしてやるが、それ以上のなにかをする義理もなければ間柄でもない。


 チャイムが鳴り先生がやって来る。


 退屈なホームルームを聞き流しながら、時継は育成期間を盛り上げるアイディアを模索していた。


「――君。九頭井君ってば!」

「んあ? なんすか先生」


 担任の女教師の呼びかけに気づく。


「なんすかじゃなくて! 話があるから、後で愛敬さんと一緒に生徒指導室に来てちょうだい」


「……うっす」


(な~んか嫌な予感がするぜ)


 このタイミングで未来と一緒に呼び出しだ。


 十中八九配信絡みの小言と思って間違いないだろう。


(面倒な内容じゃなきゃいいけど……)


 なんとなく未来の方を見る。


 真面目な委員長は何故かワクワクした顔でこちらを見ていた。


 呼び出されちゃったね。


 何を勘違いしているのか、能天気な美少女の唇がそう動いて忍び笑いを浮かべた。

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