第27話 37度の日にエアコンのない部屋で書いた話
「めんどくせぇ。なんで俺らが斎藤の見舞いに行ってやらなきゃいけねぇんだよ」
放課後、時継は菓子折りの入った保冷バッグを片手に知らない通りを歩いていた。
隣には携帯でナビ役を務める未来が謎に楽しそうに並んでいる。
「しょうがないでしょ? もとはと言えば私たちのせいなんだしさ」
朝の呼び出しは宗谷に関するものだった。
どうやら宗谷は仮病を使って学校を休んでいるらしい。
過保護な親はやんわりと理由を聞くのだが、なんでもないの一点張り。
とにかく学校に行きたくないという雰囲気だけは伝わって来る。
それでなにかあったのではないかと心配して先生に連絡したらしい。
どうやら先生もリスナーだったらしく、大体の事情は把握していた。
宗谷の素行に問題があったのは先生も認めていて、時継が怒られる事はなかった。
ただ、宗谷は家では猫を被っているようで、そのまま話したら話が拗れかねない。
そこで先生はこの問題の解決を時継達に任せる事にしたらしい。
二人が見舞いに行って解決すればそれでよし。
ダメなら宗谷の出方を見て対策を考えるとの事だ。
時継も口では文句を言っているが、親や教師が出てきて話が大きくなるくらいなら自分達でケリをつけた方が面倒がない事は理解している。
宗谷だって学校での悪行が親にバレるのは本意ではないだろう。
そういうわけで二人で宗谷の家を目指している。
真面目な委員長としては、非現実的なシチュエーションにワクワクしているようだが時継としては不満である。
「委員長は関係ねぇだろ。斎藤のアレは俺が一人でやった事だ」
万が一話が拗れたらこっちがイジメ加害者にされる可能性だってある。
そんな所に未来を巻き込むのは本意ではない。
先生にも散々言ったのだが。
「ま~だそんな事言ってる! 斎藤君が怒っちゃったのは九頭井君が私の手伝いしてくれたからでしょ? だったら私にも関係あるよ! 一人で行ったら斎藤君の親御さんに誤解されちゃうかもしれないし! そんなの絶対嫌だもん! 私は全部見てたから、危なくなったら擁護する係なの」
ふんすと未来が小さな拳を握る。
「はっ。そいつは頼もしいこって」
時継の鼻が皮肉っぽく笑った。
実際、宗谷と一対一ではまた喧嘩になりかねない。
見た目だってこの通りのクソガキなので、親の印象も良くないだろう。
先生もその辺を考えて未来を同行させたのだろう。
品行方正が服を着て歩いているような清純派の未来である。
彼女と二人なら、とりあえず門前払いになる心配はなさそうだ。
分かっていても、釈然とはしない時継だった。
「ふふ~ん。こう見えて私、喧嘩の仲裁は慣れてるんだよ? うちのお菓子も持ってきたし、悪いようにはならないでしょう!」
ぽよんと得意気に未来が胸を叩く。
未来がどうしてもと言うので一度愛敬堂に寄って菓子折りを用意していた。
時継的にはそういうのもなんか気にくわない。
「悪いって言ったら全部斎藤が悪いんだろ。それなのにこんな立派な菓子折り、勿体ないぜ」
不貞腐れた顔で保冷バッグを振る。
中身はフルーツ水まんじゅうの詰め合わせだ。
「なに九頭井君? もしかして、嫉妬してるぅ~?」
前に回り込むと、面白がるように時継の顔を覗き込む。
「はぁ!? そんなんじゃねぇし! 勘違いすんなよな!」
本当に全然微塵もそんなアレではない。
それなのに時継は恥ずかしくなり、赤くなった顔を隠した。
「あはは、その反応は図星だね! もう、九頭井君ってば食いしん坊なんだから! 九頭井君はうちのお菓子食べ放題なんだよ? 嫉妬なんかしなくても、帰りに寄ってくれたら好きなのあげるよ」
意味が分からず一瞬キョトンとする。
どうやら未来は時継がお菓子に嫉妬しているのだと思ったらしい。
「ん? どうしたの? そういう意味じゃなかった?」
真顔で聞き返され、時継は困りばかりである。
「そ、そういう意味だよ! あの野郎に愛敬堂の和菓子は勿体ねぇぜ!」
「おっとー。いくら九頭井君でもその発言は聞き捨てならないなぁ。うちの和菓子はどんな人にも美味しく食べて貰いたいんだから!」
「……分かってるっての。ただの冗談だろ」
そっぽを向いて呼吸を整える。
「だって九頭井君、冗談ばっかりでどれが本音かわかんないんだもん。っていうか和菓子重くない? 私が言い出したんだし、持つよ?」
「いらねぇよ。委員長に持たせて俺が手ぶらじゃ見栄えが悪いだろ」
「優しいんだぁ~」
「だから見栄えの問題だって言ってんだろ! ただでさえ委員長と並んで歩いたら見劣りするんだ。その上荷物まで持たせたらどう思われるかって話!」
「そう? 私は全然気にならないけど」
「俺みたいな下級のモブは気にすんだよ!」
まったく、とんだナチュラル悪女である。
こっちは未来と一緒に歩いているだけで「なにこいつ? まさか彼氏じゃないよね……」みたいな目で見られて大変だというのに。
ともあれ、程なくして住所の場所に到着した。
「わぁ。斎藤君のお家おっきいねぇ」
「金持ちなんだろ。そんなんだからわがままに育つんだよ」
僻みがましい事を言うと時継がインターホンに手を伸ばす。
「あ、私出ようか?」
まぁ、その方が親のウケはいいのだろう。
「いらねぇよ。自分で蒔いた種だ。てめぇのケツくらい自分で拭く」
「ぶぅ~。いつも助けて貰ってるし、こういう時ぐらい頼ってくれてもよくなくない?」
ぶぅ垂れつつも未来が下がる。
時継だってこんなのは初めてだ。
内心ではドキドキしながらインターホンを押す。
「は~い」
母親なのだろう。
答えたのはいかにも上品そうな女性の声だった。
「すいません。僕達斎藤君の――」
ぼ、僕ぅううう!?
後ろの未来がそんな顔で驚いた。
〈僕wwww〉
〈似合わねぇwww〉
〈猫被ってんじゃねぇぞ九頭井www〉
(うるせぇ! 俺だってTPOくらい弁えられるっての!)
心の中でエアリスナーを黙らせていると。
「まぁああああ!? もしかして、宗ちゃんのお友達のかたぁあああ!?」
母親が大袈裟に叫んだ。
凄まじく嬉しそうである。
「えっと、まぁ……そんな感じで……」
流石の時継も違うとは言えなかった。
「まぁ、まぁまぁまぁあああ! な~んて嬉しいんでしょう! ちょっと待ってて下さいね! 宗ちゃん! 宗ちゃ~ん! お友達がお見舞いに来てくれたわよぉおおおおお!」
二階にでも呼び掛けているのだろう。
クソデカ大声で母親が叫ぶ。
「ほ、本当!? どんな人!?」
別人みたいに取り繕った宗谷の声に二人して顔を見合わせる。
家では猫を被っているという先生の話は本当だったようだ。
「ちょっと悪そうな男の子とすっごく可愛い女の子よぉおお!」
(全部聞こえてるんだが……)
やれやれと溜息をつくと、未来が脇をつついてきた。
「聞いた? 私、すっごく可愛いって。アテッ!」
嬉しそうな未来の額をデコピンで弾く。
「吉田君と真姫ちゃんだ! すぐ行くから、ちょっと待っててもらって!」
「は~い!」
嬉しそうに答えると、母親がこちらに言う。
「クラスメイトの吉田君と真姫ちゃんよね! 話はいつも宗ちゃんから聞いてるわ! 今降りて来るから、ちょっとだけ待っててちょうだいね!」
「……うっす」
「は~い!」
吉田でもなければ真姫でもないのだが、とても言える空気ではなかった。
(てか斎藤の奴、あんだけ派手に裏切られてまだあいつらの事友達だと思ってんのかよ……)
当の二人は掌を返して宗谷の悪口をふれ回っていると言うのに。
なんだか時継は宗谷に同情してきた。
程なくして、ドダダダダ! と階段を駆け下りる足音が響いてきた。
バン! と勢いよく玄関のドアが開く。
「吉田! 真姫! やっぱりお前ら友達だったんだ……なぁ……」
現れた宗谷は喜びの半泣きだった。
二人の顔を見た途端、幽霊でも見たみたいに青ざめる。
「どーも、吉田です……」
「やっほー! 真姫ちゃんだよ~!」
仕方なく時継はそう名乗った。
宗谷の後ろでは綺麗な母親がハンカチで目元を押さえていた。
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