第28話 早くネトゲ回やれって圧は作者も感じてる回

 母親があれだけ喜んでいるのだ。


 宗谷も今更二人が友達じゃないなんて言えないのだろう。


 なんとなくお互いに空気を読んで、友達の振りをして宗谷の部屋に向かう。


 宗谷の部屋は時継の部屋の三倍程の広さがあった。


 掃除の行き届いた小奇麗な一室だ。


 デカいベッド、モダンな洋服箪笥、立派な勉強机の上にはいかにもハイスペックなパソコンがあり、学校にでも置いてありそうなガラスケースの中にはトロフィーや賞状、サイン入りのバスケットボールなんかが並んでいる。


 中には写真立ても幾つか飾ってあるが、それらは全て不自然に伏せられていた。


(そういやこいつ、膝を壊してバスケを辞めたとか言ってたな)


 同じ教室に居ればその手の話は嫌でも耳に入って来る。


 なんでもこの辺りでは一番強いバスケ部でエースだったとか。


 入学したての頃はそれでチヤホヤされていたが、バスケの話になると急に不機嫌になったのを覚えている。


 なにやら訳ありの様子だが時継には関係ない話だ。


「わぁ~! すごい! 斎藤君、バスケ好きなの?」

「おい!」


 空気の読めない委員長に思わず突っ込む。


 どう考えてもその話題は地雷なのだが、ボッチの時継と違って人気者の未来は一々他人の会話を耳に入れたりはしないのかもしれない。


 案の定宗谷は浮かない顔をした。


 不意打ちで頬を打たれたような。


 あるいは、そのまま泣き出すのではと思うような情けない顔だ。


「……もう好きじゃない」


 蚊の鳴くような声で答えると、宗谷はハッとして学校での普段の彼に戻った。


「てかお前ら、なにしに来たんだよ!」


 威圧的な目でこちらを睨むが、時継には怯えているようにしか見えなかった。


「別に来たくて来たわけじゃねぇ。先生に呼び出されて嫌々だ」

「九頭井君!」


 咎めるように未来は言うが。


「本当の事だろ」

「そうだけど……」


 未来が宗谷の顔色を伺う。


 宗谷は怪訝な顔をしていた。


「先生に呼び出されたって……。どういう事だよ」

「てめぇがヘラって仮病使うから親が心配して学校に連絡入れたんだよ」


 その辺の事情を説明すると、宗谷は情けない顔で叫んだ。


「お母さん!?」


 ハッとして口を塞ぐ。


「あ、あのババァ、余計な事しやがって!」

「小声で言ってんじゃねぇよ」

「う、うるせぇ! てめぇには関係ねぇだろ! とっとと帰れよ!」

「俺は別に構わんが。いいのか? すぐに帰ったら優しいお母さんが心配するぞ?」

「うっ……」


 情けない顔で宗谷が呻く。


(……もしかしてこいつ、猫被ってんじゃなくてこっちが素か?)


 先程からの言動を見ているとそうとしか思えない。


「てかお前、不良ぶってるけど実はただのヘタレだろ」


 試しに言ってみると宗谷の顏が哀れな程に青ざめた。


「は、はぁ!? そんなわけねぇだろ! 俺は超不良だっての!」


 言い返す声は震えている。


「じゃあなんで学校来ないんだよ」

「えっ?」

「え、じゃねぇよ。不良なんだろ? 俺にちょっと凹まされたくらいでビビって不登校になるとかおかしいだろうが」

「そ、それは……だって……」


 不良ぶった上っ面が剥がれ落ち、泣きそうな顔でオロオロする。


 しまいには、宗谷は視線で未来に助けを求めた。


「九頭井君、あんまりイジメちゃ可哀想だよ」

「大事な話だ。委員長は引っ込んでろ」

「フガッ!?」


 ショックを受けると、未来はむっつりした顔でお口にチャックのジェスチャーをする。


「ほら、言ってみろよ。お前、なんで学校休んでんだよ」

「か、風邪だよ! 先生にもそう言ってるだろ!」

「嘘つくなよ。ピンピンしてるじゃねぇか」

「き、今日治ったんだよ!」

「へぇ? なら、明日からは学校に来れるよな?」

「ぁ」


 しまったという顔で口を塞ぐ。


「学校、来れるよなぁ?」


 時継が念を押すと、ついに宗谷はポロポロと涙を零し始めた。


「あ~あ~。九頭井君が斎藤君の事泣かせた~」

「俺のせいかよ!?」

「じゃあ誰のせい? 私はずっと黙ってたよ?」


 仕返しとばかりに言われて時継は宗谷を指さした。


「こいつがヘタレなせいだろ」

「ごめんなさい! もう悪い事しないから許してください! 全部僕が悪かったです!」


 いきなり宗谷が土下座をする。


「おい斎藤、落ち着けよ」


 こんな所を親に見られたらまずい。


「ごめんなさい! ごめんなさい! イジメないで!」

「だから謝んなって! 大体イジメるってなんのことだよ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください、お願いします!」

「あのなぁ! 人の話を聞けっての!」


 これでは埒が明かない。


 困る時継に未来がしたり顔で右手を上げる。


「選手交代」

「……わぁったよ」


 渋々タッチする。


「斎藤君、泣かないで。私達、別に斎藤君の事イジメる為に来たわけじゃないんだよ? むしろその逆。ずっと学校休んでるから、心配で様子を見に来ただけなの」

「嘘だよ! だって僕、散々みんなに意地悪してきたんだよ! 嫌われてるに決まってる! 友達でもないのに、お見舞いになんか来てくれるわけないじゃないか!」

「嫌われてるって自覚はあるんだな」

「九頭井く~ん?」


 ジト目で睨まれ、今度は時継がお口にチャックのジェスチャーをした。


「確かに学校での斎藤君はちょっと嫌な人だったけど――」


(ちょっとか?)


 心の中で時継は思った。


 思っただけなのに未来に睨まれたので肩をすくめる。


「――それでも急に学校に来なくなったら心配するよ」

「……愛敬さん」


 流石は癒し系美少女だ。


 天使のような慰めに宗谷も泣き止む。


「愛敬さんは優しいからそうかもしれないけど……」


 宗谷はなにか言いたげに時継をチラリと見る。


「なんだよ。言いたい事があるんならはっきり言えよ」

「ひぃっ」

「お~よしよし。怖くない怖くない。九頭井く~ん?」


 時継は舌打ちを鳴らして黙った。


 なんか面白くない。


「ほら斎藤君。怒らないから言ってみて。お互いになにか誤解があるのかもしれないし」

「……ぅん」


 頷くと、宗谷は怯えながら言った。


「みんな僕の事嫌ってるし……。あんな事があったから、今度は僕がイジメられる番だと思って……」


 チラチラと宗谷がこちらを見る。


「それで怖くて学校休んでたんだ?」


 こくりと宗谷が頷く。


 もはや外面を取り繕う気力もないらしい。


「斎藤君って案外臆病なんだね。それなのに、なんで不良の真似事なんかしてたの?」


 不思議そうに未来が尋ねる。


「……だって、そうしてないとイジメられるでしょ?」

「そうかなぁ?」

「わからないのは委員長が恵まれてるからだろ」

「それを言われると言い返せないけど……」

 

 複雑な表情で未来は言う。


「まぁなんだ。目立つ奴は狙われやすいって話だろ。不良共は群れたがるしな。仲間になるか、敵になるか。選びたくもない二択を押し付けられる事もあるってこった」

「わかるの九頭井君?」


 驚いた顔で宗谷が言う。


「そういうのってどこにでもあんだろ」


 小学校でも中学校でも、規模や形は違えど似たような出来事は周りにあった。


 当然高校でもあって、きっと大人になってもなくなりはしないのだろう。


 まるで役割だけが先に用意されているように、誰かがイジメる側に立ち、別の誰かがイジメられる側に立たされる。


 イジメられない唯一の方法はイジメる側に立つ事だ。


 宗谷のような人間がイジメる側に立ったのには、そんな心理があったのかもしれない。


「……僕のいた中学校はイジメが酷かったから。部活に入ってる内は大丈夫だったけど、怪我で引退したら仲間だと思ってた子達とも疎遠になっちゃって……」

「イジメられたか」


 ううんと宗谷が首を振る。


「イジメられそうになったけど、その前に卒業できたから……。でも、この通り僕って臆病だから、高校生になったら絶対イジメられると思って不良の振りしてたんだ……。そしたら吉田君達が友達になってくれて……。舐められない方法とかも色々教えてくれて……」

「悪の道に染まってしまったかぁ」


 困り顔で未来は言う。


「被害者ぶってるけどよ、イジメられたくなくてイジメる側に回りましたってだけの話だろ。それでイジメられても自業自得だろうが」

「……その通りです……う、うぅぅ……」

「また泣かせるー」


 咎めるように未来は言うが。


「泣いたから許される話かよ」

「そうじゃないけど……。っていうか、九頭井君はもう許してるんじゃないの?」

「……まぁそうだが。それはそれとしてこいつのヘタレた根性が気にくわねぇ」

「ひぃっ!? や、やっぱり九頭井君は僕をイジメに来たんだ……」


 そう誤解されても仕方がない。


 だが、安易に許してやるのも違う気がする。


 どうしたもんかと思っていると。


「そうじゃないよ! それだけは違うから! むしろ逆で、九頭井君は斎藤君の事学校で庇ってたんだから!」

「え? 九頭井君が?」


 驚いた様子で宗谷が言う。


「別に庇ってねぇし。あいつらのやり口が気に入らなかっただけだ」

「つまり庇ったって事でしょ?」


 時継はコメントを控えた。


「あいつら?」

「吉田君と真姫ちゃん。実はね――」


 未来は宗谷が休んでいた間の出来事を話して聞かせた。


(……そんなの聞かせたら逆効果だろ)


 案の定宗谷の顔が青くなる。


「そんな……。吉田君と真姫ちゃんが……。友達だと思ってたのに……。そんな事になってるんだったらますます学校になんか行けないよ!」

「本当の事言ってみんなに謝ればいいよ! そしたらきっとみんなも許してくれるはず! 九頭井君もそう思うでしょ?」

「いや全然」

「え~! なんで!?」

「クラスの連中が委員長みたいに頭ん中お花畑の善人ならいいんだろうが。実際はそうじゃねぇ。今まで散々嫌がらせしてきた不良野郎が無様に土下座して泣き入れたんだ。ここぞとばかりに仕返しすんだろ。むしろしなかったらこいつの味方だと思われて一緒にイジメられるだろうな」

「……おしまいだ。僕の学校生活は……。こうなったらもう、転校するしかないよ……」


 絶望の表情で宗谷が頭を抱える。


「……それが分かってて九頭井君はあんな事したの?」

「なわけあるか。まさかこいつがここまでヘタレだとは思わねぇだろ。てか、普通に学校来てりゃなんやかんやで落ち着く所に落ち着いたんだ。それをこいつが五日も休むからややこしくなったんだろ」


 宗谷に人並みの根性があればここまで酷い事にはならなかったはずである。


 悪者が弱みを見せたら再起不能になるまで叩くのがその他大勢の習性だ。


 それをわかっているから、吉田達も宗谷を切ったのだろう。


「……そうかもしれないけど。それだと私達も困るわけでしょ?」


 含み有り気に未来は言う。


「なにが言いたいんだよ」


 まぁ、助けろと言いたいのだろうが。


 そんな遠回しに言われて助けてやるほどお人好しではない。


「私は斎藤君の事助けたい。クラスメイトだし、悪い子だったかもしれないけど、流石にこのままじゃ可哀想だよ。もとはと言えば私のせいだし、ていうか私は二組の委員長だし! 九頭井君は嫌かもしれないけど、私は助けようと思う! っていうか助けなきゃ九頭井君にも迷惑かかっちゃうし!」


 予想に反して、未来の言葉はただの意思表明だった。


(……だから、なんでそこで素直に助けてって言わねぇんだよ)


 それはそれでムカつく時継だった。


「どうやって」


 代わりに意地悪な質問が口をつく。


「それは……わかんないけど。とにかく助けるの! 私の友達だって事にするとか! 私友達多いし、友達の友達に意地悪する人はいないでしょ?」

「友達の友達だから意地悪する奴もいるだろ。てか、そんな事したら余計に拗れるぞ。下手すりゃ委員長の株も下がってイジメられる。斎藤の奴、委員長にはちょっかい出してなかったからな」


 恥ずかしそうに宗谷が俯く。


 まぁ、大抵の男子は未来に憧れているから当然と言えば当然だ。


「それは嫌だけど……。だからって見捨てられないよ! そんな人に私はなりたくない」


 決意の表情で未来は言う。


 中身の伴わない空っぽの決意だが。


「どんだけお人よしなんだよ」

「お人好しじゃないもん。わがままなだけ。私がしたくないからしないの。九頭井君には迷惑かけちゃうかもしれないけど……。嫌だったら、私の事は見捨ててもいいからね」


 途中で未来は視線を逸らした。


「そうしてやりたい所だが、生憎委員長は大事な金蔓なんでな。まだ食べてない和菓子もいっぱいあるし、こんな所で手を切るつもりはねぇよ」

「……そっか」


 ホッとしたように未来が微笑む。


「それじゃあそういう訳だから、斎藤君明日はちゃんと学校来てね。大丈夫、なにがあっても私が守ってあげるから!」

「……無理だよ。そんな事に愛敬さんを巻き込めないし……」

「今更善人ぶっても遅いんだよ! と言いたい所だが、改心しねぇよりはマシだわな」


 やれやれと肩をすくめる。


「言っとくがこれはお前の為じゃねぇ。勿論委員長の為でもねぇ。俺の為、ひいてはこれから入って来る予定の大金の為だ」

「「え?」」


 キョトンとする二人に時継は言った。


「俺がどうにかするって言ってんだよ」


 ここだけの話、最初からそのつもりの時継だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る