第29話 分割してもいい分量だけど早くダンジョン攻略回やりたいなって

「つーわけでこいつを俺の舎弟見習いにして配信手伝わせる事にした」


 今日も今日とて始まりの街の外れの野原。


 †unknown†が指さす先にはトリコロールカラーの聖騎士チックな課金アバターを装備した卍槍矢卍というキャラが立っている。


 勿論中身は宗谷である。


 報復イジメを恐れて不登校になった宗谷を学校に来させるにはイジメられなくすればいい。


 方法は色々あるだろうが、手っ取り早いのは現状トップカーストに君臨している時継の身内に入れる事である。


 とは言え、ヘタレだろうが似非だろうがこれまで散々不良ぶって周りに迷惑をかけてきた宗谷をそのまま身内にしてしまっては時継も周りも納得しない。


 そういうわけで舎弟という形にした。


 それで色々禊をやらせれば周りもその内許してくれるだろう。


 炎上した配信者なんかがよく使う手である。


 幸い宗谷がAOをやっているのは知っていたので、早速その日の晩の配信に呼び出してリスナーに紹介したというわけだ。


 勿論未来の許可は取っている。


 取るまでもなく未来も時継さえ許すならと同じような事を考えていたようだったが。


 ちなみに宗谷の取り分は発生しない。


 あくまでも未来チャンネルのサポートスタッフではなく、時継の個人的な舎弟という扱いである。その代わり宗谷は以前吉田達と配信を行っていた『RE:0から始める最強卍ダンジョン配信! チャンネル』で枠を取っている。


 まだ収益化は出来ていないが、そちらで稼ぐ分には時継の知った事ではない。


『卍槍矢卍www。名前から漂うDQN臭www』

『卍槍矢卍なのになんで剣と盾なんだよ』

『不良野郎が仲間になるとかクソ展開望んでないんだが』

『九頭井君と未来ちゃんのほのぼの配信を楽しみにしてました。三人目は必要ありません』


 案の定コメントは荒れていた。


 ただでさえ新規メンバーの加入は荒れやすい。


 初期の人数が少なければなおの事だ。


 その上宗谷は時継とひと悶着あった因縁の相手である。


 リスナー的にもざまぁされた不良野郎という認識だろうから、良い印象は持てないだろう。


 登録者数も目に見えて減り、低評価の数も増えている。


(まぁ、当然だわな)


 こうなる事は時継も想定していた。


 それでも宗谷を舎弟にしたのは優しさなんかでは勿論ない。


 全ては愛敬堂ミライチャンネルを伸ばす為。


 ひいてはそれによって生じる収益の為だ。


 幸運と戦略と未来の可愛さでどうにか四万人まで登録者を増やしたが、最近は育成雑談が続いたので勢いが衰えている。


 登録者数を伸ばすにはなんにつけても勢いが大切だ。


 勢いがなければ折角面白い配信をしても注目が集まらずに見逃されてしまう。


 オーガ窟攻略はこのチャンネルにとって一つの節目になるだろうから、それまでになにか目立つ事をやって注目を集めておきたかった。


 悪名は無名に勝るではないが、注目を集める上で炎上ネタは有効である。


 世の中には炎上ネタというだけで知らない配信者の切り抜きを見る人間が結構いるものなのだ。


 それが最近AO配信界隈を騒がせている期待の新人ともなれば猶更である。


 切り抜きの再生数が上がれば動画サイトのオススメにも出やすくなり、試しに配信を見てみようというリスナーも増える。


 入口がなんであろうが、配信の面白さで登録させてしまえばこちらの勝ちだ。


 他にも、配信の勢いを二人で保つのは難しいというのもある。


 売れている配信者のほとんどは積極的にコラボを行い、新たな関係性を構築して新鮮味を出している。


 今の所は二人配信でも好評だが、どんなものだって数をこなせば飽きが来る。


 その前に三人目を入れて配信バリエーションを増やすのは悪くない。


 なにより、ここで宗谷を舎弟にしておけば学校でも配信でも色々と楽が出来そうだ。


 時継はAOオタクだが廃人ではない。むしろ、散々遊び尽くして半引退を決め込んだエンジョイ勢である。


 他にもやりたいゲーム、見たい漫画やアニメが沢山ある。


 ここで宗谷を育てておけば時継の代役をやらせてこちらは遊んでいるだけで金が入るようになる。


 高校生にして夢の不労所得生活だ。


(そういうわけだから、断じてこれは慈善でも偽善でもねぇ。百パーセント俺の為だ)


 誰にともなく言い訳する。


 一つ不安があるとすれば、宗谷に配信者の素質があるかどうかだ。


 ある程度はカバーしてやるつもりだが、あまりにも無能では流石に持て余す。


 いざとなったらキリの良い所でフェードアウトさせればいいが。


 それを見極める上でも今回の配信は大事な回だった。


(……三人目が務まるかはリスナーも気にしてる所だろうしな。ここが男の見せ所だぞ、斎藤)


 そんな思いで宗谷に話題を投げたのだが。


「………………」


 卍槍矢卍はピクリとも動かず、宗谷が話す事もなかった。


『ミュート芸か?』

『早くなんか喋れよゴミ野郎!』

『リスナー待たせんな』


 一瞬でコメント欄がヒリつく。


 一度ケチのついた人間にはとことん厳しいのがネット界隈だ。


 その辺は宗谷にも覚悟しておくように説明しておいたのだが。


(……あの野郎ヘタレやがったな)


 やれやれと溜息をつく。


「みんな落ち着いて~。九頭井君が事情説明してくれたでしょ? 私達色々あったし、きっと緊張してるんだよ。だよね、宗谷君」


 歌のお姉さんみたいなノリで未来がフォローを入れる。


 ムードメーカーを自称するだけあり、ある程度はリスナーも大人しくなるが、厳しいコメントがなくなる事はない。


 ちなみに宗谷呼びは本人の希望だ。


 キャラ名と同じだし、万が一家族に迷惑がかかると嫌だから本名バレはしたくないという事らしい。


 未来のクラスメイトで顏出し配信もしているので、そんなものは探ろうと思えば幾らでも探れるのだが。


 なんにしろ、宗谷の反応はない。


(……第一印象は大事だから元気に舎弟っぽく挨拶しろって言ったのによ)


 宗谷も根っからの悪ではない。


 だからこそ時継も手を差し伸べてやる気になったのだ。


 時継の舎弟でもあるわけだし、下手に出れば応援してくれるリスナーは必ずいる。


 そんな感じで配信前に散々励ましたのだが、この期に及んでヘタレたらしい。


 まぁ、それも想定の内ではある。


(プランBといきますか)


 頭を切り替えると、時継はクソガキボイスで言った。


「あーあーあー。お前らがイジメるからうちの舎弟見習いがビビっちまったじゃねぇか。さっきも言ったが、こいつは不良ぶってるだけのヘタレ野郎なんだよ。別にクラスでデカい顔してたってだけでそこまで悪い事してたわけじゃねぇし。てか十代のクソガキだぜ? お前らも大人ならもうちっと優しくしてやれよ」


『クソガキにクソガキって言われてるwww』

『イジメ野郎に年齢とか関係ねぇだろ』

『ボク子供部屋おじさんだから関係ない』

『頑張れ卍槍矢卍。俺は応援してるぞ!』


「ほら宗谷君! 応援してくれてるリスナーさんもいるんだよ! 過ぎた事はしょうがないし! ごめんなさいして一緒にやり直そうよ!」


 宗谷は答えなかった。


 代わりに裏で『ミュートにして』とチャットが飛んでくる。


「なんかヘタレが内緒話したいとか言ってるから行ってくるわ」


 リスナーに一言告げて配信をミュートにする。


「なんだってんだよ」


 宗谷がミュートを解く。


 聞こえてきたのは押し殺したような泣き声だった。


「おいおい、また泣いてんのかよ」

「えぐ、えぐ、だ、だってぇ……」

「流れ的に荒れるのは仕方ねぇだろ。てか俺だってリスナーには普段からボロクソに言われてるし。そういうもんだと思って聞き流しとけ。てかお前だって配信やってたんだろ? この程度で凹むなよ」

「う、うぅ……。だって、僕達のチャンネルは愛敬さんの所みたいに人多くなかったし……。こんなに荒れたのも初めてで……」

「まぁそうだろうけどよ。とにかく表でなんか喋れよ。後の事は俺と委員長で上手くフォローしてやっから」

「……ごめん。でも、やっぱり無理だよ!」

「おいおい、今更それはねぇだろ」

「だって! さっきから僕のせいで登録者が減ってるんだよ!? 低評価も沢山ついてる! 九頭井君と愛嬌さんが頑張ってここまで育てたチャンネルなのに、僕のせいで台無しになんか出来ないよ!」

「……宗谷。お前、そんな事考えてたのかよ」

「……だって。悪いのは僕で、九頭井君も愛敬さんもなに一つ悪くないんだもん! 僕の事はもういいから、放っておいて……」

「放っておいてって、それで学校来れるのかよ」

「……無理だと思う。でもいいんだ。お母さんに正直に全部言うよ……。九頭井君には絶対に迷惑かけないから……」


 どうやら転校するつもりらしい。


 アホらしくて溜息しか出ない。


「あのなぁ宗谷。こうやってリスナー待たしてる時点でクソ程迷惑かかってるんだが?」

「そ、それはごめん! 本当にごめんなさい!」

「ごめんじゃ済まねぇよ。ここまでお膳立てして舎弟だって紹介した俺がバカみてぇじゃねぇか。まぁ、お前が俺達の邪魔したいってんなら大成功だろうけどな」

「違うよ! そんなつもりじゃなくて! 僕だって九頭井君の配信は見てたし……。面白くてかっこよくて声が出るくらい笑えてリスナーさんにも人気があって……。僕もあんな風になりたいって思ってて……。それなのに、あんな事しちゃって本当にごめん。九頭井君にクラスの地位を取られるのが怖かったんだ……。僕なんか、不良のふりして怖がられてるだけの嫌われ者だったのにね……」

「まったくもってその通りだな」

「……ぁう」

「けど、反省したんだろ?」

「……ぅん。すごくした。ずっと辛かったし、やっぱり僕にはああいうのは向いてないなって思ったよ……」

「向いてる奴ってのも嫌だが。とにかくだ。反省してるんならそれでいいだろ」

「……よくないよ。リスナーさんだって怒ってるし……」

「なるほど。なら、リスナーが許してくれりゃ問題ないわけか?」

「……まぁ、そうだけど。でも、みんな怒ってたし、いくら口先だけで謝ったって許してくれるはずないよ……」

「と、うちの舎弟は言ってるが。どうなんだリスナー?」


 ミュートを解除して時継が尋ねる。


『許した』

『うるせぇ、行こう!』

『ちゃんと言えたじゃねぇか』

『謝れて偉い』

『なんか思ってたのと違うくね?』

『むしろ九頭井の方が悪者っぽいよな』


「黙れリスナーBANすっぞ」

「ちょ、待ってよ九頭井君!? なんでリスナーさんに僕の声が聞こえてるの!? ミュートにしてってお願いしたのに、嘘ついてたの!?」


 半泣きで宗谷が叫ぶ。


「あぁ? 俺はちゃんとミュートにしてたぜ」

「だったらどうして……」

「ふっふっふ。残念だったね宗谷君! 三人ボイチャだから私もミュートにしておかないとリスナーさんに丸聞こえなのだよ!」


 腕組みをした未来が悪い顔で白状する。


『未来ちゃんナイス!』

『おじさん泣いちゃった』

『今日のMVPだな』


「えっへん! と言いたい所だけど、九頭井君から宗谷君の声配信に乗せとけって指示が来てたんだよね」

「バカ、言うなっての」

「なぁに~? また良い人だってバレちゃって恥ずかしい? もう、本当に九頭井君ってば良い人なんだからぁ~」


 嬉しそうにニコニコしながら未来が言う。


「なわけねぇだろ。ただでさえ空気な委員長に気を使って手柄を譲ってやったんだよ」

「あぅっ!? それは薄々気づいていたけれども! いいもんいいもん! 私の出番はこれからだもん! なんと言っても今日はオーガ窟攻略の為につよ~いペット捕まえに行く日なんだから!」


『マジで!』

『ダンジョン攻略の為のダンジョン攻略か』

『ネトゲあるある』

『カコちゃんもうそんなに育ったの!?』


 コメントが一気に活気づく。


 宗谷のお陰で勢いがついた。


 減少した登録者数はいつの間にか回復し、低評価も減っている。


(前振りは上々だな)


 先程の下りは間違いなく切り抜きに上がるだろう。


 序盤に撮れ高が出来ると配信的にも安心である。


「そういうわけだ。予定通り舎弟には死ぬほど働いてもらうぞ。てかこっちはそのつもりで†unknown†を調整してきたんだ。今更抜けられると割とマジで困る」


 配信画面に映る宗谷が顔を覆う。


 溢れる嗚咽を歯を食いしばって飲み込むと、ゴシゴシと赤くなった目元を拭う。


「……本当にいいの九頭井君? 僕なんかを舎弟にして……」

「知るかよ。やましい気持ちがあるんなら精々役に立って見せやがれ」


 画面の中の宗谷がハッとして、子犬のような笑顔を浮かべる。


「……っ! うん! 僕、精一杯頑張るよ!」


『萌えた』

『これは良いBL』

『クズ×槍てぇてぇ』

『おいこいつのチャンネル見たか? クソイケメンだぞ!?』

『リアル男子高校生のいちゃつきが見れるチャンネルがあるってマ!?』


(食いついたな)


 内心で時継はほくそ笑んだ。


 宗谷は見ての通りのイケメンだ。


 上手く使えば女性リスナーを大幅に増やせると踏んでいた。


(なんだかんだ言ってみんな顔の良い奴に弱いからな)


 未来だって最初は顔で売れたのだ。


 Vチューバーなんかの例もある通り、配信をやる上で見た目が良いに越したことはない。


(……委員長もやっぱこういう奴の方が好きなのかな)


 ふとそんな考えが頭を過った。


 何故かなんて分からない。


 どこからともなく鳥が飛んでくるように、道を歩いていたら勝手に車が横切るように、時継の意思とは関係なしにふと浮かんだのだ。


 なんにせよ、コメントは大盛り上がりだ。


 しばらくは宗谷に出番を譲ってやろう。


 そう思って黙っていると。


『ありがとね、九頭井君』


 未来が個人チャットを送ってきた。


 なんとなくドキッとしながら返事を打ち込む。


『なにがだよ』

『色々全部』

『礼を言われる筋合いはねぇ。自分の為にやっただけだ』

『そういう所』

『なにがだよ』

『好きだなって』


 心臓がギュッとした。


『人として尊敬出来るなって』








『うるせぇ』


 たった四文字に随分と時間がかかった。

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