第30話 お待たせダンジョン回(入口

「それで九頭井君。強いペットを捕まえに行くって言ってたけど今日はどこに行くの?」


 宗谷の紹介が一段落すると未来が尋ねる。


 新鮮なリアクションを引き出す為詳細な内容は二人には伏せていた。


「そいつは行ってみてからのお楽しみだ」


〈手軽で強いペットの定番と言えば竜牙峰ドラゴンパスのドレイクだろ〉

深い森ディープフォレストなら荷虫バッグビートルついでに戦士蟻ウォーリアアント捕まえられる〉

〈オーガ相手なら属性持ちのモンスターじゃない? 炎獄のヘルキャットとか〉


 久々のダンジョン配信にコメントも盛り上がる。


 ともあれ時継はルーンブックを開き、予め座標を記憶させておいた場所にポータルを開いた。


 ちなみにルーン本とは、座標を記憶させたルーンを収納するアイテムだ。このアイテムはブレス属性という特殊な効果が付いていて死んでも落とす事はない。


 AOの世界は広大なので、『ダンジョン集』とか、『オススメ狩場』、『観光スポット』や『オススメのお店』といったタイトルのルーン本を販売しているプレイヤー商店なんかもある。


 ルーンのタイトルはプレイヤーが書き換えられるので、中には商店と称して危険な沸きスポットや裏世界のPKギルド拠点前に出るなんて事もあるので購入の際は注意が必要である。


「わぁ! 山雪だ! こんな所もあるんだね!」


 ポータルをくぐった未来がはしゃぐ。


 辺りは凍てついた岩肌が壁のようにそそり立つ真っ白い銀世界だ。


「えっと、ホワイトランドのアイスパレス前かな?」


 辺りを見回して宗谷が言う。


「お、わかるか」

「前に二人と白竜ホワイトウィルムを捕まえに来た事があるから……」


 宗谷の表情が曇る。


 あの二人とは吉田と真姫の事だろう。


「二人も調教師ティマーでさ……。僕は壁役で……」

「聞いてねぇし興味もねぇ」

「……ごめん」


〈おい九頭井、卍槍矢卍をイジメんなよ〉

〈舎弟だろ。責任もって可愛がれ〉

〈てか未来ちゃん勝手にどっか行ってるぞ〉


「はぁ!?」


 ハッとして辺りを見るがカコの姿はない。


「おい! 委員長! 勝手にうろつくと死ぬぞ――」

「いやあああああ! だじげでええええ!」


 騎乗動物のラマに乗ったカコが戻って来る。


 後ろにはぞろぞろと白い竜巻のような雪の精スノーエレメンタルを引き連れていた。


 ここはホワイトランドからアイスパレスに入る際に通過する岩山に囲まれた一本道の途中なのだが、ホワイトランド側に逆走してモンスターの沸きエリアに入ったらしい。


「なにやってんだよ……」


 今回は理由があって三人とも騎乗生物に乗っている。


 カコは自分で調教したラマ(可愛いので女の子に人気だ)。


 卍槍矢卍は鉄製の鎧を着たスワンプドラゴン(一部の騎乗可能な生物は鎧を着せる事が出来き、プレイヤーの受けるダメージを少量肩代わりしてくれるようになる)。


 †unknown†は9年の長期プレイ報酬で手に入るエセリアル騎乗生物の白熊だ(エセリアル騎乗生物は専用の召喚像を使用する事で騎乗状態になる。騎乗解除するとアイテムに戻るのでペットとして使役する事は出来ない。召喚に数秒の詠唱時間が必要だが、ブレス属性がついていていつでもどこでも騎乗できるので便利である)。


 なぜ高校一年生の時継が9年報酬の白熊を持っているのかリスナーは騒いだが、時継は内緒にしておいた。


 言うまでもなくその方が配信が盛り上がる。


 なんにせよ、ここでカコのラマが殺されるとペットの調達に支障が出る。


 カコは蘇生すれば済むが、親密化前のラマは幽霊にならないので蘇生できないのだ。 


 街に戻って厩舎で馬を買えば済む話ではあるのだが、それでは配信のテンポが悪くなる。


 そういう訳で時継は『透明化』の魔法を詠唱キャストするのだが。


「僕に任せて!」


『こっちを見やがれ! 雑魚野郎!』


 カコを庇うように卍槍矢卍が飛び出す。


 周囲に放たれた赤いオーラは『騎士道』スキルの『挑発』のエフェクトだ。


 判定の成功した相手のタゲを自分に移し、挑発状態の相手からのダメージを減衰させる効果がある。


『魔法』が『魔法書』の呪文を使用するように、『騎士道』は『聖書』の技を使用する。ただしこちらは戦士向けに調整されており、秘薬の消費や詠唱中のダメージによる妨害は受けない。その代わり、効果はキャラクターのカルマ値の影響を受け、使用にはマナの他に教会にゴールドを奉納して得られる寄付ポイントが必要になる。


〈卍槍矢卍どうしたwww〉

〈急にイキるじゃんwww〉

〈¥5000 声に出して読んで欲しいです〉


「えぇ!? あの、その、こ、こっちを見やがれ! 雑魚野郎ぉ!」


 雪の精の群れと戦いながら真っ赤になった宗谷が震える声で台詞を言う。


〈可愛いじゃん〉

〈イケ面の上にイケボかよ〉

〈¥10000 感謝〉


「ご、ごめんなさい! その、前の配信の時は不良キャラって設定でやってて……。ほ、本当の僕は全然そんなキャラじゃないので!? 次までには直して来ますからぁっ!?」


〈¥5000 直さないで〉

〈¥3000 そのままの君でいて〉

〈¥20000 むしろもっと強い言葉聞きたい〉


「どうして!? うわぁ!?」


 スパチャ連打に動揺したのか回復の手が止まって卍槍矢卍が死にかける。


 時継はすかさず『大回復グレーターヒール』の呪文で卍槍矢卍を癒した。


「手ぇ止まってんぞ新入り」

「あ、ありがとう師匠! 危うく死ぬ所だったよ!」


 宗谷が嬉しそうに眼を輝かせる。


「師匠だぁ? 変な呼び方するんじゃねぇよ!」

「だって僕、九頭井君の舎弟だし……」

「舎弟であって弟子じゃねぇだろ!」

「じゃあ兄貴かな……」


 口にして、宗谷はニッコリと甘い笑みを浮かべる。


「兄貴! いいね! 実は僕、ずっとお兄ちゃんが欲しいと思ってたんだ!」


〈¥3000 尊い〉

〈¥5000 震える〉

〈¥50000〉


「わかるよリスナーさん。私も仲良しな二人を見てるとなんかよくわかんないけどすっごく胸がほにゃほにゃするもん……」


 うっとりと胸を押さえて未来が言う。


〈委員長帰ってこい!〉

〈女リスナー自重しろ!〉

〈BL展開とか望んでねぇから!〉


 コメントがざわついたりもしつつ。


「だぁ! 委員長まで気持ちわりぃ事言ってんじゃねぇよ! 宗谷も! 俺はお前の兄貴じゃねぇ! 舎弟ってのはあくまで建前だし、そもそも同い年のクラスメイトだろうが!」

「でも九頭井君、大人っぽいし頼りになるし……。僕としては兄貴って呼ばせて欲しいんだけど、ダメかなぁ?」


 子犬のような目で宗谷が小首を傾げる。


「ダメに決まってんだろ! そういうヘタレた事言ってるから性悪共に利用されるんだよ! 男なら舎弟なんか受け入れてるんじゃねぇ!」


〈まともな事言うじゃん〉

〈正論だな〉

〈いやそもそも舎弟とか言い出したの九頭井だろ〉


 そんな事言われても、時継だってノリで決めただけである。


「じゃあ、九頭井君の事なんて呼んだらいいの?」

「今まで通り九頭井でいいだろ!」

「え~……。呼び捨ては恐れ多いよ……。九頭井君は僕の事名前で呼んでるし、出来れば九頭井君の事名前で呼びたいんだけど……」


 チラチラと上目遣いを向けて来る。


 女リスナーと一部の男がキャーキャーコメントしているが、時継的には鳥肌が立つだけである。


「そんなもん好きにすればいいだろ!?」


 悪い奴ではないのだろうが、宗谷と話しているとなんだか恥ずかしい気持ちになる時継だ。


「本当!? じゃ、じゃあ、時継君って呼んでいい?」

「だから、好きにしろって!」

「じゃああだ名は? トッキー! 僕の事もソーヤンって呼んでいいから! 部活の時はみんなそう呼んでくれてたんだ!」


 謎のスパチャが飛び交いまくる。


 普段なら嬉しいはずが、今日の時継は微妙な心境だ。


「それはやだ。なんかキモいし。てか俺達まだそこまで仲良くねぇだろ!」


 ガーンと宗谷が落ち込む。


「そ、そうだよね……。トッキーは流石に調子乗り過ぎだよね……。友達になれるかもって思ったら浮かれちゃった……。あ、あははは……ぐすっ」

「だぁ!? そんな事で泣くなよ!? これから仲良くなりゃいい話だろ!?」

「だよね! これからだよね! ありがとう時継君!」


 などと言いつつ、キッチリ雪の精を始末する。


 以前白竜を捕まえに来た事があると言っていたが、それなりにキャラは育っているらしい。


「いいないいな~! 良い機会だし、私も呼び方変えちゃおうかな? ねぇ九頭井君! 私はトッキーって呼んでもいい?」


 時継の心臓がピョンと跳ねた。


「だ、だから、好きにすりゃいいだろ……」


〈あら~〉

〈ニヤニヤ〉

〈嬉しいねぇ? トッキー〉

〈トッキー可愛いよトッキー〉


「うるせぇ! BANすっぞ!」


〈〈〈横暴だ!〉〉〉


 予想外のわき道に逸れながら、三人は雪山に開いた巨大な洞窟、ホワイトランドの中級ダンジョンであるアイスパレスへと進んでいくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る