第42話 一級建築士

「うえぇええ!? お家買うのに予約がいるの!?」

「ここは土地を売るだけじゃなくハウジング代行やモデルルームの内見なんかもやってるからな」

「時継君……。僕達にはこのお店はちょっと早いんじゃ……」


〈普通に門前払いだろ〉

〈本店は一等地しか扱ってないって噂だし〉

〈そもそも9Mじゃ最小サイズが買えるかも怪しいんだが〉


「まぁ見てろって」


 事もなげに言って甲冑の店員と対峙する。


「予約はないがおたくのギルマスと知り合いだ」


〈マジかよ〉

〈KOLの時といい何者なんだよこいつは〉

〈だから有名商人の裏垢だろ〉


『証拠はおありですか?』


 即座に店員が言い返す。


『お客様を疑うわけではありませんが、昔からその手の嘘を言う輩が多いもので』


「†unknown†が来たって言えばわかる」


『少々お待ちください』


「……なんかドラマみたい」

「……だね」


〈悔しいけどかっこいいわ……〉


 時継が得意気に鼻を鳴らす。


 そして少し待ち。


『そんな奴は知らんとの事ですが』


 カクンと時継の肩がコケた。


「トッキー?」

「えっと、その……もしかして社長さんが変わったとか……」


〈これはかっこ悪いwww〉


「ぐぬぬぬ……。おいアネハ! 惚けた事言ってるとお前の恥ずかしい過去話ここで暴露すっからな!」


『あ、それなら証拠になりそうですね』


「話をしよう。あれは今から八年前、俺がまだ小二だった頃の事だ――」

「うわああああああああああああああああ!」


 遠くからアニメ声のゲーム内ボイチャが近づいてくる。


 バタン! と入口の扉を開いて現れたのは眼鏡をかけた緑髪の女エルフである。


「ワイがナー君口説いた話は身内だけの秘密やろがい!?」

「え。この人小2のトッキー口説いたの?」

「あの、僕達配信中なんですけど……」

「うぎゃあああああ!? はめられたあああああ!?」


 アネハが頭を抱えて崩れ落ちる。


「いや、ハメてねぇし。お前が勝手に喋ったんだろ」


『瑞穂不動産本店にようこそ。†unknown†様御一行のご来店を心より歓迎いたします』


 黒甲冑の店員がお辞儀をした。



 †



 通されたのは最上階にある社長室だ。


 広い一室には見るからに高そうなレアアイテムが並んでいる。


〈ボスモンスターの色違いぬいぐるみが揃ってるぞ!〉

〈隅に飾ってある甲冑初期ガードのだし……〉

〈なにそれ。すごいの?〉

〈最初期はタウンガードを地形でハメ殺して装備品ルート出来た。30年物の超レガシー品〉


「ほぇ~……」

「凄すぎて逆に凄さがわかんないね……」


 赤いソファーに縮こまって二人が呟く。


 勿論これもレアアイテムだ。


 元々は入手不可のダンジョン内オブジェクトだった品だが、大昔のとあるイベントで配布された。


 今では大工と裁縫スキルで同じ見た目の物を作る事が出来るが、限定版はアイテム名が悪魔の長椅子デーモンズソファーになっている。


「色違いのボスぬいぐるみは通常品の十倍の値がつく。初期ガード鎧は1Bでも買えないだろうな」

「1B?」

「ビリオン。十億や」

「じゅうううううおくうううううう!?」


 声と一緒にミライがひっくり返って椅子から落ちる。


「だははは! ほんまおもろい嬢ちゃんやなぁ!」

「だろ? ゲームセンスとトーク力は今ひとつだがリアクション芸はかなりのもんだ」

「……宗谷君、これって褒められてるのかなぁ?」

「褒められてるよ。僕なんか褒められるような所一つもないから羨ましいもん」

「なに言うてんねん! お兄ちゃんめっちゃイケメンやんけ! しかも現役高校生! これだけで数字稼げるで!」


 指で輪っかを作ってアネハが熱弁する。


「え。アネハさん、私達の配信見てるんですか?」

「そりゃ半隠居してた古い友達がいきなり配信活動始めたら見るやろ。最初はナー君目当てやったけど、あんたらも中々おもろいで! あとお菓子! 愛敬堂さんの和菓子はほんま絶品や! あんな美味いもんが売れんとはほんま宣伝っちゅうのはバカにできんで」

「ま、毎度ありがとうございます……」

「イケメンだなんてそんな……」


 二人が恐縮する。


〈高一の九頭井と古い付き合って、こいついつからAOやってんだよ……〉

〈少なくとも小二の頃からはやってたわけだろ……〉

〈羨ましい……。おじさんも時間のある学生の頃にネトゲしたかった……〉

〈わかる〉


「無駄話はその辺にして本題に入ろうぜ。単刀直入に言うが、9Mで買える家紹介してくれ」

「アホ抜かせ! いくらナー君でも冗談キツイわ! ここは天下の瑞穂不動産本店やで? そんなはした金で買えるようなちゃちぃ物件扱ってへんわ!」


〈そりゃそうだ〉

〈いくら友達でも礼儀ってもんがあるだろ〉

〈むしろ友達だからこそ適正価格払うべきじゃね?〉


 荒れるコメントに未来も慌てだす。


「トッキー……。気持ちは嬉しいけど、こういうのはやっぱり迷惑なんじゃ……」

「任せろって言っただろ。黙って見てろ」


 ピシャリと言うと、時継は続けた。


「なぁアネハ。なにも俺は友達料金で安くしろって言ってるわけじゃねぇ。そんなのはたかりと一緒だし、商人連中が一番嫌ってる事だ」

「せや! ようわかっとるやんけ!」

「当たり前だろ。何年AOやってると思ってんだ。通すべき筋ぐらい弁えてる。つーわけで、9Mで買える物件紹介してくれ」


 ズコッ! ミライがソファーから落ちる。


「トッキー!? それじゃ結局同じだよ!?」


〈どういう事だってばよ???〉

〈なにが言いたいんだこいつ〉

〈意味が分からん〉


「まぁ、素人共にはわかんねぇか。委員長の為にAOの仕様を説明すると、AOの家は1アカウントにつき一軒と決まってる。つまり、不動産ギルドの扱える物件数の上限は所属しているギルドメンバーの数と同じって事だ。こいつらはこの限られた枠の中で新しい土地を仕入れたり手持ちの物件を売り買いしてる。全部が全部右から左に流れて行けばいいが、中には訳ありで買い手のつかない物件も出てくるわけだ。そこで優しい俺は不良物件に金を払って引き取ってやると、そういう話だ」

「カーッカッカ! 屁理屈上手は相変わらずやな! 確かにナー君の言う通り、そのままじゃお客さんに出せへん訳あり物件は幾らかある」


〈普通に所有権放棄すりゃいい話じゃね?〉


 配信を見ていたのかアネハがキレる。


「ドァホウ! そんなんしたら不動産屋の名折れやろがい! 腐ってもウチのギルメンが選んだ物件や! ちょっとした問題さえ解決すればどれもこれも高値で売れる金の卵ばっかりやっちゅうねん!」

「御託は良いからさっさと紹介しろよ。そっちは不良物件をまっとうに処分できる。こっちは格安のギルドハウスを手に入れる。公平な取引だろ?」

「簡単に言うてくれるけどなナー君、ウチのギルメンが匙投げるような物件やで? 売ってもええけど返品は聞かんで」

「当たり前だろ。なにがあっても自己責任。ってか、それくらいの方が配信のネタになって面白いぜ」


〈確かに〉

〈いや、九頭井だけの金じゃねぇし〉

〈勝手に決めんなよ〉


「わーったわったー。で、そういう感じだけど、二人はどうする?」

「ここでやらなきゃ配信者じゃない! でしょ?」

「僕も愛敬さんと同じ意見だよ!」


 聞くまでもなく、分かり切った答えである。

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