新13話 生首の塔

 その後、花は†unknown†と一緒に忌まわしい我が家に移動した。


 魔法で出したゲートをくぐると、案の定例の赤ネームが待ち構えていた。


『バカが! また死にに来たのか!』

『バカは貴様だ』


 出会いがしらの詠唱を†unknown†が詠唱の早い低位魔法で妨害する。


『なんだてめぇは!?』

†unknown†何者でもない者。貴様にとっては死神だ』


 お互いに呪文を詠唱するが、発動するのは†unknown†の魔法だけだ。


 魔法は詠唱中にダメージを受けると中断される。


 †unknown†は巧みに呪文を使い分け、完全に相手の詠唱を潰していた。


『この程度か。いかにも初心者狩りしか出来ぬ雑魚といった実力だな』

『Ooooo Ooo OOoooO OOo』


 幽霊になると幽霊語しか話せなくなる。


 ただし、霊話スピリットスピークというスキルを持っている場合はその限りではない。


『まぐれだと思うなら試してみるがいい。だがその前に、貴様の首を貰うとしよう』


 †unknown†が赤ネームの身体を解体した。


『なにしてるんですか!?』

『見ての通りだ』


 トレード申請と共に、赤ネームの名前入りの生首が表示される。


『これをやろう』

『……いらないんですけど』

『玄関に飾っておけ。PKにとっては最大の屈辱だ』

『でも……』

『飾っておけ。平穏が欲しいのだろう?』

『……はい』


 悪趣味だと思いつつ、言われた通り玄関先に生首をロックする。


 通常、床に置いたアイテムは時間で消えるが、このように固定しておけば消える事はない。ただし、家の大きさによってロックできるオブジェクトの数には限りがある。


 そうこうしている内にどこぞで蘇生した赤ネームが戻ってきた。


『今度はマジ装備だ!』


 意気込みも虚しく、赤ネームは死体となった。


『どんな装備も実力が伴わなければただの飾りだ』

『Oooo ooOO OOOoo OoOoo Ooo OOOoo』


 めげずに赤ネームが挑戦するが、何度やっても結果が変わる事はない。

 勝負にもならない、一方的な蹂躙である。


『保険金の無駄だな』


 †unknown†が欠伸のエモートを行う。


 アイテムに保険をかける事で死亡しても手元に残るように出来る。


 ただし、一点ごとにゴールドが必要で、装備についた特殊効果や同時にかけている保険の数に応じて金額が増加する。


 そして、保険金は自分を殺した対象、この場合は†unknown†の銀行に入る。


 この赤ネームの場合は、二万程入ってきた。


 それなりに良い装備を揃えているらしい。


 オーガロードを一匹倒すと800ゴールド程手に入るので、割りの良い稼ぎと言える。


『OooOo Oooo Oooooo OOoOoo ooOo OOOOo ooOoo』

『勿論覚えておくとも。貴様がここから立ち去るまでな』


 その日から二週間程、†unknown†は花の家に居座った。


 そして、赤ネームを殺し続けた。


『わかった! 俺の負けだ! もうその子には手を出さないから勘弁してくれ!』

『死ね』


 生首が増える。


『降参だって言ってるだろ!?』

『死体が喋るな』


 玄関は生首のトーテムポールでいっぱいだ。


『許してくれ! 金なら返すから!』

『慈悲はない』


 生首、また生首。


 そしてついに根負けしたのか、ある時家に帰ってみると、隣が更地になっていた。


『思ったよりも根性のない相手だったな』


 呟くと、†unknown†が足元に200万ゴールドの小切手を置いた。


『お金落としましたよ!?』


 慌てて花が声をかける。


『奴から毟り取った保険金だ。元々はお主の金であろう』

『だとしても、貰えませんよ! あたしは何もしてないですし……。これはお礼に†unknown†様が持って行って下さい!』

『生憎、我が銀行は有り余る財でいっぱいだ。その程度の小銭をしまう余裕などどこにもない。いらぬなら捨てておけ。その内塵に還るであろう』


 †unknown†の意図を受け、花は小切手を拾った。


『……ありがとうございます。本当に……。大袈裟だけど、このままじゃあたし、UO嫌いになっちゃうところでした……』

『知らぬ。我はただ、盟友の頼みを聞いたまで。ただの暇つぶしよ』


 †unknown†がゲートを開く。


『どこに行くんですか?』

『ここではない何処かへ』


 別れの時が来たのだと花は察した。


『待ってください! まだお礼が何も!』

『そんなもの、端から期待などしておらぬ』

『でも、なにか、なにかしたいです……』


 このままでは花の気持ちが収まらない。


 詐欺師の仲間を立ち退かせて、お金も半分取り返してくれたのだ。


 なによりも、見ず知らずの自分の為にそこまで頑張ってくれた優しさに報いたい。


『ならば、その何かを未来で待つとしよう。さらばだハナ。縁があれば、また会う事もあろう』

『さようなら†unknown†様! このご恩は一生忘れません!』


 そして花は†unknown†に貰った200万ゴールドで空いた土地に家を増築し、余ったお金を元手にガーデニングを始めた。


 努力の甲斐あって、混沌世界の腐れた沼地にあるその店は、美しい花々の咲き誇る花屋兼カフェとして密かな人気を集めている。


 ネットでの生活が充実するにつれ花のメンタルも落ち着いて、リアルでは恵まれた体格と護身用に習っていた格闘技を活かして、†unknown†のように困っている人を助けたりしている。


 新入生をイジメている不良共をこらしめたり、女の子を強引に口説こうとしているナンパ野郎や痴漢男を成敗したり。


 お陰で学校ではスケバン扱いされているが、花は気にしない。


 他人の目など意にも介さず、自らの正しいと思った事を行う。


 それこそが花の憧れた†unknown†の姿である。


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