第13話 You are dead
キン、コン、カン。
始まりの街近くののっぱらに硬質のパリィ音が響く。
あれから数日、未来は時継の言いつけ通り小動物相手に地道な熟練度上げを行っていた。
ちなみに今日は未来のソロ配信だ。
時継曰く、毎回一緒だと特別感が薄れるらしい。
配信には緩急が必要だし、未来のファンに対する配慮もある。
作業配信と割り切って雑談回を設ければ会話に集中できるし、トーク力アップにも繋がるとか。
リスナーもクラスメイトも時継の事を九頭井のクズとバカにしているが、見えない所でしっかり未来をサポートしているのだ。
未来としてはそこの所をもっとみんなに知ってもらいたいのだが。
「やめろやめろ! 折角のヒールキャラが壊れるだろ! 俺は金貰って仕事してるんだ。余計な事すんなっての!」
と怒られた。
これもプロレスの為だという。
言いたい事はわからないでもないが、未来としてはなんとなくやましさを感じてしまう。
(って、ダメダメ! 九頭井君は私と愛敬堂の為に憎まれ役を頑張ってくれてるんだから! 登録者数を増やして収益アップさせて九頭井君の取り分を増やすのが私に出来るお礼だよね!)
そういうわけで未来はスキル上げをしながら苦手なソロ雑談を頑張っていた。
「それではこの辺で皆さんお待ちかねのオヤツタ~イム! 今日はこの前の配信で九頭井君が食べてたフルーツかりんとうを紹介しま~す!」
〈よ、待ってました!〉
〈あれ気になってたんだよな~〉
〈九頭井のバカ何食ってるか言わねぇんだもん。サポートスタッフ失格だろ!〉
厳しいコメントも見えるが、お陰でいつもよりも宣伝コーナーが盛り上がっているように感じる。
みんな時継の食べていたお菓子が気になっているのだ。
これも計算通りだとしたら大したものである。
「じゃじゃ~ん」
予め用意しておいたお皿を机の上に移動させる。
黒色のごつごつした器にはフライドポテトのような細身のかりんとうが焚火みたいに詰んである。色はオレンジ色、クリーム色、茶色の三種だ。
「オレンジ色のはオレンジピール、クリーム色のはレーズン、茶色のはドライアップルがまぶしてあるんですよ」
そう言って未来はオレンジ味のフルーツかりんとうを一口齧った。
ボリッ、ボリッ、ボリッ。
さっぱりとした柑橘系の爽やかな風味が口いっぱいに広がる。
オレンジピールの甘苦さが甘酸っぱいかりんとうを引き立てる。
ピールのクニクニとした食感も歯に楽しい。
〈未来ちゃんの咀嚼音最高~!〉
〈かりんとうってこんな音すんの!?〉
〈ASMRでやってくれ!〉
〈注文しました〉
「『わんこ先生』さんありがとうございま~す♪』」
先日の一件で懲りたので今日はスパチャをOFFにしている。
スパチャは嬉しいが、未来の目的はあくまでも愛敬堂の宣伝だ。
時継は嫌がるかと思ったが、むしろその方がいいだろうと背中を押してくれた。
「スパチャ制限すりゃ代わりにお菓子買うだろうしな。委員長の目的を考えればその方がいいだろ」
というわけで、普段はスパチャをオフにして、時継が一緒だったり特別な配信の際はオンにする事にした。
時継の読み通り、コメント欄には次々購入報告が並び、未来は購入したリスナーの名前を読み上げてお礼を言った。
〈超楽しみだわ〉
〈普通に美味そうだよな〉
〈自分用と布教用と鑑賞用で三つ買った〉
〈アレルギーで食えないから両親に送ったわ〉
〈お洒落だから普通に贈答用としてありだよな〉
「届いた人はよかったらハッシュタグ、#愛敬堂銘菓レビューで呟いて下さいね!」
〈は~い〉
〈推しにふぁぼして貰えるチャンスだぞ!〉
この辺の宣伝方法も時継の入れ知恵である。
その為にわざわざ未来は愛敬堂ミライチャンネルのツイッターアカウントを開設した。
「配信とか宣伝だけじゃなく日常ツイートとか自撮りなんかも投稿しとけ」
そのへんの女子高生の私生活なんか誰が喜ぶのかと思ったが、予想外に需要があるようでフォロワー数の増加は悪くない。
配信は勿論、インターネット界隈の事情にも疎い未来である。
インターネット強者の時継は素直に心強かった。
宣伝コーナーが終わると未来は雑談兼熟練度上げに戻った。
時継と一緒に配信するようになったおかげで未来はちょっとだけ雑談が上手くなった気がしていた。
学校での事や時継の事をネタに出来るようになったからだろう。
本日の時継情報だけで余裕で時間を潰せる。
リスナーも興味があるようでまったりしつつも盛り上がりはまずまずだ。
この手の地味な配信に抱いていた苦手意識も少しずつ薄れていく気がする。
それもこれもどれも全部、時継のお陰だろう。
なんて事をぼんやり思っていたら、銀色の全身鎧に身を包んだ騎士が白馬に乗って近づいてきた。
名前はFalcon。
『高い所から失礼。もしかして初心者さんかな?』
「ぁ、ぇ、ぅ、さ、三か月ですけど、大体そんな感じです!」
〈なんだ? ナンパか?〉
〈始まりの街だし支援したがりの物好きだろ〉
緊張で舌を噛みながらなんとか答える。
未来はこれまでほとんど他のプレイヤーと関わってこなかった。
ネットゲーム自体初めてなのでなんとなく尻込みしてしまう。
時継にもそれは伝えたのだが。
「ネトゲなんか他人と絡んでナンボだろ! 思わぬ撮れ高かに繋がるかもしれないしな。ちょっとやそっとの変人は気にせずガンガン絡んでけ! むしろ変人大歓迎だ!」
なるほどと思う。
実際時継がそうだった。
お陰で登録者数は倍以上だ。
このペースで伸び続けたら一ヵ月以内に夢の一万人突破もあり得る。
そういうわけで未来は積極的に他プレイヤーと交流する事にしていた。
少なくとも、気持ちだけは前向きだ。
『なんとなくそんな気がしてね。どう? スキル上げは順調かな?』
「はい! お友達に教えて貰って良い感じです! 作業みたいでちょっと退屈ですけど」
『ははは。このゲームの育成は大変だからね。丁度僕もサブキャラを育ててる途中なんだ。友人に細工師がいて育成に丁度いいゴーレムが何体かいるんだけど、一緒に叩くかい?』
「ゴーレムですか?」
〈九頭井が小動物じゃ弱すぎて『剣術』は50までしか上がんないって言ってたじゃん〉
〈細工で丁度いい強さのゴーレム作ってサンドバックにすると楽に武器スキル上げれるんよ〉
〈細工は生産系の中でも上げるの面倒だからゴーレム作れる奴はそこそこ貴重〉
〈生産は全体的にマゾいけどな〉
Falconも似たような事を言っている。
どうやら美味しいお誘いらしい。
普通なら知らない人についていくのはご法度だ。
だがこれはゲームで未来は配信者だ。
冒険してなんぼだろう。
『それじゃあ友人に頼んで
『転移門』は『マーク』でログストーンに刻んだ座標を出口とする門を生み出す高位魔法だ。
『リコール』は詠唱者しか移動できないが『転移門』は門なので詠唱者以外も出入りできる。パーティープレイには一人は欲しい超便利魔法である。
Falconの友人は自宅から始まりの街周辺に世界門を出すつもりらしい。
座標は固定なのでそこまでFalconに案内される。
程なくして楕円形の巨大な鏡を思わせる転移門が虚空に現れる。
(……あれ? これってこんな色だっけ?)
始まりの街で他プレイヤーが転移門を使う所を見た事がある。
未来の記憶では青色だったはずだが、目の前の門は鮮やかなワインレッドだ。
〈これヤバくね?〉
〈未来ちゃんちょっと待って!〉
〈こりゃハメられたな〉
〈
配信にはラグがある。
残念ながら未来はリスナーの忠告を目にする前に門をくぐった。
「ば~~~~か! 引っかかったな!」
ボイスチャットに下品な男の嘲笑が轟く。
Falconがハルバードを振りかぶりミライの首を撥ね飛ばした。
『You are dead』
死の灰色が世界を覆う。
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