第14話 悪役(ヒール)は遅れて現れる

「……ぇ?」


 まだ事態を飲み込めていないのだろう。


 未来がマヌケな声を出す。


「Falconさん? なんでこんな事するんですか……」


 未来の声は恐怖で震え、可愛らしい顔はショックで引き攣り、大きな瞳にはじわじわと涙が滲んでいる。


 Falconを操作するプレイヤーは、サブディスプレイに映した未来の配信を眺めて愉悦を感じていた。


 PKに殺されるのは初めてなのだろう。


 あるいは、PKという存在すら知らなかったのかもしれない。


 未来の反応は馬鹿正直に相手を信じる無知で愚かなネトゲ初心者のカモそのものだ。


 仕方ない。


 AOには海外ゲー特有の不親切さがある。


 チュートリアルなどあってないようなものだし、公式サイトの分かりづらい説明なんかわざわざ見る奴はいないだろう。


 公式に代わりここで簡単に世界観を説明する。


 かつてこの世界は秩序と混沌の神々の戦いによって粉々に砕けた。


 それらはバラバラになったジグソーパズルのように個々の世界を形成しながらも、いまだに秩序と混沌の神々の手の中にある。


 例えるなら、同じパズルが鏡合わせのように二つ存在している状態だ。


 一方は秩序の神に守られた平和な世界。


 もう一方は混沌の神が全てを許す無法の世界だ。


 パラレルワールドを想像すると分かりやすいだろう。


 秩序の世界はゲームの仕様で犯罪行為が不可能な作りになっている。


『窃盗』スキルでプレイヤーのアイテムを盗む事は勿論、『攻撃』等の『敵対行為』や、死体からのアイテムの持ち出しも不可能だ(一部例外はあるが)。


 混沌の世界はその逆でなんでもありだ。


 弱い者は殺され、愚か者は騙され、強者の餌になる。


 そうならないように、プレイヤーは最初秩序の世界に生まれ落ちる。


 だから、初心者の中には混沌の世界の存在すら知らない者も珍しくはない。


 仮に知っていたとしても、多くのプレイヤーはPKに襲われる事を恐れて自ら足を踏み入れる事は稀である。


 そんな平和ボケしたウィンプス(秩序の世界でしか活動しないプレイヤー)を騙して混沌の世界に連れ込み無様に殺すのがFalconの、いや、この男のプレイスタイルだった。


「Falcon? 誰だそりゃ?」


 ニヤついた声で告げると男は『解呪ポーション』を飲んで自身にかかった『偽装』の魔法を解いた。


「俺の名はキャスパー。お前と同じ配信者さ。愛敬堂ミライチャンネルの愛敬未来ちゃんよぉ?」


 向こうの配信画面では未来が口元に手を当てて絶句している。


「……えーと、ファンの人って事ですか?」


 キャスパーの肩がガクッとコケる。


「違うわボケ! 俺はお前みたいな流行りに乗っかってダンジョン配信してるにわかプレイヤーを成敗するダークヒーローなんだよ! クソガキがちょっと顔が良いだけでバズって調子に乗りやがって! 地道に頑張ってる配信者に申し訳ねぇと思わねぇのか!」

「そんな……」


 未来はショックを受けると恥ずかしそうに呟いた。


「知らない人にまで配信で顔が良いとか言われると……ちょっと照れちゃいます」

「褒めてねぇよ!? バカかてめぇは!?」

「バカって言った方がバカだって小学校で教わらなかったんですか!」

「教わらねぇよ!? なんの授業だよ!?」

「道徳ですけど!」


〈ワロタwww〉

〈おもしれー女www〉

〈意外にレスバ強いな〉

〈キャスパー! 押されてんぞwww〉


「うるせぇ! とにかく、ここは混沌世界の端っこにある陸の孤島だ! 野良ヒーラーなんか勿論いないし、脱出するには仲間に転移門を出して貰うか船を使うしかねぇ! こんな辺鄙な場所のログストーンを都合よく持ってるわけはねぇし、そもそもここがどこかも分かってねぇだろ? つまりお前は詰みだ! 全ロス確定! 配信も台無し! ざまぁ見やがれ! そして明日には俺の切り抜きがバズって登録者爆増って寸法だ! 悔しいか? 悔しいだろ? ぎゃはははは!」

「ぐやじいいいいいいいいい!」


 ダダダダダダダダン!


 突然未来が凄まじい勢いで台パンを連打した。


「折角イイ感じに盛り上がってたのにこんなわけわかんない人に邪魔されるなんて! 超ぉおおおおおおおムカつくううううううううう!? ぶっ殺したぁぁぁぁぁぁいいい!!!」

「えぇ……、そんな怒る?」


 あまりのキレっぷりにキャスパーはビビった。


 見た目の印象的に、無様に泣き叫ぶだけの弱虫だと思っていたのだ。


「怒りますよ! 確かに私は流行りに乗って配信始めた新参者だけど、自分なりに一生懸命頑張ってるもん! それを意味不明な理由で邪魔してきて! しかも優しい振りして人の事騙して! 絶対許さない! キャスパーさん! 名前覚えましたからね!」

「えぇ……なにこの子、怖いんだけど……」


〈キャスパービビんなよwww〉

〈いやビビるだろ。俺だって怖いし……〉

〈なんかやべー奴に手ぇ出しちまったな〉

〈思わずチャンネル登録したわwww〉


「すんなよ! てめぇらはどっちの味方だ!?」


〈うちの未来ちゃんがすみません……〉

〈普段は清楚で可愛い良い子なんです……〉

〈これ仕込み? お前九頭井の友達だったりする?〉


「しねぇよ!? お前らは自分の巣に帰れ!」


 キャスパーは困惑した。


 いつもならこちらのリスナーが相手のコメ蘭を荒らす流れになっている筈なのだが。


 これでは立場が逆である。


「ええい! こうなりゃてめぇの死体を解体して、人肉オブジェにして配信で晒してやる!」

「えぇ……? そういう趣味の人なんですか? 普通に怖いんですけど……」

「ちげぇわ! AOにはそうやって相手を侮辱する文化があんの!? 誤解を生むような事を言うんじゃねぇよ!」


 海外ゲーだけあってAOはグロ表現に謎のこだわりがある。


 殺した対象の死体をパーツごとに解体できるのだ。


 モンスターは勿論人間も。


 というか、人間が一番細かく解体できる。


 腕や足、頭や胴体、脳や内臓と言った具合に。


 そうして解体したパーツには『〇〇の腕』のように名称がつく。


 PKの頭部には有志のギルドが賞金を出していたりして、街中に用意された晒し台に一定期間飾る事が出来る。


 他にも、有名プレイヤーや配信者のパーツは需要があり、闇の市場で高値で取引される事もある。


 あまりにも独特過ぎる仕様なので、初心者の未来が知らないのも無理はないが。


「よくわかりませんけどやめてください! っていうかもといた街に帰して下さい! え? 普通に転移門から帰れるんですか?」


 向こうのリスナーに教えてもらったのだろう。


 未来の言う通り、転移門は行き来可能なので、帰りたければ幽霊の状態でも帰る事は可能だ。


「じゃあ、帰る前に蘇生して下さい! 今着てるの、育成用に九頭井君に借りてる装備なんです! 借りた物はちゃんと返さないと!」

「するかボケ! 元々帰す気もねぇし、それを聞いたら猶更だろ? どんな装備か知らねぇが、俺様がありがたく使ってやるよ!」


 キャスパーは未来の死体を漁った。


 バックパックの四角いアイコンの中に彼女の荷物が表示される。


「あぁ? なんだよ、たいした事ねぇゴミアイテムばっかりじゃねぇか」


 †unknown†の事はキャスパーも知っている。


 かなりのレアアイテムを持っている様子だから期待したのだが、物理抵抗に特化した防具と自己再生効果がついたアクセというつまらない育成装備だ。


「じゃあ返して下さい! お友達のなんです!」

「や~だよ! ゴミはゴミ箱に捨てといてやるぜ! 残念だったな!」

「ムキイイイ! あったま来た! こうなったら街に戻って蘇生して取り返してやるんだから!」


 蘇生した所で灰色の幽霊ローブ一枚の素寒貧である。


 戻ってきた所で一発即死なのだが。


「帰さねぇって言ってんだろ」


 パチン。


 指を鳴らすモーションと共にキャスパーが魔法を詠唱する。


 赤黒い格子状の壁がミライの霊体を取り囲む。


「なにこれ!? 出れない!? 幽霊ならすり抜けられる筈なのに!?」


 普通の壁や障害物ならそうだろう。


「『死霊術』《ネクロマンシー》の中位スキル、『魂の檻ソウルケイジ』だ。その名の通り、霊体や実体のないモンスターの移動を阻害する。てめぇはそこで自分の肉体がバラされる所を指を咥えて見てるんだな! ぎゃははははは!」


「そんなぁあああああ!?」


 未来の顏が絶望で歪む。


 手間取ったが、なんとかキャスパーはいつもの流れを取り戻した。


 配信は大盛り上がりだ。


 ミライの死体をバラすべくハルバードを振りかぶる


「そこまでだ」


 どこからともなく飛んできた手裏剣がキャスパーの鎧に突き刺さる。


 いつの間に現れたのか、少し離れた所に黄色い長靴とローブを纏った雨の日の小学生みたいなキャラが立っていた。


「てか委員長、ピンチになるの遅すぎだろ。いい加減待ちくたびれたぜ?」


 どこかで聞いたクソガキの声が退屈そうに欠伸をした。

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