第15話 迷惑配信者、怒りのノイズキャンセリング

〈九頭井だああああ!〉

〈†unknown†様来たあああ!!!〉

〈美味しい所で現れやがるwww〉

〈マジでこれ仕込みじゃないの?〉


 時継の登場にコメント欄が一層盛り上がる。


「九頭井君!? 助けに来てくれたの!?」

「配信盛り上げに来ただけだ。あんだけバズればこいつみたいな便乗目当てのこすい三下がちょっかい出してくるのは目に見えてたからな。アニメ見ながら裏で配信流して『隠密ステルス』で隠れて張ってたってわけだ」


 そう言うと、時継はズルルルっとキンキンに冷やしたフルーツ葛切りを啜った。


 勿論これも愛敬堂の和菓子だ。


 葛切りと言えば黒蜜だが、こちらはすりおろした果肉入りの梨ゼリーがソース代わりに使われている。


 爽やかな梨の風味とシャリシャリとした食感が茹だるような熱帯夜を吹き飛ばしてくれる最高の一品である。


〈またなんか食ってやがるwww〉

〈うまそおおおおおお!〉

〈カメラつけろカメラ!〉

〈いい加減お前はチャンネル作れよ!〉


「はいはい分かった分かった。委員長、画面共有よろ」

「ぁ、ぅん。えっと……こうだっけ?」


 未来の配信画面の空きスペースに時継の手元を映した映像が小さく現れる。


 リスナーが煩いのでやり方を教えておいたのだ。


「オーケーオーケー。これで満足か? ちなみにこれは愛敬堂の夏限定商品、フルーツ葛切りの梨味だ。配信終わるころには売り切れてるだろうから、欲しい奴は今のうちに買っとけよ」


〈顏見せろよ!〉

〈クソガキのバストアップとか需要www あるな〉

〈美味そうだけどもうちょっと机綺麗にしろな?〉

〈サイト落ちたんだがwww〉


「あわわわ、皆さん! 売り切れても何日かしたら在庫復活しますから! 慌てないで! っていうか九頭井君! 見てたんなら早く助けてよ!?」

「それじゃ面白くねぇだろ? 相手を騙した気になってバカが調子乗ってる所を騙し返すから盛り上がるんじゃねぇか」

「それじゃあ私、まるで囮じゃない!?」

「お、よく気づいたな。つーわけでどうだね三下君? 釣りのつもりが逆に釣り上げられた感想は?」

「調子に乗んなよクソガキがぁ!? 俺は三下じゃねぇ! キャスパーだ!」

「精々吼えてろ。名前を売るなら今がチャンスだぜ? 俺は覚える気はないけど」


〈俺も〉

〈どうせもう出ないだろ〉

〈キャスパーのチャンネルから来ましたwww 面白いので登録しますwww〉


「な!? リスナー! ふざけんな! 俺はまだ負けてねぇ! ここでこのガキぶっ殺せばこっちの勝ちだ!」


〈お、決闘か?〉

〈待ってました!〉

〈配信者同士の喧嘩バトルが見れるの、令和のネトゲって感じがしていいよな〉

〈やっと九頭井の実力見れるぞ!〉

〈いや勝負になんねぇだろ。こいつのスキル振り滅茶苦茶だし。このキャラで対人は無理だって〉


「と思うじゃん? こんな三下、ネタキャラで十分だから。断言するぜ? この勝負勝つのは俺だ。もし負けたらAO引退してもいい」

「ちょっと九頭井君!?」

「心配すんな。どうせ勝つし」


〈クソガキ過ぎるwww〉

〈流石にそれは調子乗り過ぎだろ〉

〈絶対だかんな。嘘ついたら切り抜き上げんぞ!〉


「好きにしろよ。その代わり、俺が勝ったら派手に頼むぜ?」

「ふざけんじゃ――――」


 キャスパーの怒号はOBSのノイズキャンセル機能で掻き消された。


〈ノイキャンワロタwww〉

〈笑かすなよwww〉

〈これは良い噛ませ〉


「――ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ! 俺だってPKの端くれだ! そんな馬にも乗ってねぇネタキャラに負けるわけねぇだろ! 舐めんのも大概にしろ!」

「はっ。初狩りでイキってる雑魚がどれだけ吠えても説得力ねぇから。大体お前、青ネームじゃん? 本物のPKなら名前赤くなってる筈だろ」


 AOの仕様では殺した相手からのキル報告が5を超えると殺人者になり名前が赤くなる。


 キル報告は四〇時間で1減少するので、その範囲であれば通常の青ネームのままPKが可能だ。


 ちなみに赤ネームは秩序の世界オーダーワールドに拒絶され、混沌の世界でしか活動できなくなる他、衛兵ガードの攻撃対象になるので実質的に街の利用が不可能になる(何事にも例外はある)等色々な不利益がある。


「こいつは獲物を騙す為の囮りキャラだ! 赤ネームもいるに決まってんだろ!」

「そういうこすい戦い方してるような奴が強いわけねぇだろって話だ。言わせんなよ。恥ずかしい」

「がぁあああ――」


 再びノイズがキャンセルされる。


〈発狂ワロタwww〉

〈レスバは九頭井の勝ちだな〉

〈でもこれで負けたらめちゃくちゃダサいぞ〉

〈しかも負けたら引退だもんな〉

〈キャスパーが動いたぞ!〉


「九頭井君! 負けないで!」

「勝つんだから負けようがねぇだろ」


 余裕の時継に白馬に乗ったキャスパーが突撃する。


〈徒歩対騎乗だぞ。絶対に勝ち目ねぇだろ〉


 騎乗している場合、徒歩の倍以上の速度で移動できる。


 それだけ速度に差があれば、騎乗側は不利になっても一方的に距離を取って立て直しが出来る。逆に徒歩側はそのまま追い詰められて終わりだ。


「んな事は当然わかってるわけだ」


 キャスパーが接近する前に、†unknown†は三又の革紐の先端に球状の錘がついたアイテムを投擲した。


〈ボーラ来たwww〉


 ボーラが脚に絡みつき、転倒した馬からキャスパーが投げ出される。


 転倒ダメージ!


「なんだとぉおお!?」


〈これ使ってる奴初めて見たわ〉

〈徒歩かつ両手空いてないと使えないからな〉

〈大規模対人で全裸の鉄砲玉がこれだけ持って落馬狙ってるのはたまに見る〉


 さらに†unknown†は馬に毒を塗った手裏剣を投げつける。


〈まさかの『毒』持ちwww〉

〈流石忍者www 汚いwww〉

〈卑劣様じゃん〉

〈こいつどんだけスキル持ってんだよ〉


ポイズン』は文字通り毒に関わるスキルだ。

 武器や使用アイテムに毒を塗ったり、毒系魔法の効果を高める。


 毒は『治療』や解毒魔法、解毒ポーション等で回復可能だが、動物の毒を治すには『治療』ではなく『獣医』スキルが必要になる。


 そんな物を取っている近接キャラはまずいないので馬は死んだ。


「あぁ!? 俺のスペちゃんが!? よくもやりやがったな!?」

「安心しろ。お前もすぐにあの世に送ってやるよ」

「だまりやが――」


 三度のノイキャン。


 ハルバードを構えたキャスパーが突進する。


 †unknown†は素手のまま動こうともしない。


 ガキン!


 両者が交差した瞬間。


 カラン。


 キャスパーの手からハルバードが落ちた。

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