第33話 紅蓮の錬金術師

 凍てついた洞窟の中に半ば埋まるようにして遺跡めいた構造物が露出する。


 青白い結晶質で出来た構造物は数を増し、いつしか辺りは溶ける事のない魔氷で出来た宮殿、アイスパレスへと変わっていた。


「待ってトッキー! デバフ床踏んでないのに寒冷デバフついてるよ!」

「お、気づいたか」


 時継がニヤリとする。


 未来を試すつもりで黙っていた。


 彼女の言う通り、カコの見た目はフィルターをかけたみたいに青白く変化している。寒冷デバフを受けている証だ。


「ダンジョンの環境ペナルティは先に進むほど強力になる。二層まではレベル1だったが、三層からはレベル2になる。速度低下は倍の30%だ」

「でも、私についてるのはレベル1だよ?」

「大自然の助奏を使ってるだろ。それでレベル1分相殺されてんだ。音楽レベルが上がればもっと効果は上がるがな」

「どうしよう、これじゃあ二人についてけないよ」

「こうすりゃいい」


 †unknown†の投げたポーションがカコに命中し、寒冷デバフのエフェクトが消える。


「なにしたの?」

「【投擲スローマスタリー】スキルで耐寒ホットポーションを投げたんだ。それでレベル5までの寒冷デバフは防げる。ついでに氷抵抗も30%アップだ」


【投擲】スキルは文字通りアイテムを投げるスキルだ。これがあれば通常なら自分にしか使えないポーション等の補助アイテムを遠距離から仲間に使う事が出来る。他にも投擲用の攻撃アイテムなどが使えるようになる。


「ありがとう! 苦労をかけるねぇ……」


 老婆の真似をして未来が言う。


「ぶっちゃけここは委員長が来るには早すぎるからな。前準備もしてないし、そのくらいはサービスしてやる」

「レベル5までって事は、そのキャラ【錬金術アルケミー】入れてるの?」


 目聡く宗谷が気付く。


 寒冷デバフを解除するホットポーションはレッサー、無印、グレートの三種類。通常ならそれぞれレベル1、2、3までを相殺する。最大レベルである5を相殺するには装備による【ポーション効果アップ】を積んだうえで【錬金術】のスキルを高レベルまで上げておく必要がある。


「あぁ。今日は宗谷がいるしな。ちょっとネタビルドに走ってみた」


〈だからって生産スキルは流石にネタ過ぎるだろwww〉

〈ところがどっこい、そうでもないんだよなぁ〉

紅蓮の錬金術師キンブリービルド期待〉


「勘のいいリスナーは嫌いだぜ」


 ニヤリとして言う。


 元ネタの分かる一部のリスナーにはウケた。


「覚えとけよ委員長。環境ペナルティが増したって事はその分敵も強くなるって事だ。丁度ここが二層と三層の境目、ここからが本当のアイスパレスだぜ」

「の、望む所だもん! 二層だってなんだかんだ死なずに突破出来たし! 今の私にはこの子達がいるんだから!」

「「「「「シャーッ!」」」」」


 暇を見つけては道中でティムしていた氷蛇達が一斉に威嚇モーションを取る。


 名前【ソーダ味】【ソーダ風味】【ソーダっぽい】【ソーダ】【ソーナンス】だ。


「その辺の雑魚に絡まれて死んでる印象しかないんだが」


 氷蛇はアイスパレス内において最弱のモンスターだ。


 敵にタゲられたら一発である。


 その度に調教して補充しているので【ソーダ味】なんか何代目かわからない。


 まぁ、調教上げにはなっているので不満はないが。


「愛敬さん、本当に気を付けてね。ここには白竜って強いドラゴンも湧くし」

「平気だよ! 強かろうが弱かろうがどうせ一発で死ぬんだから!」


 ドヤ顔で親指を立てられ宗谷が困惑する。


「そ、それはそうだけどさぁ……」


〈そんな事ドヤんなwww〉

〈未来ちゃん死に癖ついてんぞー!〉

〈今の所氷柱以外じゃ死んでないし、出来ればノーデスで帰りたい所〉


「そ、そうだけどさぁ……。それを言われると緊張しちゃうって言うか……」

「委員長の考え方も間違っちゃいねぇ。ダメージコントロールって観点で考えれば白竜だろうがアイスゴーレムだろうがワンパンには変わりないからな。変に気負う必要はねぇよ」

「……なるほど。そういう考え方もあるのか」


 感心したように宗谷が呟く。


「へいへいへ~い! 宗谷君!? 私も同じ事言ってたよ!? トッキーの時だけ感心するのはど~なのかなぁ!?」

「ご、ごめん! そんなつもりじゃなくて! 時継君は特別っていうか、僕の心の兄貴だから……」


〈¥5000 時継君は特別〉

〈¥1000 昨日の敵は今日の兄貴〉

〈¥3000 お前らもう結婚しろ〉


「するかボケ! 宗谷も一々きめぇ事言うなよな!」

「そ、尊敬してるって意味! 変な意味じゃ全然ないから! 本当に……」


 ツンツンと胸元で指を突っつく。

 これを細マッチョの中性的なイケメン野郎がやるのだから困る。


「ったく。ふざけてねぇで先進むぞ」

「私はずっと真面目だったけど」

「ぼ、僕だって!」


 ともあれ一行は三層を進む。


 一層二層は多少の分かれ道はあっても基本的には一本道の洞窟だった。


 三層は氷の宮殿なので一気にマップが複雑化する。


 細い廊下や閉じた扉の先にモンスターが待ち構えていたりして、それまでのように駆け抜けるのは難しい。


 まぁ、それならそれで正攻法で行くだけだ。


「ぶった斬ってやるぜぇ!」

「吹っ飛べ!」

「ソーダ部隊ゴー!」


 扉を開けると同時、卍槍矢卍が待ち構えていたアイスゴーレムに斬りかかる。


 †unknown†は紫色のポーションを次々投げ込み、カコは氷蛇達に攻撃指示を出す。


 ちなみに宗谷が台詞を叫んでいるのはスパチャによるサービスだ。


 宗谷は【聖別された武器】を使うつもりだったようだが、†unknown†がポーションを投げるのを見て【挑発】に変える。


 卍槍矢卍の元にゴーレムが集まった三秒後。


 †unknown†の投げた大爆発グレーターエクスプロージョンポーションが次々炸裂し、アイスゴーレムを一掃する。


〈この威力。まさに紅蓮の錬金術師〉

〈ああ、いい音だ。身体の底に響く、実にいい音だ……〉

〈高レべポーション用意するのが面倒なのが難点だけどな〉


「ナイスだ宗谷。いい判断だったぜ」

「えへへへ、錬金術と投擲だからボマーなのかと思って」


 嬉しそうに宗谷がはにかむ。


「時継君こそ、僕が挑発するって信じてポーションを一か所に投げてくれたんでしょ?」

「勘違いすんな。今のは信じたんじゃなく試したんだよ。まぁ、及第点はくれてやる」

「……うん」


 温かな物を噛み締めるように宗谷は頷いた。


「ぐぬぬ……私の見せ場がないよぉ……」

「心配しなくても委員長の出番は嫌でも来る。今日の目的はなんだ?」


 未来はハッとして。


「強いペットを捕まえる事!」

「目当ての場所はこの先だ。スキル上げの成果、リスナーに見せてやれよ」

「……うん!」


 そういう訳で一行は氷の宮殿を進む。


 やってきたのはオーロラのように輝く水の湧きだす噴水が中央に置かれた大広間だ。


 周囲には鮮やかな青緑色のスライムがぽよぽよと跳ね回っている。


「そっか! オーロラスライムなら物理に強くて100%氷属性だからオーガ窟と相性いいね!」

「なにより調教に必要な要求値が低いのが魅力なんだが……」

「……え~っと、あれってさっき言ってた白竜って奴だよね?」


 未来が恐る恐る扉の隙間から中を伺う。


 不凍水の湧き出す噴水の間にはアイスパレスの強敵である白竜が群れを成して居座っていた。

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