第5話 今回は綺麗なラブコメ
「ふぁ~……。ねみぃ……」
翌朝の事。
時継は大欠伸をしながら一年二組の教室へとやってきた。
未来とのAOが終わった後、裏で好きなVの配信を流しながら遅くまで黄色い長靴釣りを頑張っていたのだ。
おかげで寝不足である。
別に時継は釣りキチというわけではないが、昔からAOにドハマりしているので新要素が追加されると手を出したくなるのである。
黄色い長靴自体に特殊な効果は一つもないが、飾ったり装備したりは出来る。釣ってみた感じそこそこレアなアイテムでもあるようなので、お洒落コーデに組み込んでさり気なく自慢するのも悪くない。
そういうわけで、時継は寝ぼけた頭で黄色い長靴を活かしたお洒落コーデについて考えていた。
レアアイテムのハスターローブ(限定品の黄色いローブ)と組み合わせた黄衣の王コーデなんかどうだろう。
あるいは、ゲーム内の家を改築して七色の長靴を展示するのも悪くない。
こういう時事ネタは早さが命である。
もう、頭の中はAO一色。
登校したばかりだが、早く帰ってAOがしたい時継だった。
「おはよう九頭井君! もう、遅いよ! ずっと待ってたんだから!」
「んあ?」
無駄に元気に声をかけてきたのは学校のアイドルにして委員長の未来だった。
時継は趣味の世界を生きる冴えないオタク君だ。
未来のような人間とは住む世界が違うとちゃんと分かっている。
だから昨日のボイチャを除外すればまともに会話するのは初めてだ。
未来は真面目で優しい子なので挨拶される事くらいはあるが、そんなのは誰に対してもで時継が特別というわけではない。
なんにしろ、学校のアイドルが冴えないボッチのオタク君に嬉しそうに「ずっと待ってたんだよ!」なんて言うもんだからクラスの連中はざわついた。
「委員長? なんか用か?」
ぞんざいな態度にクラスメイトが「愛敬さんが話しかけてるのになんだあの態度!」「九頭井の癖に!」と謎に怒っている。
関係ねぇだろバーカと思うが思うだけで口にはしない。
バカの相手をするのもバカバカしいので言わせておけばいい。
「なんか用じゃないよ! 見て見て! 九頭井君のお陰で昨日の配信大成功だよ! 朝起きたら再生数一万超え! 登録者も一気に1000人も増えたんだよ! ダンジョン配信系の切り抜きチャンネルさんにも取り上げて貰えたし! こんなのって初めてだよ!」
ウキウキしながら未来が携帯を掲げる。
確かに昨日まで3000ちょっとだった登録者数は4000を超えていた。
昨日のアーカイブも直近に比べて十倍以上再生され、高評価やコメントも多数ついている。
「おー、そりゃよかったな」
未来が実家の為に頑張っているのは知っている。
とは言え相手は特に仲がいいわけでもないただのクラスメイトだ。
そんな事言われても、おー、そりゃよかったな以上の感想など出てこない。
ローテンションな時継とは対照的に未来は花のような笑顔を咲かせている。
「うん! それもこれも全部九頭井君のお陰だよ! 本当にありがとね! これ、お礼! うちのお菓子!」
未来が差し出したのは愛敬堂の包み紙に包まれた中くらいの菓子折りだ。
「なにこれ、くれんの?」
「うん! あの後ね、九頭井君に言われた通り最中食べながら宣伝したらいっぱい通販の注文入ったんだよ! お父さんもありがとうって!」
確かに時継はそんなアドバイスをした。
配信者を三か月もやっている癖に未来は配信のなんたるかを何もわかっていなかった。
この配信はオーガヘッドサーペントを倒す所が同接のピークで、その後はすごい勢いで減るはずである。
それなのに未来は強敵を倒した事に満足して肝心な和菓子の宣伝をすっかり忘れていた。
だから時継は今すぐ美味そうなお菓子持ってきてこの場で食えと指示したのだ。
その間の時間は時継がリスナーを弄ってどうにか繋いだ。
で、大急ぎで戻ってきた未来がバター餡子最中とかいう珍妙な和菓子を持ってきた。
未来自身和菓子が大好きなのだろう。
あんまり美味しそうに食べるものだから時継も涎が出てしまった。
それに、夜は小腹が減るものだ。
面白い配信は見る方も体力を使うので余計に甘い物が欲しくなる。
他の配信者の手法を真似ただけなのだが、どうやら上手く行ったらしい。
「別に大した事はしてねぇし。委員長が地道に頑張ったからだろ。まぁ、くれるってんなら貰っとくけど」
日頃から色んな配信者を見てきた時継である。
昨日の盛り上がりが自分の成果だなんて馬鹿な事は思わない。
時継が乱入する前から未来の配信は結構温まっていたし、未来の大袈裟なリアクションも普通に良かった。未来は典型的な叩くと音の鳴る玩具タイプだったから弄ってやっただけだ。もし時継が一人で配信してもあんな風に盛り上がる事はないだろう。なんだこの痛いクソガキはと一蹴されて終わりである。
それはともかくとして、お菓子は好きだから貰っておくが。
「あの野郎! 愛敬さんからお菓子貰ってやがる!」
「なんて羨ましい!」
「確かに昨日の配信は面白かったけど、だからって調子に乗んなよ!」
クラスメイトのやっかみが聞こえたのか未来が困った顔をする。
「……それじゃあその、ありがとね……」
「おう」
迷惑かけちゃったかな……。
そんな顔で未来はそそくさと席に戻った。
(人気者も大変だな)
他人事のように思いながら時継も席に着き、早速包装を破った。
中身は昨日宣伝していたバター餡子最中の詰め合わせだ。
(……最中ってあんま食った事ねぇんだよな)
現代っ子の時継である。
普段食べるお菓子はアイスとかチョコとか洋菓子ばかりだ。
わざわざちゃんとしたお店で和菓子を買った事など一度もない。
時々遊びに来る婆ちゃんがお土産でくれる事があるが、口の中が砂漠になるパサついたお菓子という印象しかないのが本音だ。
(……本当に美味いのか?)
実家の為に頑張る姿勢は凄いと思うが、そもそも商品がマズかったら仕方がない。
そう思うと、時継はちょっと食べるのに緊張した。
(……まぁ、不味くても美味そうには食うけどさ)
それくらいのデリカシーは持ち合わせている。
というわけで早速一つ口に運ぶのだが。
「――ウッマァ!?」
思わず声が出た。
危うく馬になる所である。
(……婆ちゃんのくれた最中はなんだったんだよ……)
そう思うくらいの別物だ。
さっくりとした最中は上品な風味がして、中の餡子は口の中で水になったようにサラリと溶ける。甘いのにしつこくなく、びっくりするくらいあっさりしていた。中に入った四角いバターは濃厚で、少し強めの塩気が餡子の味を引き立てる。
一口食べると舌が弾けたみたいに涎が溢れ出し、多幸感で頭の後ろがチカチカした。
これ麻薬でも入ってんじゃね?
マジで疑うくらい美味しいお菓子だ。
美味し過ぎてバクバクは食べられない。
一口ずつ丁寧に味わいたくなるような不思議なお菓子である。
「……ッ!」
当たり前の話だが気が付くと時継はめちゃくちゃ見られていた。
羨ましそうな顔、妬ましそうな顔、小馬鹿にして笑う顔、色んな顔。
珍しく恥ずかしくなり、時継は仏頂面で舌打ちをした。
ふと視線を感じる。
そちらを見ると得意気な顔で未来が小さくピースサインを向けていた。
花びらのように小さな唇が「ね、美味しいでしょ?」と言っていた。
……確かに、この味で売れないのは間違っている。
認めながら、時継は次の一口を口に運んだ。
(……クッソうめぇ~!)
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