第18話 バズったらクラスの不良に絡まれた件

「あの子が噂の†unknown†様?」

「じゃない? 一年二組の九頭井時継でしょ?」

「すげー……。なんか有名配信者と同じ学校通ってるって思うと変な感じ……」

「そう? 生意気そうな普通の一年坊主じゃん」

「それがいいんじゃん! いかにもクソガキって感じがしてイメージ通りだし! ねぇ! サイン貰いに行ったら迷惑かな?」

「サインって……。芸能人じゃないんだよ?」

「同じようなもんじゃん! これからもっと伸びそうだし! その内プロの事務所にスカウトされちゃうかも! 今のうちにサイン貰っといたら自慢できるよ!」


 そう言うと、上級生の女子はパタパタと通学中の時継の所に駆けてきた。


「あ、あのぉ! あたし、二年生で、†unknown†様のファンなんですけど……」


 緊張しているのか、恥ずかしそうな上目遣いをチラチラ向ける。


 たゆんと膨らんだ胸元には大事そうに色紙を抱えていた。


「あぁ」


 時継の反応は淡白だった。


 眠たげな表情でギャルっぽい女子を見返すと、面倒くさそうに右手を差し出す。


「サインだろ。寄こせよ」

「は、はい!」


 色紙を受け取ると、時継は当然のようにポケットからマジックを取り出し、中学生の時に考えたサインをシュシュシュシュバッサ! と岸部露伴の如くダイナミックに書き殴った。


「名前は」

「え?」

「宛名だよ」


 見知らぬ上級生はハッとして。


「ポプラちゃんで!」


(いやどんな漢字だよ!?)


 内心で突っ込みつつ、とりあえずカタカナでシュシュシュシュバッサ!


「ほらよ」

「あ、ありがとうございます!」


 見知らぬ上級生ことポプラは嬉しそうに友人の元へと駆け戻った。


「見た!? サイン貰っちゃった! 超神対応!」

「いや、なんでちょっと前まで普通の高校生だった奴が自分のサイン持ってんの? しかもDearの綴り間違ってるし」


(え、マジ!?)


 聞こえない振りをしつつ、時継は内心ベッドに飛び込んでバタバタしたい気分だった。


「そんなのどーでもいいし! むしろレアじゃん! 学校ついたらみんなに自慢しちゃお~!」


 ルンルンでスキップするポプラを見て、時継はそれとなく速度を落として通学路をそれた。


 物陰に隠れると、必死に保った仏頂面を解放してニヘラと顔を緩ませる。


「俺、メッチャモテてね!?」



 †



 元々ノリで始めた配信サポートだ。


 配信オタクの時継だから、ちょっとくらいは数字を伸ばせる自信があった。


 だがまさか、ここまで上手く行くとは思っていない。


 まだ一ヵ月も経っていないのに、愛敬堂ミライチャンネルの登録者は三万人に届こうとしていた。


 時継も未来の可愛さと愛嬌、彼女が地道に稼いだ三千人に、時の運も加わって上手くバズった結果である事はちゃんと弁えている。


 だとしてもだ。


(俺って凄くね!?)


 ちょっとくらいは調子に乗っても許される成果だろう。


 お陰で学校での時継の立場も一変した。


 以前は友達ゼロ人の奇人変人扱いで、イジメられこそしなかったが、透明人みたいに無視されていた。


 寂しいと思った事はない。


 物心つく頃からどっぷりネトゲにハマっていた時継である。


 友達ならネットの世界に沢山いる。


 見た目や成績を競って下らないスクールカーストに一喜一憂するなんてバカらしいとすら思っていた。


 だが、こうしてバズって学校の連中にチヤホヤされてみると、意外に悪い気はしない。


 むしろ超良い気分だ。


 だからこそ、時継は用心していた。


 バズって有名になった新人配信者がちょっとした事で炎上して流星のように消えていく様を何度も見ている。


 ネットでもリアルでもそれは同じだろう。


 大事なのは空気を読んで上手く立ち回る事だ。


 その辺のスキルは、ネトゲの世界で嫌という程学んできた。


(AOもそうだが、リアルでも妬んでくる奴が出て来る頃合いだろうしな)


 気を引き締めると、時継は通学路に戻った。



 †



「昨日の愛敬さんの配信見た?」

「見た見た! 超面白かったよね!」

「九頭井の奴格好よかったよな!」

「あんなネタキャラでPK完封してたし」

「ソウルストーン何個も持ってるみたいだし、ステルスキャラで相手のキャラ性能調べてスキル入れ替えてメタったんだろ」

「しかもKOLのギルマスと繋がってんだろ? 何者なんだよあいつ……」


 一年二組は昨日の配信で盛り上がっていた。


 AO配信は大人から若者まで幅広く人気のあるジャンルだ。


 未来が配信活動を公言している事もあり、クラスメイトのリスナーは少なくない。


 時継は知らん顔して席に向かった。


「あ、九頭井君だ」

「†unknown†! 昨日の配信も面白かったぞ!」

「当然だろ」


 特に目もくれず、ひらひらと適当に手を振って答える。


 最初の頃は時継を揶揄する声も多かったが、塩対応を続ける内にからかう者は大分減った。


(配信と同じで、荒らしは構うとつけ上がるからな)


 バカと同じ土俵で争っても自分の株を下げるだけである。


 荒らしはスルーするか、上手い返しで踏み台にするに限る。


「九頭井君!」


 大勢の友達に囲まれていた未来がご主人様を見つけた忠犬みたいに駆け寄って来る。


「おはよ! 見て見て! 昨日の切り抜きもう上がってるの! しかもね! もう十万再生! 凄くない!?」

「色々あったからな。そんなもんだろ」


 AOは大人気コンテンツだ。それだけにまとめサイトや切り抜きchも多い。


 第一線の有名配信者なら、配信中に切り抜きが出回る事すらある。


 三万人程度の登録者で半日も経たずに十万再生はかなり多いが、未来はこの通り美少女JK配信者で、配信理由も個性的だ。そこに同じ学校の謎多きクソガキが加わって定期的にバズっている。


 昨日は迷惑配信者を返り討ちにしたり†unknown†の秘密の一部を明かしたり、くりごはんとの交友も明らかになった。


 勢いがあって色んな要素が詰まっているから、視聴数が伸びるのも当然である。


 もちろんすごい事ではあるのだが、時継はなんでもないという顔をしておいた。


 その方が周りにハッタリが効く。


(目立つ奴が舐められると悲惨だからな)


 リアルならイジメに遭うし、ネットなら荒らされる。


 出る杭は打たれるという言葉がある。


 打ちやすそうな杭なら猶更だ。


「そんなもんって、十万人だぞ……」

「あいつ、マジでなにもんだよ……」


 時継の態度にクラスメイトは恐れ入った。


 元々謎多き変人である。


 ハッタリの効果は抜群だ。


(何者もクソも、ただのオタクなんだけどな)


 それを言うならアイドルだろうがプロ野球選手だろうが、一皮むけはみんな同じ人間だ。


 周りが勝手に崇め奉るから凄そうに見えるだけである。


 それが悪いとは言わない。


 事実だから利用するだけだ。


 なんて事を思っていたら。


「調子に乗ってんじゃねぇぞオタク野郎!」


 ガンと机を蹴り倒し、クラスの不良が立ち上がった。


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