新5話 突然の告白
「ふぁ~……。ねみぃ……」
翌朝の事。
時継は大欠伸をしながら一年二組の教室へとやってきた。
未来との配信が終わった後、裏で好きなVの配信を流しながら遅くまで黄色い長靴釣りを頑張っていたのだ。
別に時継は釣りキチというわけではないが、昔からUOにドハマりしているので新要素が追加されると手を出したくなるのである。
黄色い長靴自体に特殊な効果は一つもないが、飾ったり装備したりは出来る。釣ってみた感じそこそこレアなアイテムのようなので、お洒落コーデに組み込んでさり気なく自慢するのも悪くない。
長靴自体は染色アイテムである程度自由に色を変えられるが、黄色い長靴は染色アイテムで再現不可能な特色である。
レアアイテムのハスターローブ(限定色の黄色いローブ)と組み合わせた黄衣の王コーデなんかどうだろう。
あるいは、家の玄関を改築して七色の特色長靴を展示するのも悪くない。
こういう時事ネタは早さが命である。
もう、頭の中はUO一色。
登校したばかりだが、早く帰ってUOがしたい時継である。
「おはよう九頭井君! もう、遅いよ! ずっと待ってたんだから!」
「んあ?」
嬉しそうに声をかけてくる未来に時継は戸惑った。
相手は学校のアイドル的存在で、こっちは冴えないボッチの変わり者。
昨日の事を抜きにすれば、接点なんか一つもない。
友達未満は当然で、知り合いと言っていいかも怪しいレベルである。
クラスの連中だって、なんで委員長が九頭井に親し気に話しかけてるんだよ!? とざわざわしている。
まぁ、だからどうしたという話だが。
「委員長? なんか用か?」
「愛敬さんが話しかけてるのになんだあの態度!」
「九頭井の癖に!」
そんな言葉も完全無視。
そんな時継に未来がウキウキで携帯の画面を向ける。
「見て見て! 九頭井君のお陰で昨日の配信大成功! 朝起きたら再生数一万超え! 登録者も一気に千人も増えたんだよ! ダンジョン配信系の切り抜きチャンネルさんにも取り上げて貰えたし! こんなのって初めてだよ!」
確かに昨日まで3000ちょっとだった登録者数が4000を超えている。
再生数も直近と比べて十倍以上あり、高評価やコメントも多数ついていた。
「おー、そりゃよかったな」
未来が実家の和菓子屋を盛り上げる為に頑張っているのは知っている。
時継はただ楽しく遊んでいただけなのだが、それで配信が盛り上がったのなら良い事だ。
「うん! それもこれも全部九頭井君のお陰だよ! 本当にありがとね! これ、お礼! うちの和菓子!」
そう言って未来は地味な包装の四角い菓子折りを差し出した。
「なにこれ、くれんの?」
「うん! あの後ね、九頭井君に言われた通り最中食べながら宣伝したらいっぱい通販の注文入ったんだよ! お父さんもありがとうって!」
確かに時継はそんなアドバイスをした。
配信者を三か月もやっている癖に未来は配信のなんたるかを何もわかっていなかった。
あの配信はオーガヘッドサーペントを倒す所が同接のピークで、その後はすごい勢いで減るはずである。
それなのに未来は強敵を倒した事に満足して肝心の和菓子の宣伝をすっかり忘れていた。
だから時継は今すぐ美味そうなお菓子持ってきてこの場で食えと指示したのだ。
その間の時間は時継がリスナーを弄って繋いだ。
で、大急ぎで戻ってきた未来がバター餡子最中とかいう珍妙な和菓子を持ってきた。
未来も和菓子が大好きなのだろう。
あんまり美味しそうに食べるものだから時継は涎が出てしまった。
それに、夜は小腹が減るものだ。
面白い配信は見る方も体力を使うので余計に甘い物が欲しくなる。
時継としては他の配信者の手法を真似ただけなのだが、どうやら宣伝は上手く行ったらしい。
「別に大した事はしてねぇよ。委員長がコツコツ頑張ったからだろ。まぁ、くれるってんならありがたく貰うけど」
「あの野郎! 愛敬さんからお菓子貰ってやがる!」
「なんて羨ましい!」
「確かに昨日の配信は面白かったけど、だからって調子に乗んなよ!」
クラスメイトのやっかみが聞こえたのか未来が困った顔をする。
「……それでその、ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん、なんだよ?」
言いながらも、時継はバリバリと包装を破く。
中身は昨日未来が宣伝していたバター餡子最中である。
「うぉ!? 昨日委員長が宣伝してた奴じゃん! 気になってたんだよなぁこれ!」
早速封を破いて一口齧る。
時継は
「九頭井君? ……もしかして、和菓子嫌いだった?」
不安そうに未来が尋ねる。
「……うめぇ」
ぽつりと呟くと、時継はもう一口齧ってうっとりした。
「……めっちゃうめぇええええ! なんだよこれ! マジで最中か!?」
今時の現代っ子である時継だ。
和菓子を食べる機会なんかそんなにない。
精々祖父母の家に遊び行った時に出て来るかどうかだ。
それだって、正直あまり嬉しい代物ではない。
和菓子なんか大体どれも似たような餡子味だし、その中でも最中は外側の皮がパサパサしていてどちらかといえば苦手である。
今だって、宣伝で未来が美味しそうに食べていたから試してみる気になっただけである。
びっくりした。
最中の概念、壊れる、である。
愛敬堂の最中の皮はパイ生地みたいにサクサクで、口の中で雪のように優しく溶ける。
中身は四角いバターでサンドしたこしあんで、濃厚な甘じょっぱさに脳が痺れる。
バターの油分のおかげか、皮で口の中がパサパサになる事もない。
全く別のお菓子という印象である。
「マジかよ」
「そんなに美味しいの?」
クラスメイトがゴクリと唾を飲む。
「なぁ九頭井、一つくれよ」
さして仲良くもない男子が横から手を伸ばしてくるが。
「やなこった! 欲しけりゃ自分で買いやがれ!」
時継は菓子折りを抱きしめるようにして隠した。
「あははは。そんなに美味しかった?」
ホッとした未来が嬉しそうに尋ねる。
「美味いなんてもんじゃねぇよ! 感動だ! こんなうまい和菓子出してんのに売れてないっておかしいだろ!?」
コンビニのスイーツだって普通に美味しいが、これと比べたら霞んでしまう。
「私もそう思うけど……。うちのお店って商店街の裏の方だし、宣伝なんかもやってないから……。味に拘ってる分値段もちょっとお高めだし……」
胸元で指をいじいじしながら未来は言う。
「ちなみにこれ一ついくらだ?」
未来は黙って四本指を立てた。
「400円かぁ~……」
クラスメイトも似たような落胆の溜息を漏らす。
金のない高校生に一個400円の最中は厳しい。
大人だって躊躇する値段だろう。
実際に食べた時継としては納得の価格なのだが。
「高いって思っちゃうよね……。だから配信で宣伝してるの! 食べてさえ貰えれば納得して貰える値段のはずだから! 配信見てるような人はツイッターとかもやってるから口コミも期待できるし!」
「確かにな。こいつは俺でも感想をあげたくなる」
いいながら、時継は最後の一口を頬張る。
後味にバターの塩味が尾を引いて、すぐにもう一つと食べたくなってしまう。
「でしょ! それで、九頭井君に一つお願いがあって」
「あぁ、そんな事言ってたな。なんだよお願いって」
最中が美味すぎてすっかり忘れていた。
「えっと、その、あのぅ……」
未来は恥ずかしそうにもじもじすると、深呼吸をして大きな胸を膨らませた。
そしていきなり頭を下げる。
「愛敬堂の未来の為! あたしと一緒に配信してくれませんか!?」
―――お知らせ
お知らせの通り、差し替えエピソードを更新していきます。
次のエピソードを更新したら差し替えエピソードは本来の話数の位置に移動します。
今の話が好きだった人はごめんね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。