第35話 心も捧げて
早朝、私たちはホテルを出て、まだ人通りの少ない通りを歩いていた。最初からホテルに行くつもりだったから、浴衣ではなく、あらかじめ用意しておいた私服に着替えている。
流石のお姉ちゃんも冷静になれば恥ずかしかったのか、気まずそうな表情で私の隣を歩いていた。私自身も冷静になれば、とんでもないことをしてしまったなと思う。
けれどこれからは、あれが歪んだ私たちの当たり前になるのだ。お姉ちゃんと一緒にいることを望むのなら、お姉ちゃんを憎み続けないといけない。慣れていかないとなと思う。
そんなことを考えていると、お姉ちゃんが不意に口を開いた。
「一応連絡はしたけど、お父さんもお母さんもかんかんだろうね」
まだ高校一年生の娘たちが二人してあらかじめの相談もなく外泊したのだ。流石にそういうホテルに泊まるなんてことは伝えてないけれど、それでも怒って当然だと思う。でもどうせその怒りも、すぐに治まるはずだ。
「私が元通りになってたら、何も言わないでしょ」
あの人たちは私が何をするかには気を配らない。ただその優秀さを維持している限り、胡散臭い笑顔で私ではない私を抱擁するのだ。
お姉ちゃんはどこか寂しそうな声をあげた。
「……あんたはさ、結局どうしておかしくなってたの? 期末テストで信じられない点数を取ったり、ずっと教室でうつむいてたり」
お姉ちゃんは本気で私の恋心の心配をしてくれていた。でも私はお姉ちゃんへ素直に自分の気持ちを伝えられなかった。
もしもあの時、素直に好きだと言えてたなら、ここまでねじれなかったのかな。考えるだけ無駄だけれど、考えてしまう。
うつむいていると、お姉ちゃんは私の頭を撫でた。目を向けるとお姉ちゃんは顔をしかめていた。
「あんたらしくもない顔しないで。あんたはただ、私を憎んでればいいの」
憎む。それは愛するとは正反対の感情だ。分かってはいた。けれどやっぱり面と向かって言われると、複雑な気持ちだ。黙り込んでいると、お姉ちゃんはなおさら強く私の手を握った。その表情は悲しそうだった。
「まだ信じられないの? 何をすれば信じてくれるの?」
「……私がお姉ちゃんとセックスするのは、お姉ちゃんを苦しめるため」
「知ってる」
「お姉ちゃんは、……例えばだけど妹である私と付き合うことになれば、苦しんでくれる?」
私が恐る恐る口にすると、お姉ちゃんはよく分からない表情で私をじっと見つめた。嬉しそうな、憎らしそうな、よく分からない顔。でも私から視線をそらして、正面をみつめたかと思うと、どうでも良さそうな声でつげる。
「セックスと同じでしょ。普通じゃないことをすれば、それだけ常識とのギャップで苦しむことになる。でもあんたがそれを望むのなら、私は拒まない」
私が付き合うことを提案した目的は、お姉ちゃんを苦しめることではなくて、誰かと付き合う可能性を全て排除することだ。間接的にそれがお姉ちゃんを苦しめることになるのかもしれないけれど、それは過程でしかない。
良心の呵責がないと言えば、嘘になる。けれどもしもお姉ちゃんに恋人ができたら、私はお姉ちゃんを殺してしまうと思う。そしてそのあと、私もお姉ちゃんの後を追って、この世から去るのだろう。
万が一にもそうならないためには、徹底させなければならない。
私はお姉ちゃんを歪ませた。でもお姉ちゃんだって、こんなことを考えてしまうほどには私を歪ませたのだ。私は最初、殺すなんて猟奇的な考えは持ってなかった。お姉ちゃんにあの日、ディープキスをされるまでは、お姉ちゃんへの恋心にも気付いてなかった。
だからお姉ちゃんには、責任を取ってもらわないと。死ぬまで、ずっと。
「……だったら私と付き合ってよ。それで学校のみんなに言いふらして。私がお姉ちゃんの彼女だって。そうすればきっとみんなドン引きして、お姉ちゃんは孤立する。お姉ちゃんは苦しむことになる。それが私の願い」
私が口にすると、お姉ちゃんは小さく首を傾げた。
「これは否定とかじゃなくて、単純な疑問なんだけど。本当に付き合う必要はあるの? 私を孤立させたいだけなら、別に姉妹のままでいいと思うけど。嘘でもなんでも二人でついて、噂を流せばいいでしょ? もう既にセックスしてる以上、恋人になることに特に意味があるとは思えない」
否定じゃないという前置きはあるけれど、やっぱりお姉ちゃんは私と恋人になんてなりたくないのだろう。私のことなんて妹としか思っていない。一人の人間としての私のことは大嫌いなのだ。
でも私はやっぱりお姉ちゃんと付き合いたい。歪んだ願いもあるけれど、単純な恋心もあるのだ。セックスだけなんて嫌だ。例えそこに恋人としての愛がないのだとしても、私の欲は際限ないから、せめて形だけでも求めてしまう。
「私は少しでもお姉ちゃんを苦しめたいの。その為なら何だってする。分かってるでしょ? 私はお姉ちゃんに何度も何度もセックスまがいなことをさせた。そして本当にセックスもした。私の執念深さ、知ってるよね? もしも私から絶対に離れないって、私の願いを何でも聞くって信じさせたいのなら、具体的な形で証明して。体だけじゃなくて心も捧げて」
お姉ちゃんは私のものだって、みんなに知らしめて欲しいのだ。お姉ちゃんは可愛いから、普通にモテる。本人に自覚はないみたいだけど、良く視線を集めてる。
お姉ちゃんだけが、私のことをみてくれてた。お姉ちゃんは私だけのものなのだ。誰かがお姉ちゃんに思いを寄せることすらも、私は許せない。だからお姉ちゃんには徹底的にみんなを拒絶して欲しいのだ。
そんなことをすれば、きっとお姉ちゃんはみんなに嫌われて孤立する。私は耐えがたい罪悪感に襲われるだろう。それでも私は、お姉ちゃんには私だけを見ていてほしかった。私だけのものでいて欲しかった。
もしもお姉ちゃんが私のために、本当にみんなを敵に回してくれるというのなら、私は、もっとお姉ちゃんを信じられると思う。愛を伝えられない現状だって、受け入れられると思う。罪悪感だって、耐えられると思うから。
だから私は真っすぐお姉ちゃんをみつめた。
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