第15話 私だけはだめ

「おねえちゃ……。お姉ちゃんっ。あんっ……」


 明らかに今千景は、そういうことをしている。それも、私を呼びながら。頭がおかしくなりそうだった。私は顔を熱くしながら、壁を睨みつけた。


「……あいつ、何考えてるの? ありえないんだけど……」


 そういうことをするときは、普通好きな人のことを妄想しながらすると思う。大嫌いな人のことなんて思いながらするだろうか? 


 いくら千景が私に憎まれて執着されることを望んでいるとは言っても、それとこれとは別なはずだ。そう考えると、可能性はたった一つだけ。


 でも私はその可能性を認められなかった。千景はこれまで様々な手段で、私を動揺させてきた。傷付けてきた。きっとこれもそのための演技なのだろう。あいつが私を好きなんてあり得ないし、認められない。


 だって私が求めているのは普通の姉妹なのだ。小学生の頃みたいな純粋で可愛らしい関係なのだ。こんな爛れた関係じゃない。姉妹で恋愛する関係じゃない。


 苛立ちに任せて、ばんと壁を叩いた。するとその瞬間に喘ぎ声は聞こえてこなくなった。私は乱れた心を正したくて、ただひたすらに勉強に没頭した。


 しばらく集中していると「お風呂が沸きました」と聞こえてきた。知らせに行かないといけないのが憂鬱だけれど、千景のために沸かしたのだ。私は勉強をやめて、千景の部屋の扉をノックする。


「千景。お風呂沸いたから、早く入って来なよ。濡れたままだと風邪ひくよ?」


 そう告げるとベッドが大きくきしむ音が聞こえてきた。大慌てするみたいなどたどたと足音が聞こえてくる。


 大きくため息をついていると、扉が開いて千景が現れる。幸いにも服は着ているけれど、顔は真っ赤で息も荒かった。相変わらず顔は嫌味なほど綺麗で可愛いから、姉である私ですらどきりとしてしまう程、色っぽかった。


 そんな表情のまま、私に問いかけてくるのだ


「聞こえてた……? その、私の、声」


 私は目をそらしながら、頷いた。すると千景は耳まで赤くした。かと思うと、目を伏せてそそくさとお風呂に向かった。いつもの千景なら罵倒の一つでもするはずなのに、あれではまるで……。


「……ちょっと待ってよ」


 私は額に手を当てて、うつむいた。


「おかしいって。なんなの? あの態度。ありえないんだけど。あんなの、明らかに……」


 私の名前を呼びながら、そういうことをしたり。私にそのことを知られたのを普通の女の子みたいに恥ずかしがったり。


 受け入れたくなんてない。けれど、そうとしか思えなかった。これまでの千景も常軌を逸していたけれど、今の千景だって別ベクトルで狂ってる。


「……なんでお姉ちゃんの私に、恋なんて」


 それをほんの少しでも嬉しいと思った自分が、気持ち悪かった。


 どうして私に恋なんてしたのだろう。明らかに嫌ってたはずなのに。そんなに私の指が気持ち良かったの? いやいや。流石にそこまで単純で軽薄な理由じゃないはずだ。


 私の妹はそんな単細胞じゃない。小さなころからみてるからわかる。あいつは私の嫌がることを徹底的に把握していた。理詰めで私に嫌がらせをしてきていたのだ。そんなつまらない理由で人を好きになるはずがない。


 というか好きになって欲しくない。じゃないと私が馬鹿みたいだから。そもそもキスをしたのも、処女を奪ったのも私だ。自分で自分の首を絞めてる。そしてなによりも快楽なんてそんないい加減な理由で、あの子には人を好きになってもらいたくない。


 あんなに嫌がらせをされて、おかしいけど。それでも私は姉として、あの子にはちゃんとした人をちゃんとした理由で好きになって、そして幸せになって欲しいのだ。だから私を好きになるのはだめだ。私は姉で世間一般からして、ちゃんとした恋愛相手じゃない。


 私とじゃ、幸せになれない。


「私だけはだめだ。あの子には、ちゃんと幸せになってもらわないと……」


 私は大きなため息をついた。しばらく呆然としていると、お風呂場から呼び出しがかかる。肩を落としながら脱衣所に向かう。


「どうしたの……?」


 まさか、二人で一緒に入ろう、とか言わないよね? 


「着替え、もってくるの忘れた。下着とか、全部……」


 すりガラス越しに弱々しい声が聞こえてくる。幸いにも千景が私を呼びだしたのは、真っ当な理由だった。私はほっと息を吐きながら、千景の部屋に向かう。そして下着や寝間着を手にした。

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