第29話 戻らない過去
私はお姉ちゃんと手を繋いで、花火を見上げていた。
お姉ちゃんの横顔をそっとみつめる。手を繋いでいるだけなのに、横顔をみているだけなのに、胸が信じられないほどドキドキしてしまうのだ。私はぎゅっと、お姉ちゃんに貰ったくまのぬいぐるみを抱きしめた。
「……ねぇ、お姉ちゃん。私を歪ませた責任を、お姉ちゃんは取ってくれるんでしょ?」
お姉ちゃんは小さく頷いた。
「処女でも命でも、なんでも奪えばいいよ。あんたの欲しいもの、全部あげるから」
もしも心が欲しいっていったら、お姉ちゃんは私を好きになってくれるのかな? なんて考えてしまって、静かに笑う。
それは無理でもせめて私という人間を、永遠に忘れないで欲しい、なんて願うのは欲張り過ぎだろうか。その体と心に刻みつけて欲しいのだ。例えお姉ちゃんの瞳に映るのが、憎しみに狂った狂人だとしても。
花火が打ちあがっていく。懐かしい匂いに、幼いころの記憶を思い出す。
六年前の私はお姉ちゃんと二人、泣きながら花火をみあげていた。今思えばなんでくまのぬいぐるみ程度で泣くの? って感じだけど。
でもお姉ちゃんは、六年もの歳月を経て、私にくまのぬいぐるみを与えてくれた。本当に嬉しくて、だからこそ、悲しくて。
どうして私はここまで歪んでしまったのだろう。あんなにも温かかった姉妹の関係を歪めてしまったのだろう。どうして恋なんて、してしまったのだろう。
もう戻らない過去が寂しくて、心が辛かった。
花火大会が終わった。私たちは二人でホテル街に向かっていた。下品なネオンの下をお姉ちゃんと二人、浴衣姿で手を繋いで歩く。
お姉ちゃんがスマホで調べていた目的のホテルが近づいてくる。
お姉ちゃんの罪悪感を利用して、初めてを貰ってもいいのだろうか。不意にそんなことを考えてしまう。でもお姉ちゃんの横顔を見ると、もうすっかり覚悟を決めたみたいだった。
「私の体は好きにすればいい。でも、傷つけるのはほどほどにして欲しい」
傷付けるわけない。だって、お姉ちゃんのことが好きだから。でもそんな気持ち、伝えるわけにはいかない。私はお姉ちゃんのことが大嫌いで、お姉ちゃんも私のことが大嫌いで。それが私たちの共通認識だから。
「私の勝手でしょ。したいようにするから」
「……そうだったね。私はお姉ちゃんとして、死ぬまであんたのそばにいるって決めた。いさせてほしいって願った。あらゆる主導権は、あんたにある。いくらでも傷付ければいいよ」
お姉ちゃんは諦めたような、慈悲深い女神みたいな顔をしていた。私はお姉ちゃんの手をぎゅっと握りしめる。本当はどこまでも優しくしたい。けれど、そんなことすれば気持ちに気付かれてしまうかもしれない。
だから私もきっと、お姉ちゃんが私にしたみたいに、無理やりにお姉ちゃんを憎まなければならないのだろう。私は言葉だけじゃなく、行動ですら思いを表現できないのだ。
「ここかな。お城みたいだね」
お姉ちゃんはよく分からない、ぼんやりとした表情でホテルをみつめていた。どうにも高校生の私たちには相応しくない場所に思えて、ためらってしまう。
「……入るの?」
「なんのためにここまで来たの? 入るに決まってるでしょ」
立ちすくんでいると、お姉ちゃんが手を引いた。私はよろめきながら、お姉ちゃんの後をついていく。無人のフロントで、お姉ちゃんは手際よく部屋を借りていた。
もしかして、前もってやり方とかも調べてくれてたのかな……?
私が歪んでしまったせいで、持たなくてもいい罪悪感をお姉ちゃんは抱いてしまった。罪悪感のために、私への償いのために調べておいてくれたのだとしても、やっぱり嬉しくて。
なおさら、お姉ちゃんのことを好きになってしまいそうだった。
私は慣れないホテルの雰囲気に鼓動を早くしながら、お姉ちゃんの後をついていった。通路をしばらく歩いて、部屋の前にたどり着く。お姉ちゃんは扉を開けて、中に入る。私も勇気を振り絞って、部屋に踏み込んだ。
中は意外と普通の雰囲気だった。けど、やっぱりこれからお姉ちゃんにそういうことをするのだと思うと、胸がドキドキして仕方なかった。
「まずはお風呂入らないとだね。汗かいてるし」
「……うん」
お姉ちゃんは大きなベッドの前で、浴衣の帯を外そうとしていた。けれど上手く外せないみたいで、ちらりと私の方をみている。
私はわざと面倒くさそうに顔をしかめて、お姉ちゃんの傍に寄った。浴衣の着付けをするときもそうだったけど、浴衣を脱がすなんてなおさらドキドキしてしまう。
するりと帯を外すと、お姉ちゃんはあっという間に自分で浴衣を脱いで、下着姿になった。お姉ちゃんの下着姿をみる機会は最近はほとんどない。小さなころは一緒にお風呂に入っていたけど、大人の体になってからは全然裸なんて見てない。
だから、思わず目をそらしてしまう。
するとお姉ちゃんは馬鹿にするみたいに、私を笑った。
「どうせこれから全裸で交わるんだから、これくらい大したことじゃないでしょ。それに私たちは姉妹なんだし、むしろ気持ち悪いよ? そんな反応。私のこと、好きみたいで」
「……そんなわけないでしょ。気持ち悪いこと言わないで」
私は下着すらも脱いでしまったお姉ちゃんを頑張ってみつめながら、うんざりした声を出した。昔と違って、お姉ちゃんの体はすっかり大人の女だった。動くたびに揺れる胸とか、腰の曲線とか、ついつい目が向いてしまう。
「あんたも脱ぎなよ。器用なんだから、一人で脱げるでしょ」
「……お姉ちゃんが脱がしてよ」
私がつぶやくと、お姉ちゃんは顔をしかめた。でも逆らいはしなかった。帯を解いたかと思うと、あっという間に私を下着姿にしてしまう。
そして嘲笑うみたいな表情でこんなことをつげるのだ。
「下着も脱がしてほしい?」
「……そんなわけないでしょ」
私はため息をついて、裸になった。そのまま二人で浴室に向かう。別に一緒に入る必要なんてなかったんだけど、好きな人に浴衣を脱がすよう頼む程度には緊張していた私には、それ以外の選択肢は思い浮かばなかった。
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