第30話 遠い日

 泡だらけの湯船に二人でつかると、お姉ちゃんは遠い目をした。


「……昔はよく二人で入ってたよね」


 やっぱりお姉ちゃんは、昔みたいな関係に戻りたいのだと思う。もしも私が譲歩すれば表向きは戻れるのかもしれない。けれど、それは今以上に気持ちをこらえなければならなくなるということだ。


 姉妹はキスをしない。セックスもしない。発散できない気持ちがどこに行き着くのか、私には想像できない。


 そして何より、お姉ちゃんが私に執着する理由がなくなってしまう。そうすれば、お姉ちゃんは私から離れていってしまうだろう。私たちはお互いを憎み合っているからこそ、かえって「姉妹」という関係に執着していられるのだ。


「……もしもあんたがいいなら昔みたいに背中、洗わせてよ。代わりにあんたのこと、ここで犯してあげるから」


 不意にお姉ちゃんが口を開いた。私はじっとお姉ちゃんをみつめて、頷いた。私たちがセックスするためには、歪んだ口実が必要だ。お姉ちゃんは昔の、まだ私が素直で可愛かったころの記憶を思い出せる。そして私はお姉ちゃんとセックスできる。


 セックスはお互いに罪悪感しか与えない。妹を犯す罪悪感。お姉ちゃんに罪悪感を与える罪悪感。それでも私はお姉ちゃんを望んでしまうのだ。


 私が椅子に座ると、お姉ちゃんはボディソープを手に付けた。


 背中を撫でる手は優しくて、なんだか愛されているような気分になって来る。けれどお姉ちゃんはあくまで、記憶の中の昔の私を愛しているに過ぎないのだ。


 それが気にくわなかった。その上、私のことを犯す約束だったのに、お姉ちゃんは背中を洗い終わると、すぐに湯船の中に戻ろうとした。だから私はお姉ちゃんの手を掴んだ。


「……前も洗って」


 私のスタイルは小さなころとは大きく違う。背中を洗っているだけならともなく、前も洗えばお姉ちゃんは嫌でも今の私を認識せざるを得なくなる。


「……なんで?」

「お姉ちゃんは昔の私を思い出したかっただけなのかもしれないけど、私がそんなこと、素直に許すと思った? 言ったでしょ。「今の私を見て」って。それを破ったお姉ちゃんには、罰を与えないと」


 お姉ちゃんは悲しそうな顔で私をみつめていた。私は無理やりお姉ちゃんの手を、自分の大きく育った胸に触れさせた。


「ほら、洗ってよ」


 私の胸をみつめるお姉ちゃんの目は、どこか熱っぽいような気がした。もしかして、欲情してくれてるのかな。だとするのなら、お姉ちゃんはなおさら強い罪悪感を抱えることになるだろう。


 だって私は、お姉ちゃんの妹だから。私を妹として愛しているお姉ちゃんには、きっと辛いだろう。私に欲情するなんて。


 でもその目線が、私にはたまらなく嬉しかった。


「……洗うだけだからね」


 お姉ちゃんはため息をついて、ボディーソープを手に付けた。そして正面から、私の体を洗っていく。お姉ちゃんの繊細な手が、私の体の隅々にまで触れていく。それだけで胸の先端が固くなってしまうのが、恥ずかしかった。


 鎖骨とか、胸の下とか、お腹とか、大切な場所とか。胸が死んじゃいそうなほどドキドキしてる。でも悟られるわけにもいかないから、私はその間中、ずっと無表情でお姉ちゃんをみつめていた。するとお姉ちゃんは不服そうな顔をしていた。


「あんたは本当に歪んでるよ」

「それを承知で私のそばにいる決意をしたんでしょ?」

「……そうだね。私はあんたのお姉ちゃんで、あんたが歪んでしまった責任を取る必要がある。あんたが私を苦しめることで幸せになれるのなら、いくらでも苦しめて構わない。ただ、私はそのことに苦言を呈するし、批判もする」


 そんなことを言いながら頭も含めた隅々まで洗い終えると、お姉ちゃんはまた湯船に戻ろうとするから「流して」とつげる。お姉ちゃんは小さくため息をついて、私にシャワーを浴びせた。


 体は割と雑だけれど、でも頭だけは丁寧に洗い流してくれた。コンディショナーまで丁寧につけてくれている。私はそんなお姉ちゃんを鏡越しにみつめた。その視線に気付いたのか、お姉ちゃんは不服そうに告げる。


「あんたの髪の毛は、昔から私の自慢だった」

「お姉ちゃんのものじゃないのに?」

「……あんたは私の大切な妹。それは今も昔も変わらないでしょ」


 お姉ちゃんの手は本当に優しくて、なんだか泣きたくなってしまう。けど私はお姉ちゃんが大嫌いなのだ。そう振る舞わなければならないのだ。


「お姉ちゃんが何を思うのかは自由だけど、私はお姉ちゃんのこと、大切だなんて思ってないし」

「そう。別にいいよ。あんたの性格はよく知ってる。期待も失望もしない」


 お姉ちゃんの声は、諦めを過分に含んでいた。肩を落として鏡越しにお姉ちゃんをみつめていると、目を閉じるように言われた。シャワーを浴びていると、お姉ちゃんの手が優しく私の髪を撫でていく。


「ほら、洗い終わったよ」


 私は湯船に戻って、体を洗うお姉ちゃんをみつめる。その視線を鬱陶しく感じたのか、お姉ちゃんは時々私の方を向いてくる。けれど何も言わなかった。


 私は湯船の中で小さく体育座りをして、お姉ちゃんが体を洗い終わるのを待った。それから二人で体を拭いて、バスローブ姿でベッドに向かう。


 これからすることを思うと、胸がドキドキして仕方ない。けれど虚しさも同じくらい強まっていく一方だった。

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