第28話 全てを敵に回しても
千景は目を見開いていた。けれど離れようとはしなかった。必死で舌を絡めると、私に舌を絡めてくれた。やがて口の中に入ってきた舌を、私は甘噛みした。
千景は痛みと快楽にどう反応すればいいのか、分かっていないみたいだった。目を開いて、じっと私をみつめている。けれどキスをやめようとはしなかった。やがてお互いに息が続かなくなって、唇を離す。
千景は、私の手をぎゅっと握って、花火を見上げた。その横顔は見惚れてしまいそうなほど、美しかった。だけどどこか寂しそうでもあった。
「……お姉ちゃんは、やっぱり私のこと、何にも分かってないよ」
「だったら教えて」
「分からなくていい。どうせ困らせるだけだから。お姉ちゃんは普通の人で、私は異常な人で。理解なんてできるわけない」
なんでそんなことを言うの? 話す前から諦めてしまうの? なにもかも全て話してくれれば、また小さな頃みたいに思いが通じ合うかもしれないのに。
「お姉ちゃんは私から離れるべきだよ」
千景は冷たく言い放った。私は即座に拒絶する。
「嫌だ」
「離れて」
「嫌」
気付けば千景は花火ではなく、私をみつめていた。その形容しがたい表情は、怒りや苛立ちや焦燥。そういったものを感じさせた。
「……なんで。学校でもさんざん言われてるでしょ? 私みたいなのに絡まれて気の毒だって」
「私はあんたのお姉ちゃんだから」
私は小さく、千景に微笑んだ。でも千景はなおさら腹立たしげな顔になってしまう。
「……そればっかり」
「私とあんたを繋いでるのはそれだけ。でもそれはきっとかけがえのないものだよ」
今の姉妹関係は共依存で、離れたくても離れられない。まるで呪いのようではある。けれどそれでもまぶしい過去はあるのだ。姉妹という関係。それ自体は、否定されるべきではない。
私は思いだしていた。かつて仲のいい姉妹だったころの、楽しい記憶を。「ほめてほめて」と無邪気な笑顔を浮かべる千景の姿を。それを全て無かったことになんて、私にはできない。したくなんてない。
「だからあんたがどれだけ歪んだ注文をしてきても、私は絶対にあんたを見捨てない。あんたが離れていこうとするのなら、どんな手段を使ってでもあんたの手を握ってみせるし、みんなが引き離そうとするなら、世界を敵に回しても、あんたのそばにいてあげる。だから!」
私は千景を精一杯の力で抱きしめた。
「……もう二度と、離れるなんて、言わないで」
千景は震える声で、耳元でささやいた。
「お姉ちゃんは、馬鹿だね。本当に私のこと、全然理解してないんだから」
ぱん、ぱん、と花火の咲く音が響いてくる。そのたび、人ごみからは歓声があがっていた。私はぎゅっと千景を抱きしめて、目を閉じる。
今抱きしめるのをやめたら、最初からなにもなかったみたいに、消えてしまいそうだった。千景は小さくため息をついたかと思うと、私を抱きしめ返してくれた。
「……分かったよ。私は妹としてお姉ちゃんのそばにいてあげる。離れないし、離さない。お姉ちゃんが死ぬまで、絶対に離さない。今さら後悔しても遅いからね?」
「あんたは私の大切な妹。歪ませてしまった責任はお姉ちゃんである私がとるから」
「……本当に最悪なお姉ちゃんだね」
千景は抱きしめるのをやめて、鼻先の触れ合うような距離で、私の瞳をみつめてきた。かと思うとほんの一瞬だけ、悲しそうな顔をした。けれどすぐに目を潤ませながらも笑顔を浮かべて、私にキスを落とした。
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