第36話 幸せになんてなれない
じっとみつめていると、お姉ちゃんはため息をついた。
「……本当にあんたは私が嫌いなんだね。分かったよ。いいよ。でもたぶん、みんな信じないと思う。私があんたに脅されたんだろうとか、そんな風に自分に都合よく解釈するはずだよ」
私はみんなに嫌われている。だからお姉ちゃんの言う通りだと思う。
「だからお姉ちゃんには、本物の恋人みたいに振る舞ってほしいんだ。ずっとそうしていれば、きっとみんな私たちを信じる。そしてお姉ちゃんに幻滅する。……そしたら」
「私は苦しむことになる」
「……うん」
頷くと、お姉ちゃんは私の頭を優しく撫でてくれた。苦しめることになるって分かってるのに、こんなに優しくしてくれるなんて。胸が本当に苦しかった。
「私はあんたのお姉ちゃんだから、あんたをこんな風にしてしまった責任がある。恋人らしく振る舞うっていうのがよく分からないけど、できる限り頑張ってみるよ」
お姉ちゃんは急に手を繋いできた。熱が手のひらからじんわりと伝わってくる。
もうセックスした仲なのに、手を繋いだだけなのに、顔がとても熱かった。でもちらりとお姉ちゃんをみると、いつもと同じ無表情だった。
胸の鼓動を数えながらお姉ちゃんの手を握っていると、お姉ちゃんはつげた。
「妹相手に恋人とか、よく分からないから。練習しないと」
相変わらずお姉ちゃんは無表情で、きっと私たちが手を繋いでいる姿を見ても、誰も恋人だなんて思ってくれないだろう。私は不服そうな声をあげる。
「……恋人ならもっと楽しそうにしてよ。誰も信じてくれないよ?」
するとお姉ちゃんは横目で私をみつめた。
「ドキドキなんてしてないんだから、仕方ないでしょ?」
当たり前ではある。私たちは姉妹で、セックスこそするけれどお姉ちゃんに恋愛感情はないのだ。でもそれが気にくわなかった。私は小さく頬を膨らませて、お姉ちゃんと恋人つなぎをする。
視線を向けると、お姉ちゃんはほんの少しだけ顔を赤くしていた。とても嬉しかった。きっとびっくりしただけなんだろうとは思うけど。
私はニヤニヤしながらつげる。
「妹にドキドキしてるんだ?」
「そんなわけない」
お姉ちゃんはあくまでも頑なに無表情を貫いている。
「だったらなんで顔赤くしてるの?」
「そんなに私を辱めて楽しい?」
「楽しいよ」
私が笑うと、お姉ちゃんは肩をすくめていた。
「……あんたはそういうやつだったね」
私は手を離してから、ぎゅっとお姉ちゃんと腕を組んだ。そしてそのまま、体を寄せる。お姉ちゃんの体温がすぐそばにあった。今は夏だから暑いけれど、なんだか幸せな気持ちになってくる。
するとお姉ちゃんはますます真っ赤になっていた。その緊張したような表情に、私は思わずドキリとしてしまう。でも好意を出すわけにはいかないから、取り繕った蔑むような表情でつげた。
「へぇ、妹でそんな風になっちゃうんだ?」
ただ、からかったつもりだった。けれどお姉ちゃんは何も言わなかった。胸がどくんどくんと脈打っている。そんなわけはない。お姉ちゃんは私を憎んでいる。だから、そんなわけはないのだ。
でもいくら見ても、お姉ちゃんの顔は、そういう表情だった。まるで、好きな人と一緒にいる時みたいな、緊張を必死で隠そうとしているみたいな。
……もしかして、お姉ちゃんは本当に私のことが?
そう思いかけたとき、お姉ちゃんは口を開いた。
「あんただって、顔、赤い癖に」
ジト目で私をみつめるお姉ちゃんの表情は、なんだかいつもより可愛くみえて、なおさら胸がドキドキしてしまった。ずっとこうしていたかった。幸せな勘違いをしていたかった。でもそのまま夢見心地に体を寄せていると、突然、お姉ちゃんは体を離してしまった。
「いい練習になったよ。あんたもなかなか演技上手いみたいだし、これならきっとみんなを騙せるだろうね」
冷たい声だった。分かってたんだ。お姉ちゃんが私に恋なんてするはずなんてない。私は悲しい気持ちが表情に出るのをこらえながら、いつも通りの笑顔でお姉ちゃんにつげる。
「でしょ。私、天才だからね」
「知ってるよ。嫌というほど」
そうして私たち二人は、また姉妹として歩いていく。
私の気持ちは日に日に大きくなってしまっている。お姉ちゃんにえっちまがいなことしてもらったり、キスしてもらったり、本当にセックスしたり。私のこと、絶対に手放さないって言ってくれたり。
それが姉妹としての愛や、罪悪感、憎しみ由来なのだと理解していても、そのたび、私の心はわがままになってしまうのだ。
いつか「私のこと好きになってよ」なんて命令してしまいそうな気がする。きっとお姉ちゃんは私の言葉なら何だって聞いてくれるんだろう。好きじゃないとしても、好きなふりをしてくれるんだろう。
でもきっと私は幸せになんてなれない。本心でお姉ちゃんが私を好きになってくれない限りは、常にお姉ちゃんを疑い続けるだけなのだ。いや、仮に本当にお姉ちゃんが私を好きになってくれたとしても、私はそれを信じられないと思う。それだけ、私は酷いことをしてきた。そしてこれからも、嫌われるような、ありのままの欲望をぶちまける。
どうせ叶わない恋だから。それを免罪符にして色々やってきたけれど。どうにも自分の首を絞めているようにしか思えなかった。けれどそれをやめることも出来そうになくて。
だって私はお姉ちゃんが大好きだから。好きな人を自分のものにしたいと思うのは当然だし、えっちなことだってたくさん、たくさんしたいのだ。例えそれが過ちだって分かってても、手の届くところに求めるものがあるのなら、人は簡単に手を伸ばしてしまうものだから。
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