第37話 理解不能な感情
私は千景と二人で家に帰った。両親は仕事に出ているのだろう。まだ家には帰ってきていない。自分の部屋に戻って、ベッドに寝転ぶ。
それにしても、帰り道の千景は、なんだかいつもよりずっと可愛くみえた。まさか恋人になることを要求されるなんて思ってもいなかった。だから、動揺してしまったのだと思う。
私はこれまで姉として千景に接してきた。これからもずっと、そのままなんだって思ってた。姉としてあいつを歪ませてしまった責任を取るんだって。
でも、あいつは体だけじゃなくて、私の心まで求めてきた。私を恋人にしようとしてきた。例えそれが私を苦しめるためだとしても、そこまで。……そこまで私に多くのものを求めてくるなんて予想外だった。
胸に手を当てる。いつもより早い鼓動が伝わってくる。性的な快感を与えられた時の高揚感とは違う、奇妙な感覚。
この気持ちが何なのか、私は知っている。もしかすると大昔から私はこの気持ちを千景に対して抱いていたのかもしれない。だけど今となっては憧れや、嫉妬、憎しみ。感情はぐちゃぐちゃで「好き」の二文字だけで表現するのは相応しくないのだろう。
向き合うのは辛い。好きなだけならどれだけ良かっただろう。一方向に流れていく感情なら、心はこんなにも傷付かなかった。もっと早く気付けていたはずなのだから。でも私はこれまでずっと逃げ続けてきた。
姉妹だから。憎しんでいるから。憎まれているから。
だけど、いつかはちゃんと向き合わないといけないなと思う。千景は高校でこそ周囲との軋轢に悩んでいたけれど、このまま千景が才能を発揮し続ければ、将来は相応しい人たちと関わりあえるはずなのだ。そうなれば、正しい幸せを見つけると思う。
私との歪んだ幸せは不要になる。だから私だって、この理解不能な感情を処分しなければならなくなる。そのためには、今からしっかり向き合わないと。
ホテルでは気持ちが爆発してしまったけれど、結局私はお姉ちゃんなのだ。自分勝手な気持ちは押し付けられない。
例えそれを捨てることで、私の人生が崩れてしまうとしても。万が一にも、千景を私に縛り付けたままになんてしたくはない。
考え込んでいると、扉を叩く音が聞こえてきた。扉を開くとそこには千景がいた。いつも通り蔑むような表情を浮かべている。
「お姉ちゃん。えっちしよ」
唐突にそんなことを言ってくるものだから、私は顔をしかめた。
「さっきホテルでしたばかりでしょ?」
抗議の声をあげると、千景はいきなり私の唇を奪った。舌を交えるキスだった。拒もうと思えば拒めるけれど千景が望んでいるのだ。私はなされるがままにされていた。
やがて息が続かなくなって、二人して唇を離す。千景は頬を赤らめて、熱っぽく私をみつめていた。
「私の言うこと、何でも聞いてくれるんでしょ?」
どれほどの無茶ぶりをしても、私は千景から離れない。そう信じてくれているから、命令してくれるのだ。断れるわけはないし、断る理由もなかった。
「……してあげるけど、親が帰って来るまでには終わらせるから」
「だったらあと六時間は楽しめるね」
私は千景を自分の部屋に招き入れた。顔をしかめながらするりと服を脱ぐと、千景も服を脱いだ。すると魅力的な体が現れる。血のつながった妹の裸なのに、気を抜けば見惚れてしまいそうになる。
私はため息をつきながらベッドに腰かけてつげた。
「ほら、来なよ」
千景は私の湿り切った股をみつめて、憎らし気に笑う。
「……うわ、何もしてないのにもう濡れてるんだ。エロいね」
「あんたが昨日、散々いじったせいでしょ」
私がジト目で見つめると、ますます千景は愉快そうに表情を崩した。
「大っ嫌いな私と、そんなにえっちしたかったんだ?」
「いい加減にして。それ以上無駄口を叩くのなら、しないから」
「どうせ逆らわない癖に」
その通りだ。千景は私のことをよく理解してくれている。
「……そうだね。あんたが望むのなら、私は何でもする」
「罪悪感のせいでしょ」
「それ以外になにがあるの?」
裸の千景をそっと抱き寄せながらつげると、寂しそうな表情を浮かべた。私は千景と肌を触れ合わせながら、その顔を覗き込む。憎しみや見下しとは別なものが浮かんでいた。
「それともあんたは、私にもっと別のものでも求めてるの?」
千景は熱っぽい視線で私をみつめてくる。けれど心もとなげに視線をそらしたかと思うと、また私をみつめて乱暴にキスを落としてきた。
私の疑問は千景に乱暴に流されてしまって、結局何もわからなかった。
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