第38話 デート
「千景。私とデートするんでしょ?」
「ちょっと待って。まだ身支度が……」
花火大会の日からしばらく、私たちはおとなしく夏休みの課題に取り組んでいた。時々親がいないのを見計らって姉妹で性行為をしたりはするけれど、それ以外はなんの変哲もない夏休みだったと思う。
けど千景は私にデートを望んできた。最近はなんだかお互いに別の感情が混じっているように思えてならなかった。憎しみだけじゃない。おかしいって思うけど、愛おしさみたいなものを感じる瞬間があるのだ。
「私は普段の千景を良く知ってる。なのに服装とか髪型にこだわっても意味ないでしょ?」
「……お姉ちゃんのばか」
扉の向こうから悲しそうな声が聞こえてくる。どんな反応をすればいいのか、私にはもうわからなかった。
本当のセックスをしたからなのか、あるいは形式上だけでも恋人という関係になったからなのか。千景との距離は近くなったように感じる。
でも私はやっぱり千景との接し方がよく分からない。近くなってしまったからこそ、分からないのだ。ただ単純に憎しむだけならいい。けど私は確かに千景に親愛の情を抱いていて、千景だって私にそれを望んでいて。
ただ姉妹という関係が恋人に変化しただけなのに。それもきっと私を傷付けるためだけだというのに。千景が恋人のように振る舞ってくれるたび、嬉しいなんて思ってしまうのだ。
しばらく扉の前で待っていると、千景は扉を開けて現れた。夏らしい涼し気な白いワンピース姿で、髪型も高めの位置のポニーテールになっている。
あまりにも可愛らしいものだから見惚れていると、千景はいたずらっぽく笑った。
「お姉ちゃん。どう?」
「……可愛い、と思う」
「と思うってなに?」
千景が私をじーっと覗き込んでくる。
「……みんながどう思うか私には分からないけど、少なくとも私は千景を可愛いって思ってるってこと」
「偏屈な言い回し。もっと素直に世界で一番可愛いよっていえばいいのに」
確かに千景は世界で一番可愛いけど、それを口にするのは馬鹿になったみたいでいやだ。
私は千景に背中を向けて、一階に降りる。すると千景も「お姉ちゃん?」と不服そうな声をあげて、私の後をついてきた。玄関で靴を履き終えて扉を開こうとすると、千景に呼び止められる。振り返ると、千景の唇が私の唇に触れた。
「……千景」
「恋人なんだから、そんな顔しないでよ」
千景は寂しそうな顔をしていた。
今は憎しむべきではない。恋人というロールをプレイしているのだから。けれどこれまで散々千景を憎んできたせいで、ついとっさに千景に憎しみを向けてしまう。
私は誤魔化すように、今度は自分から千景にキスをした。千景は嬉しそうにニコニコしている。けれどそれが本心だとは思えない。私は千景と距離が縮まったと感じている。でもそれももしかするとただの錯覚なのかもしれない。
「ラブラブカップルだね」
「……そうだね」
私が外に出て鍵を閉めると、千景はすぐに腕を組んできた。そして心から嬉しそうに私に寄りかかってくるのだ。今は夕方とはいえ暑い。西日が正面から差し込んでくる。
でもどうしてか千景を振り払いたいとは思えなかった。むしろ、ずっとこうしていたい、なんて思ってしまうのだ。
ちらりと視線を向けると、千景も本当に幸せそうな表情をしていた。それなら、今くらいは良いかなと思う。私も肩ひじを張らず、自分の感情に素直になってしまえばいい。
私からもそっと千景に寄りかかる。すると千景は小さく微笑んで「大好きだよ」とささやいた。私も「大好きだよ」とささやき返す。
私は、千景が好きなのだ。これまでは憎しむことを強いられてきた。けれど今は恋人という関係で、千景自身も私に好意をぶつけられることを望んでいる。だからこそ覆い隠すことはできない。
私は千景を妹としてだけでなく、一人の女の子として好きなのだ。
昔の私ならそれを受け入れられなかっただろう。けれど今は、散々に歪んでしまったから容易に受け入れられる。妹と性行為をしているのだ。好きになることくらい、なんでもない。
でも一度気付いてしまえば、心が辛くなってしまう。千景はあくまで恋人のふりを求めているだけで、本当に心まで恋人になることまでは求めていないのだから。
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