第39話 映画館

 私たちは駅前の映画館の前まで歩いてきていた。夏休みかつ休日なだけあって、人は多い。カップルと思しき人の姿もある。私たちは周りからすればどんな風にみえているのだろう。


 仲のいい姉妹だろうか。それとも、恋人同士?


「お姉ちゃん。映画楽しみだね」

「どの映画みるの?」

「恋愛ものだよ」


 千景は腕を組むのをやめて、恋人つなぎで私を引っ張っていく。映画館は薄暗く、手を繋いでいなければ千景を見失ってしまいそうだった。


 これまでの人生でも、私は幾度となく千景を見失いそうになっていた。それでも私は「お姉ちゃんだから」なんてそれらしい理由で千景の手を離さなかった。でも私はきっと、昔から千景が好きだったのだと思う。


 千景は綺麗だから頻繁に告白された。そのたび、胸が苦しくなっていたのを覚えている。でも私は見て見ぬふりをした。千景と交わるまで、ずっと目をそらしていたのだ。


 私と千景はスクリーンから程よく離れた席を指定してから、ポップコーンを買ってシアタールームに入った。二人で席に着いてからも、私たちは手を離さなかった。


 やがて物語がスクリーンに投影される。なんの変哲もない、平凡な恋物語だった。お互いに素直になれない二人が、すれ違いを繰り返しながらも最後には思いを伝えあいハッピーエンドで終わる。


 いつもなら何も感じないはずなのに、今日は変だった。どうしてか涙が零れ落ちてしまうのだ。私たちにはこんな幸せな結末はあり得ないのだろうから。


 隣に座る千景をみつめると、頬を透明な涙が落ちていた。こうしてみると、千景もただの女の子だ。人並みに感動して、人並みに涙を流して。


 千景は、何を思って泣いているのかな。私と同じならいいのに。


 見つめていると、不意に千景が振り向いた。千景は無理に笑顔を作ろうと口角をあげていたけれど、どうしてかますます表情を崩してしまう。私はそっと千景の背中を撫でてあげた。


 エンドロールが流れていく。


 私に執着している癖に、私を遠ざけようとしたり。私のことが憎い癖に体の関係までもったり。恋愛映画を見終わったと思えば、突然私をみつめて大泣きしたり。


 都合のいいように解釈しようと思えば、いくらでもそう解釈できるのだ。


 けど、確証はない。踏み込むこともできない。振られるのは怖いから。夏休み前のあの日。私と千景の仲が徹底的にこじれるきっかけになったあの日みたいに、好意を否定されたら。


 考えるだけで言葉に詰まる。


「お姉ちゃん。いい映画だったね」

「……うん」


 映画が終わって外に出ると、辺りはもう暗くなっていた。私は千景と二人、まるで本物の恋人みたいに寄り添い合って、家に帰ろうとした。けれどこのまま家に帰れば、気持ちが爆発してしまいそうな気がした。


 だから私は千景にこうささやく。


「……千景。ホテルいかない?」


 千景は顔を赤くして私をじっとみつめた。けれど肩をすくめたかと思うと、うつむいて「いいよ」とささやいた。私はもう、本当の気持ちを伝える方法が分からないのだ。交わる以外に、なにも、分からない。

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