第40話 本当の愛

 私と千景は二人でホテルに入った。前に来た時は、私はまだ千景を憎めていた。自分の本当の気持ちにだって気づいてなかった。でも今は違う。


「恋人になってからは、初めて、だね」

「……うん」


 千景が顔を真っ赤にしながらささやくから、私は我慢できなくなって千景を抱きしめた。千景も優しく抱きしめてくれる。


「前来た時はお姉ちゃん、私の首絞めてたけど、今日は優しくしてね?」

「……うん」


 私は千景にキスを落とした。舌を絡めているとすぐに理性が効かなくなってくる。私は千景をベッドに押し倒した。


「お姉ちゃんっ? まだお風呂入ってないのに」

「入らなくていい。そっちの方が、興奮できると思う」

「……お姉ちゃんのえっち」


 千景は顔を真っ赤にして、口元を隠している。私はそっと千景の服を脱がせていった。前にみたときは大して興奮なんてしなかった。けど今は千景の全てが愛おしかった。


 千景と唇を重ね合わせて胸の先端に吸い付いて、大切な場所に指を入れて。


 そのたび千景は可愛い表情を見せてくれる。


「……千景。愛してる」

「私もだよっ。お姉ちゃんっ」

「本当に愛してる」

「……私もっ」


 でも私の言葉が届いているのかは分からなかった。


 千景と交わったあと、私たちは裸のままベッドの上で抱きしめ合っていた。


 言葉もなくじっと見つめ合っていると、千景は震える声でささやいた。


「ねぇ。お姉ちゃん。もしも私がお姉ちゃんの、本当の愛を求めてるって言ったら、どうするの?」

「……それを与えてあげるだけだよ」


 私は千景のことが好きで、千景も私のことが好きだというのなら。私にはもうためらう理由はなくなる。ただ心から好きという気持ちをぶつけ合えるのなら、それに勝る幸せなんてこの世にはない。

 

 じっとみつめていると、千景は視線をそらしてささやいた。


「私のこと好きになって欲しいって言ったら、好きになってくれる?」


 私は小さくため息をついて、口を開く。


「好きになるに決まってる」


 そう答えると隣で横になった千景が私に優しいキスを落とした。期待するような、不安げな、その表情の意味が私にはよく分からなかった。


「……だったらもしも姉妹でも結婚できるようになったら、お姉ちゃんは私と結婚してくれる?」


 結婚って……。そもそも現時点で私たちは並の夫婦よりも強く結びついた関係だと思う。そういう意味合いでも、私は結婚だって受け入れるだろう。でもいったいどんな意図で千景はこんな質問を?


 現実的に考えて、姉妹で付き合うことはできても、結婚は不可能だ。なんだかそのことが辛く思えてきて、気付けば辛辣な言葉を千景にぶつけていた。


「質問の意図が分からない。そもそも私は千景に一生を捧げるつもりなんだよ? 千景が離れたいって願わない限りは、ずっとそばにいる。その関係の名前が姉妹なのか恋人なのか夫婦なのか。そこに意味はあるの?」


 じっと千景をみつめると、寂しそうに肩をすくめていた。


「……私はあると思う」

「理由は?」


 私が視線をそらすと、千景は不服そうな瞳でみつめてきた。


「少しは自分で考えてよ。ずっと一緒にいるって誓った相手のことでしょ? 私の気持ちを何も考えずただ聞くだけなら、そんなの……。私はお姉ちゃんだって認めないから」


 逆に言うのなら、これまでは私をお姉ちゃんだって認めてくれていたわけだ。憎しみばかりぶつけていた癖に、私をたくさん歪ませたくせに。やっぱり私にある程度の好意は抱いてくれているのかな。


「小学生の頃のお姉ちゃんはいつだって、私の一番欲しい言葉をくれた。でも今は、ただただ私の言いなりになってるだけでしょ?」


 そうかもしれない。千景が願うのなら何だってするけれど、自分から千景に関わることはあまりない。それは確かに寂しいかもしれないなと思う。


「私はそんなお姉ちゃんを信じられない。私は一人が怖いの。だからお姉ちゃんには、私の言うことを聞くだけの機械になって欲しくない」


 千景は大きく変わってしまったのだと思っていた。けど、結局は小学生の頃のまま。寂しがり屋で妙なところで優しくて。でもわがままで。私は小学生の頃だって、そういう千景が大好きだったのだ。


 今も千景を嫌いになれない自分がいて。むしろちょっとした面影を感じるたびに、なおさら千景に引き寄せられてしまっている。本当は憎しみたくなんてない。姉妹だからおかしいとは思う。でも可能なら、心から愛し合っている恋人の方がよほどいい。


 芽衣は私が千景に恋をしているのだと言っていた。あの時は分からなかったけど、やっぱり正しかったのだと思う。千景はかつての千景をみつめる私を憎んで否定した。けど千景は本当は、ちっとも変わってないのだ。


 私だって、千景を嫌いになれるわけがない。


「……あんたは、変わったのかと思ってた。でもやっぱりあんたは私の妹なんだね。なんでもできるくせに、一人ぼっちは怖くて、頼りない私を頼ってくれて。私も嬉しいんだ。頼ってくれるのは」


 私は小さく微笑んで千景をみつめる。私たちは姉妹なのにベッドの上にお互い全裸で横になっている。とても奇妙な状況だけれど、でも私たちの関係性を表すにはこれ以上ない。


 千景は縋るような瞳で、私をみつめた。


「だったら考えて。私の気持ちも」

「……もしも千景も、私を憎みたくないって思ってるのならキスして」


 千景はためらうように私から視線をそらした。憎しみあう関係しかないと思っていたのだ。それに依存するしかないと思っていたのだ。そのせいでお互いにぼろぼろになってしまった。でも私たちには別の可能性だってあるはずだ。


 千景は覚悟を決めたように目を閉じて、私の唇に唇を触れさせた。かと思うと恥ずかしそうに顔を赤らめて、うつむいてしまう。これまで何度もキスをした。けれどその全ては、憎しみという感情のためだった。


 憎しみを否定するためのキス。それは千景には恥ずかしい行為だったのだろう。でも私はそれが本当に嬉しかった。嘘だという可能性は考えた。でも信じたいという気持ちには逆らえなかったのだ。微笑みながら、千景の髪の毛を撫でた。

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