第32話 詭弁
すっかり疲れ果ててしまった私と千景は、気付けば眠りについていた。先に目を覚ましたのは私だった。目を開いた瞬間、隣に全裸の千景を見つけて驚いてしまう。
相変わらず、千景は可愛い。ちょっと触ったら感じてくれるのだって可愛いし、私の名前を呼びながら果てるのだって、愛おしい。
大嫌いなはずなのに、千景だって私のことを嫌ってるはずなのに、昨日の私はそんなことを思ってしまったのだ。今だって奇妙な衝動をこらえきれなくなって、すやすやと眠りについている千景の唇に自分の唇を重ねた。
こうしていると、ファーストキスのことを思い出す。
あの頃、私たちはお互いを憎しみあっていた。だからこそ、いくらでも相手のことを傷付けられた。でも今は、どうにも私の憎しみの濃度は下がってきているような気がするのだ。
千景は、どうなんだろう。
私はじっと、その可愛い顔をみつめる。
少しは私のことを好きになってくれたらいいのに、なんて思ってしまう。
これまでにされたことを思い出すと、私はやっぱり千景を憎んでいるし、千景だって私のことが嫌いで、憎しみや罪悪感で執着されることを望んでいる。
だから「愛してる」なんて私たちにはちっともふさわしくない言葉だ。愛でも絆でもない。私たちはただの「お姉ちゃん」と「妹」という関係で結びついているだけ。けれど、普通の姉妹はセックスなんてしない。
今のところ、私たちの関係を適切に言い表せる言葉はないように思えた。
私が千景とセックスした理由も千景が歪むのを止められなかった「罪悪感」なんて一言では言い表せない。行為の最中、千景に「愛してる」って言われて、胸が弾んで、強く抱きしめ返してしまった理由だって、私には分からない。
私は自分のことを分かってるようで、何もわかっていなかった。私の隣で裸で眠る千景を可愛いと思うのも、憎たらしいと思うのも、どちらも私にとっては真実で、結局私の心が私に何を伝えたがっているのなんて、理解できないのだ。理解なんて、したくないのだ。
なんて、言い訳みたいに思ってみるけれど。そんなのは結局詭弁でしかない。
名づけようと思えば容易に定義してしまえる。
きっと私は千景のことが好きなのだろう。それも妹としてではなくて、一人の女の子として。おかしいって分かってる。でも、散々妹とキスや性行為をして歪んでしまった私には、それを倫理観や道徳を持ち出して否定できる正当性もない。
だけど素直に受け入れていいわけでもない。
だって、こんな気持ちを抱いたところで全くの無意味なのだから。
私たちは憎しみあわなければならないのだから。そうしなければ繋がれないのだ。
すやすや眠る千景の髪の毛をそっと撫でる。小学生の頃は、よく頭を撫でてあげていた。あの頃に戻るのはもう無理だろうけれど、このままゆくあてもなく無軌道に進むのは自殺行為に思える。
ずっとそばにいるなんて言ったけれど、そんなのでこの子は幸せになれるのだろうか。分からない。でも千景を手放せば、私は空っぽになってしまう。妹を失い、好きな人を失い、そんな二重の意味で。
だから今は考えるのをやめて、ただただ千景の頭を撫でていたい気分だった。
「……お姉ちゃん」
不意に千景と目が合うから、私は大慌てで手を離した。
「起きるの遅い」
睨みつけていると、千景は寝ぼけたような可愛い表情でささやいた。
「……キスして」
私は肩をすくめた。千景が私に性的接触を求めるのは、私に妹と性行為をしているという罪悪感を植え付けるためだ。やっぱり千景は私のことを憎んでいるのだろう。
私だけなのかな。憎みたくなんてない、なんて思ってるのは。
私はそっとベッドの上で、裸の千景を抱き寄せる。そして、唇を触れ合わせた。千景が物欲しげに舌で唇をつついてくるから、うっすらと唇を開くとすぐに熱い舌が入ってきた。
私のと千景のが絡み合って、水音が漏れる。
それで勢いづいたのか、千景は私の胸を揉みながら、その先端を指先でいじり始めた。かと思えば、昨日散々酷使した大切な場所を指でなぞってくる。くちゅくちゅとわざとらしくいやらしい音を立てていた。
千景は蔑むような笑顔で私をみつめてくる。
「お姉ちゃん、朝からこんなにしちゃって。そんなに私としたい?」
「……そんなわけないでしょ」
否定してみるけれど、私の体は嫌というほど千景を求めていた。自分の意志ではどうしようもないくらいに、溢れ出してくるのだ。それを指先で感じたのだろう。千景はますます悪辣な笑みを浮かべた。
「しようよ。退廃的で背徳的な姉妹での朝えっち。ほらお姉ちゃんも私の、触って」
私は小さくため息をついて、千景の大切な場所に触れた。千景のもびしょびしょに濡れていて、ちょっと嬉しくなる。心はともかく、体は私を求めてくれているということだから。
「……あと二時間で出ないと余計なお金取られるから、それまでにしてよ」
私は言い訳みたいにつぶやいて、千景とまた交わった。
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