第33話 倒錯
交わった後、私たちは裸でお互いを抱きしめあったまま、ベッドの上で見つめ合っていた。お互いに言葉を交わすことはないまま、軽く唇を重ね合わせる。
性的な興奮は薄いけれど、精神的な充足感がすごかった。そのせいで、無意識に漏れ出してしまったのだ。
「……愛してる」
私がささやくと、千景はうんざりした表情でささやいた。
「お姉ちゃんは妹としての私が好きなんでしょ。でも一人の人間としては私を嫌ってる」
本当のことを言ってしまいたかった。けれどそんなことをすれば、私たちの関係は壊れてしまう。千景は私に憎まれることを望んでいて、そうすることでしか私たちは繋がれない。
「……そうだね」
「私はお姉ちゃんとしてのお姉ちゃんは嫌いだし、人間としてのお姉ちゃんも嫌いだよ。えっちするのも、私を「妹」として大切に思うお姉ちゃんに、罪悪感を植え付けて苦しめるため」
「……知ってるよ。千景は私を憎んでる。私も千景を嫌ってる。今の「愛してる」に大した意味はないよ」
私がつげると、千景は私を睨みつけてきた。
「それでも私に指示されない限りは「愛してる」なんて言わないで。今のお姉ちゃんは優しいお姉ちゃんじゃない。妹とセックスするろくでなし。「愛してる」なんて言葉で、姉妹愛の言葉で、自分を許そうとなんてしないで」
千景は威圧的な表情で、私の首に手を伸ばした。かと思えば、緩い力で首を絞めてくる。殺意があるとは思えないし、憎しみの発露にしても弱すぎると感じた。私にはその行動の意図が理解できなかった。
「……これから先、お姉ちゃんは死ぬまで苦しむんだよ。死ぬまでずっと私と一緒にいて、死ぬまで妹とセックスして、世の中の当たり前や自分の倫理観に痛めつけられる。お姉ちゃんはそういう人生を送るの。分かった? お姉ちゃんは絶対に幸せになんてなれない」
首を絞めているにもかかわらず、言葉だって強いにもかかわらず、その表情にはあからさまな罪悪感が宿っていた。その不均衡に違和感を覚えながら、私はじっと千景をみつめる。
すると千景は思いもよらないことをつげた。
「でももしも、嫌だって言うのなら、まだ間に合うよ」
「……」
「お姉ちゃんが望むのなら、普通の姉妹になってあげてもいい。私もお姉ちゃんにレイプされたことは忘れるし、今この瞬間のことだって全部忘れる。そうすればお姉ちゃんは幸せな人生を送れるよ。好きな人と付き合って、好きな人と結婚して、子供とか作って、みんなに囲まれながら死んでいって。私という異常者に執着されることもなくなる」
この子は、一体何を言っているのだろう。私はこれまで散々、千景への執着を示したつもりだ。好意がなかったころから、ずっとずっと千景に勝負を挑んでは惨敗していた。
それでも諦めなかった。今だって、千景に全てを捧げる覚悟で、私は今ここにいるのだ。その決意が千景には伝わっていなかったのだろうか? それとも、そんなつまらない言葉で、どうにかできる程度の決意だと思われているのだろうか?
私たちは歪んだ姉妹だ。当たり前の幸せなんて、この先にはないのだろう。でもそれでいいと思っているから、私は千景のそばにいると約束をしたのだ。私はもう、千景のそばにいる以外の生き方が分からないのだ。
「……私をなめないで」
低い声でつげると、千景は首を絞める力を更に弱めた。
「……馬鹿じゃないの。言ったでしょ。私はあんたを絶対に離さないし、離れない。あんたを狂わせてしまったのは私だから、責任は私がとる。あんたが不幸せな人生を送るのなら、私も不幸せになる。普通の幸せなんていらない。ねじ曲がった不幸でいい。私はお姉ちゃんで、あんたは私の妹。今さら馬鹿なことを言わないで。あんたのことなんて、大嫌いだよ。でも私のあんたへの愛をなめないで」
そう告げて、私は千景の肩にかみついた。千景は小さく悲鳴を上げたけれど、それでも私からは視線を外さなかった。ただただ悲しそうな表情で、私をみつめるだけだ。
千景がこんなことを言った理由は分からない。私を憎んでいるわけだから、気遣ったわけでもないのだろう。でも理由が何であれ、私の決意をないがしろにされるのは、いい気がしない。
「……だからあんたも罪悪感なんて感じないで。あんたは確かにお膳立てはした。けれど最後に選んだのは私なんだよ。あんたが苦しむ必要はない。私にだけ罪悪感を背負わせて、これまでみたいに笑ってれば、幸せになればいいんだよ。あんたは私の妹で、私はお姉ちゃんなんだから」
するとどうしてか、千景はぽろぽろと涙を流した。もしかすると、見捨てられてもおかしくない。そう思っていたのかもしれない。私のことなんて諦めてしまうつもりだったのかもしれない。
気にくわない。私はここまであんたのこと思ってるのに、あんたの憎しみはその程度なの? その程度で、あんたを救えなかった私を許そうとしてしまうの? 私から離れようとしてしまうの?
あんたなしに生きられなくなった私を、見捨てるの?
「もしも遠慮したら許さないから。あんたはこれまで通り自由奔放に振る舞って。望むままに私を傷付けて。我慢なんて、しないで」
私は千景の首に手を当てた。そして本気の力で首を絞める。妹の首なんてしめたくない。何も気持ちよくなんてない。それでもこれが私の覚悟なのだ。もしも求められたのなら、私はきっと千景を殺すことだってできる。
私は顔を真っ赤にする千景から、手を離した。
「ごほっ。けほっ」
「分かった? 私はあんたのためなら、人生を棒に振ることだっていとわない。あんたも私の覚悟に相応しい覚悟で、私を虐げて。絶対に私を手放さないで!」
千景は乱暴なキスを私にした。かと思えば、そのままの勢いでもはや暴力にも近いレベルで私の体を蹂躙した。
遠慮もなく気遣いもない。千景は私にだけはありのままの自分をみせてくれる。私が絶対に「お姉ちゃん」として千景から離れないと信用してくれたのだ。
だから好きなだけ私を乱暴に扱ってくれている。おかしいって分かってるのに、そのことが嬉しくて。けれど同じくらいに苦しくて仕方なかった。
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