第20話 大切なたった一人の妹

 私は慌てて胸を隠した。急に羞恥心が戻って来たのだ。我ながらとんでもないことをしたものだと思う。大切な幼馴染に、こんなことをするなんて。あの日の千景と同じことをしようとしていたのだ。


 私はもう少しで、芽衣に取り返しのつかない罪悪感を植え付けるところだった。芽衣に背中を向けて、服を着ながら平謝りする。


「本当にごめん。……芽衣。これからも、幼馴染でいてくれる?」


 私が不安そうな声を漏らすと、芽衣は大きくため息をついていた。


「私と凜は幼馴染で親友だよ。例えこれから先、どんなことがあったとしても。でも諦めたわけじゃないから。……きっと恋敵は強敵だろうけどね」

「……強敵? 恋敵って、私にはそんなのいないよ?」

「気付いてないのならいいよ。でも近い将来、凜は絶対に苦しむことになると思う。その時は、私に相談してくれると嬉しいよ」


 服を着た私が振り返ると、芽衣は意味深な笑みを浮かべていた。

 

「……もしかして、私が千景に恋してるとでも思ってる? それはあり得ないから」


 執着はしている。けれど、これは恋愛感情なんかじゃない。もっと虚しい感情だ。私は生きるために千景が必要で、千景もおそらく、今は私を必要としている。それだけの話。


 でも芽衣はあからさまに呆れた表情を浮かべるだけだった。


「はいはい。早く帰ってあげなよ。大切な妹なんでしょ? 私はあいつのこと嫌いだけど、凜のことは大切に思ってる。その為ならできることはなんだってしてあげるから」


 私は不服ながらも「ありがとう」と頷いた。


 玄関に向かった。とんでもないことをしてしまったという自覚はある。けれど芽衣は許してくれた。


「今日はありがとう。芽衣。それじゃあね」

「うん。ばいばい。凛」


 私は玄関の扉を開けて、帰路についた。


 家に着くと、怒鳴り声が聞こえてきた。お母さんの怒鳴り声だった。


「なんなのこの成績は。千景。あなた、どうしちゃったの?」


 リビングを覗くと、千景がお母さんに怒られていた。いつもの覇気は無くて、まるで病人みたいな存在感だ。


 そっと二階に上がって、自分の部屋に入った。しばらくすると、足音が昇ってきた。千景だろう。私の部屋の前で一瞬立ち止まるけれど、力ない足音はすぐに遠ざかっていき、隣の部屋に入っていく。


 するとすぐに「お姉ちゃん。お姉ちゃんっ……」なんて喘ぎ声が聞こえてきた。私は思わずため息をつく。


「またやってるよ……」


 ばんばんと壁を叩いても、声は止まなかった。もしもこの声をお母さんに聞かれたら、なおさら面倒なことになる。もとより千景とは言葉を交わすつもりではあったけれど、急いだほうがいい。


 私は部屋を出て、千景の部屋の扉をノックした。けど、喘ぎ声が聞こえて来るだけだ。仕方なく扉を開いて部屋に入る。


 ベッドの上で涙を流しながら、一人で快楽にふけっている千景の姿があった。相変わらず千景は綺麗だ。お人形さんみたいに純粋そうな女の子なのに、そんな子が快楽にふけっているのは、なんだか倒錯的で魅力的に思えた。


「……千景」


 声をかけると、千景はびくりと震えて、服で体を隠した。耳まで真っ赤になっている。


「か、勝手に入らないでよ!」

 

 私はすっかり呆れてしまって、千景を半目でみつめた。


「……泣きながら何やってるの」

「お姉ちゃんには関係ないでしょ」


 千景はぷいとよそを向いてしまった。私はベッド脇まで歩いて、膝をついて視線の高さを合わせる。そして千景の頬に手を当てて、私の方をみつめさせた。


「あんたのことは大嫌いだから、なにしようが勝手だけど、隣でうるさく騒がれたら困る」

「なんで大嫌いな人の言うこと聞かないといけないわけ?」

「……いい加減にして。お母さんに聞かれたらどうするの?」


 そう告げると、千景は当てつけみたいに私の前でまた大切な場所に触れて、喘ぎ声をあげ始めた。信じられない。やっぱり千景はおかしい。


「ちょっと! はぁ。どうしたらいうこと聞いてくれるの」


 千景がおかしくなってから、お母さんはずっと気難しい顔をしていた。それが期末テストの成績で爆発したのだろう。もしも千景が私を呼びながら、こんなことしてるなんて知られたら、もうどうなるか分からない。


 だからどうにかして辞めさせないと。泣いてるのも、普通に心配だし。


 私が問いかけると、千景はうるんだ瞳で私をみつめた。


「……また、私とえっちして」

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