第19話 千景のことしか考えられない
「なんで? 千景のせい? あいつがいるから?」
震える声で、芽衣はつげた。きっと芽衣は引いてくれないのだろう。私がこれまで千景にしたことを正直に話さない限りは。それだけ私のことを大切に思ってくれている。そのことは、これまでの交流から理解している。
でも、もしも話せばその瞬間に、幻滅するはずだ。私は実の妹と、とんでもないことをしている。好意ではなく、憎しみをぶつけ合うために。まるで矛盾する行為に及んでいるのだ。
「私は……」
口にすれば、友達ですらいてくれなくなるかもしれない。でも口にしなければ、ずっと私に執着させてしまうだけだ。千景がしたようなことを、芽衣にはしたくない。
「……私はね、キスだけじゃなくて、あの子と、セックスしたんだ」
私がそう告げると、芽衣は固まってしまった。状況を理解できないみたいで、呆然とした表情で私をみつめている。けどしばらくすると、視線をさまよわせて、震える声でささやいた。
「……え? な、んで? うそ、だよね? だって、そんなわけない。千景は凜を憎んでて、凜だって……。嘘でしょ? ……ね? だって、姉妹だよ?」
私は首を横に振った。
「あいつにも私にも愛なんてない。けど、あいつは私に罪悪感を与えたかった。姉妹なら普通はしないことをさせて、私にあいつを無理やり犯させて……」
うつむきながら告げると、芽衣は涙を流したまま、私の両肩に手を伸ばした。
「そんなの、千景にレイプされたのと変わらないよ! 確かに、凜は千景を犯したのかもしれないけど、でもそれは強いられてのことでしょ? やっぱり今すぐあんな奴とは縁を切るべきだよ」
「……」
私が黙り込んでいると、芽衣はまた私にキスをした。今度は、舌を入れるキスだった。私は何の抵抗もせずに、芽衣をみつめていた。芽衣のキスは拙いけれど、大切に思ってくれていることが伝わってくる、優しいキスだった。
けど、私の頭の中には千景しかいなかった。裏切られて傷付けられて。千景を見捨てられたのなら、どれだけ楽だろう。
けれどあの涙だって、今思えば完全な嘘だとは思えない。千景は歪んでいて、憎しみでつながる以外に人との関わり方を知らない。でも憎しみを真正面から受け止めてくれる人なんて、どこにもいない。私以外には誰もいないのだ。
人は変わる。でも根元まで別人みたいに変われるわけがない。小学生のころ、千景はいつも一人で寂しそうにしていた。私を見たらすぐに走ってくるのも、孤独が怖かったからなのだろう。あの涙だって、一人ぼっちが怖いから流した涙なのだと思う。
もう私は千景の言葉とか、表情とか、表面的な部分を信じることはできない。けれど千景の心の奥深くに眠る人となりは、過去が証明してくれている。正しい付き合い方に矯正するなんて、もう不可能なのかもしれない。
それでも私はやっぱりお姉ちゃんなのだ。
妹を見捨てられるのなら、それはもうお姉ちゃんじゃない。私だって十五年も千景のお姉ちゃんであり続けているのだ。千景のお姉ちゃんでいることは辛い。でも、それを取ってしまえば、私には何も残らないような気がする。
千景と笑い合って、千景が歪むのを止められなくて、千景と戦って、千景に負けて、それでも千景と向き合って、何度も何度も千景に裏切られて。いい思い出なんて、ほとんどない。けれど私はこれまでの人生の全てを、千景を中心に歩んできたのだ。
私は千景をもう信じることはできない。けれど、千景を見捨てるなんて選択肢もないのだ。千景のためだけじゃない。自分のためにも、あり得ないのだ。
私が何の反応も示さないでいると、芽衣は憎しみや悲しみや、愛おしさ。あらゆる感情の交じり合った表情で、私を押し倒した。
私は無感情な瞳で、芽衣を見上げた。
「お願い。あんな奴のことなんて、忘れて。忘れてよ! お願いだから……」
「……ごめんね。芽衣とは付き合えないんだ」
私が笑うと、芽衣は苦しそうな泣き顔で、私の胸に触れた。かと思うとスカートをめくりあげて、私の大切な場所に手を伸ばしてきた。
「忘れてくれないなら、私が凜を犯すから!」
でも、それを非難するような気持ちは、一切湧いてこなかった。
だって、悪いのは私だから。普通なら千景みたいな狂人は見捨てられて然るべきなのだ。でも私は千景を見捨てなかった。千景との関係を切れないから、芽衣の告白も断ってしまった。
私は千景ほど勉強ができるわけじゃない。運動も容姿もなにもかも千景に劣るのだ。お父さんもお母さんも、私よりも千景をもてはやしていた。千景は本当の自分を見てもらえないことを苦にしているみたいだけれど、私はそもそも、目線すら向けてもらえない。
だから私は自分に、千景の姉であること以外のアイデンティティを見いだせない。
自己肯定感が低いと言えば、その通りなのだろう。千景に打ち負かされ続けて、自尊心も自信も奪われて。ファーストキスにも価値なんて感じられず、恋愛感情なんてない幼馴染に、体すらも許そうとしてしまっているのだから。けれど私の中ではそれが当たり前で、覆しようがない。
「……好きにすればいいよ。悪いのは私。私がおかしいんだから。これで芽衣が満足してくれるのなら、私は受け入れる」
私は私の大切な場所にショーツ越しに触れる芽衣の手を、自分の手で掴んで、軽く動かした。芽衣は呆然とした表情で、私を見下ろしている。
「ほら、芽衣の指で少しずつ染みてきてるから。……ちなみに私はまだ処女だよ。千景から処女は奪ったけど私は何もされてない。芽衣になら、奪われてもいいよ?」
私が微笑むと、芽衣は顔を真っ赤にして、湿った部分をみつめた。芽衣は私のことが好きなのだ。それなら、どんな欲望を抱いているかもわかる。
「我慢なんてしなくていいよ」
私は制服を脱いで、肌着も脱いで、上半身はブラだけの姿になった。ブラをずらして、胸の先端を露わにすると、芽衣は生唾を飲んでいた。
「……おかしいよ。なんで、こんな」
私は悔しそうにしている芽衣を抱き寄せて、唇を奪った。罪悪感が罪悪感を呼ぶ。私は永遠にそのループから抜け出せないのかもしれない。けど、それでも千景を手放すなんて、あり得ないのだ。
「もう我慢できないでしょ?」
「……」
「我慢するつもりなら、私がしてあげる」
スカートをめくって触れると、芽衣のあそこはびしょ濡れだった。
「やめて!」
「やめない。これが私にできる芽衣への償いだから」
指で刺激していると、突然、頬に鋭い痛みが走った。驚いて目を見開く。芽衣が平手で私をぶったのだ。芽衣はぽろぽろと涙をこぼしていた。
「私は、ただ、凜に幸せになって欲しいだけなの! 私と付き合ってほしいって気持ちもある。えっちだってしたいよ。……本当は。でもそんなので、凜は幸せにはなれないでしょ!?」
私は呆然とした。芽衣は本当にいい子だ。私や千景よりもずっと綺麗なのだ。そんな人を、今、私の歪みゆえに傷付けてしまっている。
「……千景を見捨てないことが、凜の幸せにつながるの?」
芽衣の声は震えていた。幸せにつながるかなんて分からない。けれど千景を見捨ててしまえば、私は生き方が分からなくなってしまう。自尊心も自信もない。私がそれでも前に進む理由は、千景に張り合うためだ。千景のお姉ちゃんでいるためだ。
「だったらすぐに話してきなよ。凜がさ、どれだけ千景のことを大切に思ってるのか、分かった。……もう、忘れろなんて言わないから」
芽衣は泣きながらも、健気に笑っていた。私が千景に執着しているせいで、芽衣は私に振られた。幸せになれなかった。なのにそれでも私の背中を押してくれるのだ。
「……芽衣。ごめんね。ありがとう」
「うん。……というか、それより早く服着てよ。目のやり場に困るから」
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