第45話 告白
夏休みは何事もなく過ぎていった。私は一度もお姉ちゃんにえっちをねだれなかった。これまでのように憎しみだけをぶつけ合うなら、どれほどよかっただろう。けれど私はもう自分の気持ちをお姉ちゃんに伝えてしまっていて、好きじゃないと分かってる人に好きを伝えられるほど、私の面の皮は厚くなかった。
夏休みは終わり、学校が始まる。クラスの皆は相変わらず私を見ると、忌々しそうな表情を浮かべた。夏休みの前は平気で無視できていた。でも今の私は弱い。憎悪という鎧を「好き」という気持ちを伝えたいがゆえに脱いでしまっていて、自分の心を守ってくれるものは何もない。
憎しまれたなら、それだけ私の心は傷付いていく。なんで私はこれまで、平気でこんな環境で生きてこられたのだろう。やっぱりお姉ちゃんの存在が大きかったのだろうなと思う。
でも私はお姉ちゃんに憎しみではないものを求めてしまっていて、お姉ちゃんはそれに嘘という形で答えた。いや、本当は嘘なんかじゃないのかもしれない。けれど、私は信じられないのだ。
私は誰一人として、信じてあげられない。
だって、自分のことが大嫌いだから。
教室の隅っこで、肩をすくめて机をみつめていた。胸が苦しい。頭が痛い。私は本当は、愛されたいんだ。憎まれたくなんてない。みんなに好かれたい。みんなの中に混じりたい。一人は、怖い。
でも今さら気付いたところで、遅いのだ。
だけどその時、お姉ちゃんの声が聞こえた。
「千景。ちょっとこっち来て」
クラスの皆は騒めいている。お姉ちゃんが私のクラスにやって来たのは、今日が初めてだ。私が動かずにいると、業を煮やしたのかお姉ちゃんは近づいてきた。かと思うと、強引に私を立ち上がらせた。
みんなが緊張した空気で見守る中、突然お姉ちゃんは私の頬に手を当てた。そのまま顔を近づけてくる。私は慌てて逃げようとするけど、気付けば頭に手を回されていて、逃げられない。
私が、あの日、復讐という名目でお姉ちゃんにしたこと。そのままだった。
お姉ちゃんの唇が、私の唇に触れる。意味が、分からなかった。お姉ちゃんはなんのためにこんなことを? こんなことしても、何もいいことなんてないのに。ただ、孤立するだけなのに。
呆然としていると、お姉ちゃんは私を抱きしめた。
「千景。これは復讐なんかじゃない。そもそもキスをするのが復讐って変だって思わない? キスは、好きだって気持ちを伝えるためにするべきだよ。そのことを、私たちは原点に立ち返って学びなおすべきだと思う」
私は何も言えなかった。思考が停止して、ただただ虚空をみつめるだけだ。
するとクラスメイトが私たちの所にやって来た。
「お姉さんも気の毒ですね。千景に無理やりするように言われてるんですよね?」
お姉ちゃんはその声を無視して、また私にキスをした。停止していた思考がようやく動き出して、それにともない顔に熱が昇って来る。お姉ちゃんはクラスの皆に伝えるみたいに、大きな声で叫ぶ。
「私、千景のこと大好きなんだよ。私は千景を、愛してる!」
教室はますます騒めいていく。このままだとお姉ちゃんは孤立してしまう。だから何とかしないと。けれど言葉は出てくれなくて。その代わりに涙だけが溢れ出してきた。
「姉妹だから変だって思われるかもしれないけど、誰よりも愛してる! みんなが何と言おうと、私は千景のお姉ちゃんで、恋人で……。千景を世界で一番、大切に思ってるんだよ?」
一人ぼっちになったのだと勝手に思い込んでた。けどお姉ちゃんは私を力強く抱きしめてくれている。お姉ちゃんは、私のことを見捨ててなかったんだ。
その体の温もりは、その声にこもった愛は。確かに私の求めた物だった。
もう、信じないなんて選択肢はなかった。私は自分のことが大嫌いで。でもそれでもお姉ちゃんは、こんなにも私のことを大切に思ってくれている。
「私も、お姉ちゃんのこと、好きだよ。ずっと好きだった。でも傷付けることでしか関われなくて……。お姉ちゃんのことずっと苦しめて。なのに、本当にいいの? 私でいいの?」
震える声で問いかけると、お姉ちゃんは笑った。
「千景しかあり得ないよ」
「……お姉ちゃん」
ずっと抱きしめ合っていたかった。けど間の悪いことにチャイムが鳴ってしまう。お姉ちゃんが抱きしめるのをやめるから、私は顔を真っ赤にしながら席に着いた。
みんな私をちらちらみている。でもその視線はこれまでとは種類が違うような気がした。
「千景さんって、お姉さんのことが好きだから嫌がらせしてたの?」
「まさかツンデレだったとは……」
「そう考えると、なんだか普通に可愛いよね。あ、千景さん照れてる!」
私が顔を真っ赤にしていると、みんなが一斉に私をみつめた。私はうつむいて顔を隠しながら「て、照れてないし……」と精一杯の強がりをつげた。
こんな風に憎しみ以外の感情を向けられるのは久しぶりだった。ちょっと私が望んでたのとは違うけど、でもみんな意外と気がいいのかもしれない。私はまた泣きそうになってしまうのをこらえながら、一時間目の用意をした。
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