第44話 一人ぼっち

「約束だよ? もしも私が望んだら、その時は……」 

「約束する」


 私が抱きしめると、芽衣はそっと抱きしめ返してくれた。


「私ね、千景のことは嫌いだよ。でもずっと願ってたんだ。小学生の頃みたいな、仲のいい三人組に戻りたいって。私、二人と離れたくなんてない。二人に置いていかれたくなんてない。……ずっと、そばにいさせてほしい」


 それがどれほど苦痛を伴う願いなのか、私は知っている。それでも芽衣は願ってしまうのだ。それほどまでに、私たちとの関係を大切に思ってくれているのだ。


「……うん」

「……ありがとう。まずは凛に千景と仲直りしてもらわないとだね」


 芽衣は涙を拭って微笑んだ。その笑顔を見ていると、なんだかなんとかなりそうな気がしてくる。けれど状況は少しも好転していない。私と千景は離れてしまっている。このままでは芽衣の望む私たち三人の関係だって、手に入らないだろう。


「でもどうすれば……」

「愛を伝えるために一番強い方法が何かを知ってる?」


 私は恋愛に造詣が深くない。だから分からない。黙り込んでいると芽衣は笑った。


「自己犠牲だよ。好きな人のために、何かを犠牲にする。私も凜のために自分を犠牲にしたかったんだよ。笑って凜を諦めたかったんだ。……でもそうなれなかった。結局人って自分が一番可愛い。だからこそ信じてもらえると思う」

「……自己犠牲」


 私がささやくと、芽衣は笑った。


「凛ほど自己犠牲って言葉が似合う人はいないね。中学に入ってから今日まで、ずっと千景のために頑張って来たんだから。だからいい加減、報われるべきだよ。まぁでも自己犠牲なんだから完全な無傷ってわけにはいかないよ。凛には、その覚悟がある?」


 私は千景のお姉ちゃんで、千景の恋人で。もしも千景が一人で苦しみ続けるというのなら、放っておくわけにはいかない。ずっとお姉ちゃんとして千景の助けになることを祈ってたんだ。お姉ちゃんらしく千景を導いてあげたかったんだ。


 小学生のころから、ずっと願ってた。


 だから私は迷わず頷いた。芽衣はブランコから立ち上がった。そのまま口角をあげながら、私の手を取る。私たちはまるでいたずらの悪だくみをする子供のような表情で、見つめ合った。


 まるで小学生の頃のような、嘘偽りのないありのままの感情で。


「作戦は単純だよ。意趣返しも込めて、また千景を元通りにしてあげよう。私たち三人は離れ離れになってしまったけど、まだ手遅れじゃないってこと、千景に教えてあげるんだよ」


〇 〇 〇 〇


 私は部屋で一人、昔のことを思い出していた。


 お姉ちゃんと私と、芽衣と。今は芽衣とはほとんど関係を持っていないけど、昔は大切に思ってた。今だって、……もしも私が普通なら仲良くできてたはずだった。でも私は普通じゃなくて。お姉ちゃんの気持ちだって信じてあげられなくて。


 何もかも全てを疑っている。その言葉が本物なのか。それとも私を気遣って発されたものなのか。あるいは傷付けるためだけに生み出されたものなのか。


 自業自得だから、もう誰かを恨むことはしない。けれどやっぱり孤独は辛い。昔はお姉ちゃんを信じられていた。芽衣のことだって、他の人よりは信じていた。けど今は誰もいないのだ。


 私は一人ぼっち。これまで生きてきたこの世界が、急に途方もなく恐ろしいものに思えてならなかった。


「お姉ちゃん。……助けてよ」


 馬鹿馬鹿しいと分かってるのに、今しがた自らの口で拒絶した人の名前を呼んでしまう。涙で歪んだ視界では何も見えないから、目を閉じる。もう自分を笑うだけの気力すら、私には残っていなかった。

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